第63話 作戦会議

 僕は早々にお風呂を後にし、自分の部屋に戻っていた。


 女子同士の秘密の会話をあれ以上聞いていると罪悪感で押しつぶされそうになるし、内容が内容だけに心臓に悪い。


 僕が耳にしたのは僕にとって良い話だけだったが、あのままお風呂にいれば悪い話を聞いてしまう可能性だってある。


『灯織君の体臭が気になってさ〜』なんて言われた日には卒倒してしまうだろう。


 そんな危険を回避するべく、僕は先に部屋へと戻ってきたのだ。


 千紗乃が話していた内容は僕にとって喜ばしい話ではあったが、母さんたちの話は容易に見過ごせるような内容ではなかった。


 母さんは僕と千紗乃の仲が悪そうに見えて心配しているのではなく、僕が頼りなくて取り柄もないので本当に千紗乃が僕のことを好きなのかが心配なのだろう。


 となると、何かしら策を打って僕が頼りがいのある男だというところを見せつけるのが効果的かも知れないが、これまでずっと同じ家で暮らしてきて僕の本質を知っている母さんには通用しないだろう。


 となると……。


「ふぅ。やっぱ温泉は家のお風呂とは全然違うわね」

 

 僕が頭を悩ませていると、千砂乃がお風呂から戻ってきた。


 浴衣姿は先程部屋でも目にしているが、それがお風呂上がりとなるとなぜか色っぽく見える。


「おかえり。確かに気持ちよかったな」

「ふぅ〜。旅行って最高ね。またこれるといいわね」

「……そうだな」


 何気なく言っているのかもしれないが、この旅行に『また』を期待してもいいのかと思わず気分が上がる。


 しかし、僕の頭の中は直ぐに先程の問題へと切り替わった。


「どうかしたの? 考え込んだ様な顔してるけど」

「あ、いや、その……。さっきバルコニーに出てたら母さんたちの会話が聞こえてきてさ。僕たちが本当に付き合っているのかどうか疑問に思ってるみたいなんだよ」

「え、それ大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないから頭を抱えて……あっ」

「何よ、どうかしたの?」


 千紗乃と会話をしている最中、僕の頭の中にはとある考えが浮かんでしまう。


 それは『もう僕たちが別れたということにしてしまってもいいのではないか』という考えだ。


 最近千紗乃との暮らしにも馴染んできてすっかり記憶から消え去ってしまっているが、今こうして僕と千紗乃が同じ時間を過ごしているのは両親が勝手に千紗乃を僕の許嫁にしたからだ。


 そして千紗乃は僕の許嫁になることを嫌がっていたはず。


 だからこそ僕は別に許嫁にならなくてもいいと言ったんだ。


 とはいえ、最初から付き合わないと言えば両親から『とりあえずしばらく付き合ってみてから決めればいいじゃないか』とゴリ押しされることが目に見えていたので、嘘の恋人として付き合い始めたわけだ。


 しかし、もう千紗乃と嘘の恋人にってから三ヶ月程度が経過してしまっている。


 となると、もう『しばらく付き合ってみたけど合わなかった』と言い逃れができてしまう。


 要するに、『もう僕たちの関係は終わらせられる、むしろ終わらせた方がいいのではないか』と考えたのだ。


 千紗乃が一向に僕との関係を終わらせたいと言ってこないので、嘘で付き合うどころか同棲まで初めてこうして旅行にも来てしまっているが、もう僕たちの関係は終わらそうと思えばいつでも終わらせられるんだ。


「いや、別に何も」

「……? まあ何もないならいいけど。とにかく私たちの関係を信じ込ませる作戦を考えないといけないわけね」

「……ああ。今から作戦会議だ」


 僕は思い浮かんでしまった作戦を千紗乃に伝えることなく心の奥底へとしまいこんだ。

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