第47話 感謝の涙

 僕が料理をしている間も、有亜は食い入るようにして千紗乃の行動を注視していた。


 そこまでして僕と千紗乃を別れさせたいのだろうか。


 今の所千紗乃はボロを出していないし、流石の有亜も注視しすぎたのか目をパチパチとしたり擦ったりしている。


 今が丁度良いタイミングだと思った僕は完成した料理を机の上に並べ始めた。


「おい有亜、いつまでも千紗乃のことを監視してたら千紗乃だって迷惑だし失礼だろ」

「……」


 僕の言葉に対して悔しさのせいか有亜は返答をしてこない。


 「千紗乃は家事も料理も要領よくこなしてくれるし、なんの問題も無いだろ? もうそろそろ千紗乃のことを認めても……って有亜?」


 机の上に料理を並べながら有亜を説き伏せていると、有亜の異変に気が付いた。


 黙り込んでしまった有亜の顔を覗き込むと、有亜の頬に一線の涙が伝っていたのだ。


「……有亜?」

「……だもん」

「え、なんだって?」

「お兄ちゃんは私のだもん‼︎」


 急に大きな声を出して椅子を倒してしまうのではないかという程の勢いで席を立ち、有亜は顔を伏せながら家を飛び出して行ってしまった。


「ちょ、有亜⁉︎ どこ行くつもりだよ⁉︎」

「あー灯織先輩妹泣かせた〜」

「べ、別に僕は何も……」


 有亜が僕に酷く懐いていることは理解している。


 そんな僕が急に家から出て行くとなれば有亜はかなり抵抗するとは思っていたが、僕の予想以上に有亜は僕のことを好きでいてくれているらしい。


「とにかく追いかけなさいよ。私は別に事情を話してもらったって構わないから」

「ちょ、その話は今……」


 千紗乃は僕と有亜の関係のためなら自分達の関係に気付かれてもいいと考えてくれているのだろう。


 本当どこまで行ってもお人好しな奴だ。


「知ってますよ? お姉ちゃんと灯織先輩が嘘の恋人なの」

「は?あ 知ってるって僕と千紗乃が付き合ってないってことをか?」

「はい。知ってましたか」

「そうよ、百華は私たちの関係のこと知って……って知ってたの⁉︎」


 いや、知ってること知らんかったんかい。


 百華ちゃんの発言にはかなり驚かされたが、その後の千紗乃の反応が良すぎてそっちに気が行ってしまった。


「誰が見たって本物の恋人じゃないことくらい分かると思うけど?」

「そ、そんなにぎこちなかったか僕たちの演技」

「私から見たらぎこちなく見えたかな」


 赤の他人は騙せても家族のことは騙せないということなのだろうか。


 だとしたら、僕たちの両親も本当は気付いているのだろうか。


 ……それはないか。今のところ指摘されたりしたことはないし。


「で、でもまだこの話はパパたちには内緒に……」

「大丈夫。パパ達にいうつもりなんてないし」

「そ、そうなの?」

「うん。すいません、話が逸れちゃいましたけど、とにかく早く追いかけてあげたらどうですか? 大切な妹なんでしょ?」

「そうよ。さっきも言ったけど事情を話したって構わないから。私より有亜ちゃんのこと優先してあげて」

「恩に切る」


 そうして僕は家を飛び出して、有亜を追いかけた。

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