第46話 妹sの監視
「神凪先輩がお兄ちゃんに相応しいかどうか、私が見定めてやるんだから」
そう言って有亜はリビングに置かれたテーブルのイスに座り、僕と千紗乃を舐め回すようにジロジロと見つめてきている。
お兄ちゃんに相応しいかどうか、なんて言ってはいるが、要するに僕と千紗乃が付き合っていると言う事実を受け入れたくないだけなのだ。
昔から両親が忙しかったこともあり、有亜の面倒を見ることが多く、有亜はお兄ちゃんっ子になってしまった。
だから有亜は理由をつけて僕たちを別れさそうとしているのである。
兄としては妹から好かれるのは嬉しいのだが、度が過ぎると僕だけではなく千紗乃に迷惑がかかってしまう。
僕に迷惑がかかるだけならいくらでも我慢できるが、千紗乃に迷惑がかかるとなるとやはり黙って我慢しているわけにはいかなくなる。
まずは有亜をなんとかしないとな……。
そうは言っても対処しなければならないのは有亜だけでは無い。
有亜の正面に座ってニコニコと微笑んでいる百華ちゃんもどうにかしなければならない対象である。
僕たちの関係を疑っている様子はないが、なぜか百華ちゃんには全てを見透かされている様な、そんな気がしてならない。
メチャクチャやりづらいんだが……。
なんなんだよこの状況……。
『ねぇどうやって有亜ちゃんに私たちの関係を信じてもらう? 百華はまあアレを見られたっていう大問題はあるにせよ、私たちが付き合っている事自体は疑ってなさそうだから有亜ちゃんに信じてもらえさえすればいいと思うんだけど……』
有亜達に聞こえないようにと千紗乃は僕の耳元に囁く様に喋りかけてきた。
千紗乃の言う通り、百華ちゃんにアレを見られたのは大きすぎる問題ではあるし、何を考えているか分からないところが怖くはあるが、とりあえず僕たちの関係を疑っている様子はなさそうなので今のところは放置で問題ないだろう。
早急にどう有亜を納得させるかを考えなければならない。
とはいえ、無理に手を繋いでみたり体を寄せ合ったり、あるいはキスをしてみたりとわざとらしい行為は逆に彼女に相応しくないと指摘されてしまう可能性もある。
それなら……。
『普通に過ごそうぜ』
『……え? 普通でいいの?』
僕たちの関係を疑っている可能性があるなら恋人っぽいことをするべきなのだろうが、それはもうすでに以前の遊園地でやっている。
それに何より、有亜は僕たちの関係性を疑っているわけではない。
ただ、なんとかして僕と千紗乃を別れさせようとして千紗乃側の欠点を探しているのだ。
それならば、ただ普通にしているだけで問題はない。
『ああ。それで問題ない。ただ料理だけはするなよ。今日は僕の当番だとか適当なこと言うようにするから』
『失礼ね、って言いたいところだけど自分料理の腕は理解してるから大人しくしておくことにするわ』
『ああ。じゃあ僕は夕飯作ってくるから』
そうして僕はキッチンへと向かい夕飯の準備を開始し、千紗乃もいつも通り家事を始めた。
なんとしても、なんとしてもお兄ちゃんと神凪先輩を別れさせなければこれ以上関係が続いてしまったら本当にお兄ちゃんが結婚してしまう。
そう思って私は神凪先輩の行動全てに視線を注いでいた。
まだ高校生の男女が同棲をするなんて早すぎる。
日本中を探しても同棲している高校生なんて一組いるかいないかではないだろうか。
神凪先輩だってどれだけ可愛いとは言っても、ただの女子高生だ。
家事やお兄ちゃんに対する態度の中で、何か一つくらい不適切な部分があるはず。
絶対に神凪先輩の悪い部分を見つけてお兄ちゃんとの関係を終わりにしてやる。
そう意気込んですでに三十分が経過したが、未だに弱点が見つからない。
まずはお兄ちゃんが脱いでソファーにかけていた制服の上をお兄ちゃんの部屋へと運びハンガーへとかける。
その後お風呂を掃除してお湯を張り、次はテキパキと私たちの前に箸を置き、コップを並べ始めた。
料理は当番制だと言っていたが、それなのに箸を並べたりコップを並べるなどお兄ちゃんがやるべき仕事まで完璧にこなしといく神凪先輩。
恐らくはどれだけ神凪先輩を見続けていても、悪い部分なんて見当たらないのだろうと悟りながらも私はひたすらに神凪先輩の行動に注目していた。
しかし、やはり神凪先輩の悪い部分なんて一つも見当たらなくて、仮にこのままお兄ちゃんが本当に神凪先輩と結婚をしたら幸せにしてもらえるであろうことは明白だった。
理解はしていた。いつかこういう日がやってくることを。いつまで立ってもお兄ちゃんにしがみついてばかりではいけないことを。
お兄ちゃんに仲の良い女友達ができて、遊びに行って、遊ぶ回数を重ねるうちに付き合って、それから数年が経過して結婚して……。
そんな日がやってくることを頭の中で理解はしていたが、やはりそんな日が訪れることを心の底から理解はできていなかったようだ。
お兄ちゃんは昔から忙しい両親に変わって家で私の世話をしてくれていた。
私がお腹を空かせていればご飯を作ってくれたし、寂しそうにしていれば大きな手で優しく頭を撫でてくれた。
自分の人生を犠牲にして私に尽くしてくれたと言っても過言ではない。
そんなお兄ちゃんを大好きになってしまうのは自然なことではないだろうか。
勿論兄妹なので恋愛感情ではなく、至って健全な家族愛である。
最近こそ両親の仕事が軌道に乗りお兄ちゃんへの負担はほとんどなくなっているが、私はこれまで私の面倒を見てくれたお兄ちゃんに心の底から感謝しているし、優しいお兄ちゃんが大好きだ。
そんなお兄ちゃんが急に現れたS級美少女の手によって奪われ、家からいなくなっちゃうなんて……。
そんな現実が受け入れられなかった私はお兄ちゃん達が住む家へと乗り込んだのだ。
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