第51話 出会いと目撃
学校終わりに母親から夕飯の食材を買ってきてほしいとお願いされた俺は自宅からほど近いスーパーへと足を運んでいた。
仕事で忙しい母親の代わりにこうして買い物に来ることはよくある。
昔は音夢ともよくおつかいでこうしてスーパーに買い物に来たっけな……。
そんな風に昔を懐かしんではいるものの、原因は俺にあるのだから昔を懐かしむ資格も管理も俺には無い。
「うげっ」
野菜コーナーから鮮魚コーナーへと差し掛かったタイミングで、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
声のする方向を振り向くと、そこには怪訝そうな表情を浮かべた音夢が、カートを引いていた。
家が近所なのだからこうしてスーパーで出くわすのは不思議なことではないが、罵詈雑言を浴びせられるのでできれば二人きりにはなりたくない。
「いや、うげってそんな気持ち悪いものを見たような反応されると傷付くんだが」
「しょうがないじゃん。だって気持ち悪いんだし。それに傷付いたのは私の方だから」
言い方に問題があったようで、音夢はあの一件のことを引っ張り出してくる。
それを言われてしまうと全面的に自分の罪を認めている俺は反論することができない。
「そ、それはそうかもしれないけど……。気持ち悪いとか簡単に言わない方が良いぞ。そんなに可愛い顔してるのなら勿体無いだろ」
「か、かわっ--……。ふんっ。今更褒められたって嬉しくなんてないんだから」
「はいはい分かった分かった。じゃあな。また学校で」
できるだけ音夢とは関わっていたくなかったのでそそくさと音夢から離れようとする。
その瞬間、俺は音夢に手を握られた。
「な、何すんだよいきなり⁉︎ 俺のことなんて気持ち悪いとしか思ってなかったんじゃないのか⁉︎」
「ちょっと大きい声出さないで‼︎」
「なんだよ急に」
「あれ見てよ、あれ‼︎」
急に手を握ってくるので何事かと思ったが、音夢が指さす方向に視線を向けるとそこには俺の親友、灯織と学校一の美少女、神凪が二人で買い物をしている姿があった。
「うわっ、マジか。あいつらが許嫁になってたのは知ってたけど、実際こうして二人で一緒にいるところ見ると流石に驚かされるな」
「ふんっ。この能無し」
「え、今なんで俺罵られたの?」
「よく見てよあの状況。絶対に怪しいでしょ」
音夢は只事では無い雰囲気を醸し出しているが、俺は灯織達の違和感に気付くことができていない。
「怪しいってなにが?」
「あの状況自体がもう怪しすぎるでしょ。シンプルに考えればあの状況が怪しいってことはすぐに分かると思うんだけど」
「いや、シンプルに考えたら灯織と許嫁の千紗乃が仲良く買い物してるようにしか見えないんだが」
「それよ」
「それ?」
「チサと灯織君がスーパーで買い物してるんだよ? ただのデートで近所にあるオシャレでもなんでもないスーパーに二人で買い物に来ると思う?」
音夢の考えは目から鱗だった。
音夢の言う通り、デートをするのであれば近所にあるオシャレでもなんでもない普通のスーパーに二人で買い物になんて来ないはずだ。
それなのにスーパーに買い物に来ているとなれば、このままどちらかの家にいってご飯でも食べるのだろうか。
「そうか……。もう二人とも、お互いの家に行くほど仲が良くなってんだな」
「……はぁ。本当に男子って考えが浅はかだね」
「な、なんだよそれ。何が浅はかだって言うんだよ」
「ちゃんと見てよ。あの買い物の量、ただ二人で一緒にご飯を食べるだけでカゴから溢れる程の食材を買い込むとは思えないし、食料だけじゃなくて調味料まであんなに買い込むのは絶対におかしいでしょ」
再び目から鱗だった。
そう言われてみればどちらかの実家で夕飯を作るのであればあれだけ大量の食材は購入する必要がないし、ここから確認できるだけでも、醤油、塩、砂糖、胡椒と完全にどこかで生活をしている家庭の買い物カゴの中身である。
「おい待てよ。お前まさか……」
「そのまさかだよ。私、あの二人が同棲してるような気がする」
買い物カゴの中身から漂う違和感に、俺もその考えが頭をよぎりはしたが、まさか高校生が同棲をしているだなんて考えられない。
「おいおいマジかよそれ……」
「できればマジであってほしくないけどね」
「いやまあ灯織的には幸せだからそれでいいのか?」
「後をつけよう」
「え、なんだって?」
「だから、尾行しようって言ってんの」
音夢は倫理的にまずいことを言い始めた。
流石に親友を尾行するのは気が引ける。
「……は? お前それは倫理的に……」
「昔私に非倫理的なことをしてきたのはどこの誰だろうね」
「そ、それは……」
「ほら、もうレジに並びに行っちゃう。追いかけるよ」
「ちょ、待てって」
こうして俺は本意ではないものの灯織達の後をつけることになってしまった。
後をつけるのが本意ではないとはいえ、久しぶりにこうして音夢と二人で過ごす時間を、楽しいと感じてしまっており、密かに灯織達に感謝をしていた。
俺は音夢に言われるがまま、灯織たちの尾行を始めた。
申し訳ないと言う気持ちがあるが、音夢はやると言い出したら聞かないタイプ、というのは建前で、俺自身灯織が今神凪とどのような関係になっているのかという部分にはかなり興味がある。
こればかりは自分の衝動を抑えきれそうにはない。
灯織達が店を出てすぐ、音夢が俺に訊いてきた。
「ねぇ、灯織君の家って今向かってる方向にあるの?」
「んーそう言われてみれば逆方向だな」
「そう……」
「それがどうかしたのか?」
「チサの家も逆方向なんだよ」
灯織の家とは逆方向となれば神凪の家に向かっていると考えるのが普通だが、どうやら神凪の家も今灯織達が向かっている方向とは反対方向らしい。
灯織の家も神凪の家も逆方向となると、灯織達が向かっているのがお互いの自宅ではないということ。
となると、二人が同棲をしているというただの妄想も信憑性が高くなってしまう。
別に灯織達が同棲をしていたからといって何か悪いことをしているわけでもないし俺たちには関係ないことなんだけど。
「まじかそれ」
「これは本当に黒かもしれないね」
「黒かも知れないってったって、じゃああの二人がどこかに家でも借りて二人で暮らしてるとでも言いたいのか?」
「そうだけど」
「そうだけどってお前な……。そんなのあり得ないだろ」
「そんなのあり得ないなんて言い切れないでしょ。チサが灯織君の許嫁になってる時点でさ」
許嫁という存在自体きょうび聞かない言葉であり、しかもそれが高校の同級生だなんて話はまずあり得ない。
音夢の言う通り、神凪が灯織の許嫁になった時点で、あり得ないなんて言葉は通用しないのかもしれない。
それから俺たちはしばらく灯織達の尾行を続けた。
「……はぁ。やっぱりね」
音夢がため息をついたのは灯織達が二人でアパートへと入っていったからだ。
あのアパートがなんなのかは分からないが、少なくとも灯織の実家でも神凪の実家でもないことだけは紛うことなき事実だ。
「まだ親戚の家か何かって可能性も残ってるんじゃないか?」
「ただの親戚の家ならあんなに食料を買い込んでいくなんてことないでしょ」
「そうだよな……。あ、ちょっと待ってくれ今俺めっちゃ大切なこと思い出した」
俺の中で、合いたくもなかった辻褄が完璧にあってしまった。
あれはそういうことだったのか……。
「何思い出したの?」
「今日な、灯織が珍しく俺より早く登校してたんだよ」
「へぇ。そうなんだ。それがどうかしたの?」
「要するにさ、神凪に合わせて家を出たから学校に着くのが早かったってことだろ」
「あー……そういうこと」
「しかもシャンプーの匂いも変わってたんだよ。男子からは絶対にしないような甘くて爽やかな香りでさ……」
「これはもう確定ね。……はぁあ。チサまでいなくなっちゃったら私、完全に一人ぼっちじゃん……」
『チサまで』という言葉に含められた人物は間違いなく俺のことだろう。
俺とばかり仲良くしていた音夢は俺以外の友達を作ろうとしていなかったし、急に俺に突き放されたことで、音夢は一人になってしまったんだ。
一人になってしまったとはいえ、その後すぐに神凪という居場所ができたので安心していたのだが、なくなるとは言わないまでも音夢が一人でいる時間がまた増えてしまう。
音夢を一人にしてしまったのは俺が原因だ。
だから音夢に手を差し伸べる資格なんて俺にはないのかもしれない。
それでも、もう音夢に悲しい思いはさせたくなかった。
「……なぁ、ちょっとカラオケでも行かね?」
「……へ? カラオケ?」
完全なる見切り発車ではあったが、いてもたってもいられなかった俺は音夢をカラオケへと誘った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます