第52話 過去の話
高校に入学したばかりの頃、俺は音夢からの好意に気付いていた。
というか、音夢から好意を寄せられていることには小学生の頃から気付いていた。
唐突に何を言い出すのかと思われるかもしれないが、幼馴染として長い時間を一緒に過ごしたからこそ音夢が僕に対してどのような気持ちを抱いていたのかは手に取るように分かった。
高校に入学してすぐ、僕は音夢からRineで映画を見にいかないかと誘われた。
そのRineを見た僕は、ついにこの日が来てしまったかとため息をついた。
音夢がRineで僕を誘うこと自体あまりないし、音夢は映画を見に行こうと言い出すようなタイプでもない。
俺はそのデートで、音夢は俺に告白してくる、そう悟ったのでため息をついたのだ。
音夢は控えめに言って可愛い。
音夢と付き合いたいと思っている男子は大勢いるだろうし、実際告白されたことも何度もあるらしい。
そんな音夢から告白されるとなれば両手を広げて大喜びするのが普通なのだろうが、俺は頭を抱えていた。
音夢と一緒にいるのは心地良いし、この先もずっと一緒にいたいと思っているのも事実。
しかし、俺は音夢のことをただの幼馴染としてしか見ることができていなかったのだ。
俺が音夢を幼馴染としてしか見られていなかった理由は小さい頃からあまりにも長い時間を過ごしてきたせいで、恋人というよりも家族の様な、そんな風に思ってしまっていたからだ。
下手をすると家族よりも長い時間を過ごしているのではないかという程一緒にいる時間は長く、俺が音夢を家族の様に思ってしまうのは必然的なことだった。
しかし、俺が音夢を恋人として見られなくなってしまったのにはそれ以外にも大きな原因が一つだけある。
今となってはお互い忘れたい事実だし、実際忘れてしまっていることもあるくらいだが、音夢は俺の許嫁だったのだ。
許嫁とは言っても灯織達の様に強制力の強い許嫁ではない。
お互いの母親が『大きくなったら二人が結婚するといいわねえ』なんて軽い気持ちで話していたらそれが少しずつ本気になっていき『じゃあ二人は許嫁ね』と言い始めたことで俺たちは許嫁になった。
とは言ってもそれは小さい頃の話で、よくある『大きくなったら私、〇〇君のお嫁さんになる‼︎』くらいの効力しかない。
だから神凪と灯織が許嫁になったって話を聞いた時は心底驚かされたんだよな。
許嫁なんて時代遅れな存在が俺たちだけではなく俺たちの側に現れたことに。
音夢とはお互いの両親が勝手に俺たちを許嫁にしてしまう程仲が良かったし、周りから『付き合っているんでしょ?』と指摘されたことは何度もある。
しかし、どこまで行っても音夢は大切な幼馴染でしかなく、音夢と恋人になりたいという考えには至らなかったのだ。
そんな俺が音夢に告白をされてしまえば、俺は間違いなくその告白を断っただろう。
そうなってしまえば、多感な時期の男女がそれまで通りの関係を続けられるはずなんてない。
実際告白をきっかけに関係が終わってしまった男女を何組も見たことがある。
俺は音夢からの告白を断ることでこの関係が崩れてしまうのが怖かったんだ。
居心地の良い居場所を壊したくないと思うのは不思議なことではないだろう。
だから俺は音夢から誘われたデートをすっぽかしたのだ。
逃げたと言われればそれまでだが、あの頃の僕にはそうするしか方法がなかったのである。
心が痛まなかったと言えば嘘になる。
俺とのデート、そして告白のために準備をしてくれている音夢の気持ちを考えると、デートをすっぽかすのは本当に心が傷んだ。
それでも俺は、デートをすっぽかすことを選んだ。
結果的に俺たちの関係は崩れ去ってしまったわけだが、結果だけみれば音夢からの告白を拒否することによる関係の悪化よりも、告白する前に俺に幻滅させることに成功した今の方が関係の悪化具合は悪くないはずだ。
とはいえ、現在進行形で俺たちの関係が冷え切ってしまっているのも事実。
音夢のことを嫌いになったわけではない俺からしてみれば、音夢との関係が冷え切ってしまっている状態は本当に苦しかった。
それは恐らく音夢も同じだったのだろう。
しかし、俺の考えは音夢との関係悪化をきっかけに大きく変わることとなる。
関係が冷え切ってしまったことで、俺にとって音夢がどれだけかけがえのない存在だったかということにきづくことができたのだ。
恋人というと無理にキラキラとしたデートをしなければならないというイメージがあるが、きっと俺たちにはそんなの必要ない。
仮に付き合えたとしたら、変に着飾ることなく今まで通り過ごすだけで良いのだ。
今までずっと陰キャで女子との関わりなんてなかった灯織が、神凪とあれだけ仲良さそうに会話していて、挙げ句の果てには同じ家に住んでいるとなれば、俺だって行動を起こさないわけにはいかない。
そう考えて俺は音夢をカラオケへと誘った。
俺がデートの予定をすっぽかしたせいで音夢からは名前ではなく苗字で呼ばれるようになってしまったし、目が合えば睨み付けられ口も聞いてもらえないような状態だった。
それなのに、カラオケに誘っても断られず了承してくれたのは灯織達に影響されたのが俺だけではないということだ。
音夢は俺がアニメにどハマりしている間、神凪にどハマりしていた。
どハマりというと言い方が違うかもしれないが、神凪を愛でる対象にすることで俺に裏切られた悲しみを紛らわそうとしたのだ。
ちなみに俺は本気でアニメにどハマりしていたわけではない。
音夢に幻滅してもらおうと思って好きになりに行ったのだが、そしたらいつの間にか本当にハマってしまっていたのだ。
まあとにかく音夢は僕がいなくなってしまったことで空いてしまった穴を埋めるために神凪を選んだのだ。
そんな神凪に灯織というかけがえのない存在ができ楽しそうにしている姿を見て、俺との関係を修復したいと、そう思ったとしても不思議ではない。
「なんでカラオケなんて誘ったわけ?」
「別に理由なんてなくても良いだろ。俺たちの仲なんだし」
「……何が俺たちの仲よ。その仲を壊しにきたのはアンタでしょ?」
「そうだな」
「そうだなってアンタねっ⁉︎ 私がどれだけ辛い思いをしたか分かってるの⁉︎」
「分かってるつもりだよ」
「全然分かってない‼︎」
音夢は俺に対して抱え込んでいた思いをぶちまける。
俺はそんな音夢をよそに、選曲する機械を使って自分が歌う歌を探していた。
「音夢に非はないしさ、辛い思いをさせてしまったのも全部俺のせいだよ」
「そ、そんなの今更認めて謝ろうってったってそうは……」
「だから思うんだよ。結局好きになるなら、こんなまわり道をしないで済むような方法はなかったのかって」
「……え?」
そうして俺は曲を入れ、歌い始めた。
選曲したのは結婚式でよく流れる曲。
ただ高得点を狙うためだけに歌うのではなく、僕は今の気持ちを、全て音夢に伝えたためにその歌を歌い始めた。
「はぁー歌いきったぜ」
「喧嘩してる女子の前で歌う歌じゃないと思うんだけど」
思いの丈を乗せて歌ったつもりだったが、どうやら音夢には伝わっていないようで不満げな顔をしている。
「歌だけじゃ俺の気持ち、伝わらなかったか?」
「伝わるわけないでしょ。あんなのはただの歌でしかないんだから」
まあ流石の俺も、伝わればいいなぁくらいにには思っていたが歌だけで今の俺の気持ちが伝わるとは思っていない。
「じゃあ言葉ではっきり伝えるよ」
「あ、ちょ、ちょっと何よ急に真面目な顔しちゃって……」
「音夢、俺と結婚してくれ」
「……へ?」
俺が何かしら大切な言葉を言おうとしていたことには気付いていた音夢だったが、流石にそれが、『結婚してくれ』という言葉だったとは全く予想していなかったようで、俺の発言を聞いて目を丸くしたまま石像のように固まってしまった。
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