第45話 キスの勘違い

 今の状況、誰がどう見だって僕が百華とキスしているように見えるだろう。


 でも大丈夫。僕と千紗乃の間には同棲生活で生まれた硬い絆が--。


「何やってんのよ⁉︎」


 はいダメでした。


 まあそうだよな。百華が僕を襲うとは考えづらいだろうし、あたかも僕が百華を襲っているように見えたって仕方がない。


 これで僕たちがせっかく築いてきた絆にヒビが入って、この同棲生活、更には嘘の恋人関係にも終わりがやってきてしまうのだろう。


「灯織君に迷惑をかけるのはやめてくれる?」

「……え?」


 千紗乃の発言に僕は思わず呆気に取られてしまった。


 え、だってこの状況だけ見たらどう考えても僕が百華ちゃんにキスをしようとしているようにみえるだろうし、普通なら僕を庇って妹を注意するのではなく、妹を庇って僕に注意するところだ。


 それなのに、千紗乃は僕では無く百華を怒った。


 状況判断能力に長けている、と言ってしまえばそれまでだが、多少なりとも千紗乃からの信頼を得ているのだと少しだけ嬉しくなってしまった。


「えー、妹の私に嫉妬するほど灯織先輩のことが好きってことー?」

「そ、そういうわけじゃ……ないわけじゃないけど」


 そうだ千紗乃、今さっき僕も同じような状況を体験したばかりだが、今は嘘を貫き通さなければならない。

 僕のことを好きだなんて大っぴろげにして言いたいことではないのは理解できるが、今だけは耐えなければ僕たちの嘘の関係に気付かれてしまう‼︎


「ふーん。よっぽど心酔しきってるんだね」

「そ、そんなことより早く出て行ってよ。何の用があってこの家に来たのよ」

「そ、そうだぞ。この家はそ、その……僕たちの愛の巣なんだから出ていってくれないと困る」

「何恥ずかしい事いってんのよ‼︎」


 僕は千紗乃からかなり強めに背中を叩かれた。


 恋愛になんてなれていないし、あまりに咄嗟に出た言葉だったので自分でも言葉選びに間違ったことくらいはすぐに理解できた。


「ご、ごめん……。というか、有亜がこの家に侵入してきた理由は分かるんだけど、百華ちゃんはなんでこの家に?」

「それはもちろん、お姉ちゃん達の監視だよ」

「監視?」

「うん。だって高校生の男女が一つ屋根の下なんだよ? 何が起こったっておかしくないから間違いを起こさないように監視しにきたの。たまにこうして私たちが突然やってくるって思ってれば間違いも起こりづらいでしょ?」


 まあ確かに抜き打ちテストみたいにこうやって急に家に来られることがあると思っているだけで、間違いが起こる事は……っていうか間違いなんてわざわざ監視しにこなくても起きないけどね⁉︎


「いや、そもそも間違いなんて……」


 百華ちゃんにそうツッコミを入れようとすると、百華ちゃんは有亜に見えない位置に手を持っていきしたり顔で何かをひらひらと見せびらかしてくる。


「「な、なんでそれを⁉︎」」

「ちょこーっと部屋漁ってたらね〜♪ まっ、そういう事だから、私たちがいてもくつろいでよ」

「そういうことだからどうくつろげって言うんだよ‼︎」

「……? 何見せてるの?」

「な、何も見てないぞ、何も見てないからな有亜」

「そうよ、何も見てないわよ有亜ちゃん」

「二人とも焦りすぎでしょ面白すぎるって‼︎ はぁー面白すぎて息できないわ……。とにかくこれからよろしくねっ。お義兄ちゃん」


 できれば妹'sのことは無理矢理にでも追い出したかったが、追い出すに追い出せない事情ができてしまった、というよりは完全に弱みを握られてしまった。


 僕と千紗乃はなす術なく、妹'sを追い返すこともできず定期的に監視にやって来ることを認めざるを得なくなってしまった。

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