第3章

第58話 家族? 旅行

 8月中旬。夏休みは中盤に差し掛かった。


 千紗乃が家を飛び出していった時はどうなることかと思ったが、今はお互い仲良く暮らしている。


 相変わらず有亜と百華ちゃんはこの家に頻繁にやってくるが、それはそれで飽きずに毎日を過ごすことができていた。


「あ゛ーづーい゛ー」

「しょうがないだろ。このアパートエアコンは完備されていなかったんだから」


 扇風機の前にぺたりと座り、声を振るわせながら千紗乃は暑さに耐えていた。


 いくら暑いからと言って、同級生の男子である僕が同じ家にいるというのにそこまで薄い服を着られると目のやり場に困る。


 動揺してしまわないように、できるだけ千紗乃の方から視線を逸らして会話を続けた。


「最近の夏はもうエアコンないと死ぬわよ……。あー避暑地にいきたい」

「避暑地ってそんな簡単に行けるわけないだろ。僕たち働いてないからお金も無いし」


 そう発言した矢先、僕のスマホが鳴り響き画面を見ると父さんから電話だった。


「なんの用?」

『明日から神凪家、本庄家合同の家族旅行に行くから灯織も千紗乃ちゃんも予定空けといてくれよ』

「家族合同旅行?」


 わけがわからない発言に目を丸くする僕を見て、千紗乃はキョトンとした顔を見せていた。






「ほーら、到着したぞ。父さん達は先に旅館に行ってるから。また帰りたくなったら連絡してくれ」


 そう言って僕たちは車を下ろされ、父さん達は車を走らせて旅館へと向かっていってしまった。


「……どうする?」

「どうするも何も、下ろされちゃったんだから見て回るしかないんじゃない?」


 僕たちがやってきたのは温泉が有名な観光地。駅周辺の通りにはずらっとお店が立ち並んでいる。


 僕たちが散策をすることになったのはこいつらのせいだ。


「ねぇ、どこから回る?」

「そうだね〜私はどこでもおけだよ〜」


 家族旅行というからには僕と千紗乃だけではなく、有亜と百華ちゃんもついてくるのは当たり前の話。


 この二人がどうしても駅周辺の通りを見て回りたいというので、僕たちはここで下ろされたってわけだ。


「ちょっとあんたたち、あんまりはしゃいで迷子にならないでよね」

「大丈夫大丈夫。ってかお姉ちゃんはあんまり楽しそうじゃないねぇ。もしかして私たち邪魔だった?」

「な、か、家族旅行に邪魔もクソもないわよ。家族旅行なんだからみんなで一緒に観光するのは当たり前でしょ」

「そうだよね‼︎ 私たち邪魔だよね‼︎ それじゃあ私たちは二人で観光してきますので、そちらもごゆっくり‼︎」

「え、ちょっと有亜ちゃん⁉︎」


 昔はお兄ちゃんをとられるものかと躍起になっていた有亜だが、『どっちも好きになればいいんだ』という突拍子もない閃きが有亜にはぴったりだった様で、今ではすっかり僕たちを応援してくれている。


「行っちまったな」

「もう……。気を遣ってくれるのは嬉しいけど……」

「そうだよな。僕たち別に本当に付き合ってるわけじゃないんだから、気を遣ってくれるのはありがたいけど千紗乃からしたらむしろ逆だよな。僕と二人なんたらつまらないんじゃないか?

「何言ってんのよ。灯織君と二人の方が私は嬉しいわよ」


 ……え? 僕と二人の方が嬉しい?


 いや、待て、勘違いそうになってはしまうが、勘違いしたらダメだ。

 きっと千紗乃は家族と観光地にやってきて、気を抜いて僕たちの関係に気付かれてしまわないように嘘のカップルモードに入ってしまっているのだろう。


 それなら僕も、そのモードに入らなければ。


「そうだな。俺も嬉しかったわ」

「……はへっ⁉︎」

「……?」


 こうして僕と千紗乃はバリバリのカップルモードに入りながら観光地を見て回ることにした。

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