第20話 不可抗力
「うわぁ綺麗」
観覧車の中で、夕日に照らされながら目を輝かせ、外の景色を眺める千紗乃の姿を見ていると、やはり今僕が置かれている状況は全て夢なのではないかと思えてくる。
夕陽に照らされた千紗乃は、S級なんてもう飛び越していると言っても過言ではない。
なんて綺麗なのだろうか。本当に、なんて……。
僕は自分の欲求に逆らうことができずにスマホを構えた。
「ああ。綺麗だな」
「ねっ‼︎ 本当に綺麗。写真撮りたくなる気持ちも分かるわ」
……ちょっ、今ナチュラルに千紗乃に向かって綺麗って言ったよな僕⁉︎
しかも景色なんてそっちのけで千紗乃にピントを合わせた写真撮っちまったし⁉︎
千紗乃は僕が景色の写真を撮り、景色に向かって綺麗と言ったと思い込んでくれているようなので助かったが、危うく気持ち悪いと罵られるところだった。
「そうだ、せっかくなんだし私たちも写真撮りましょうよ」
「僕たちが? 二人で?」
「付き合ってるのにツーショット写真がスマホの中に一枚も入ってないなんて変な話でしょ?」
「まあ確かにそうか」
「ほら、ぼーっとしてないで写真撮るわよ」
「はいはい」
千紗乃に言われるがままイスから立ち上がり、身体を寄せていく。
その時だった。
観覧車が風で大きく揺れ、バランスを崩した僕は千紗乃の方へと倒れてしまう。
やばいっ、と思った時にはもう完全にバランスを崩しており、これまで感じたことのない柔らかい感触が僕の唇に触れた。
「ご、ごめっ……。今のはその、不可抗力というかなんというか……」
「--っ」
ラブコメではありがちの予測していないタイミングで突然やってくるキス。
ラブコメを読みながら、こんなのあり得ないだろうと嘲笑していた自分がまさかそのシチュエーションを経験することになるなんて、どこの誰が想像できただろうか。
これには流石の千紗のも怒ったようで、右手を振り上げる。
そりゃそうだよな、と僕はビンタ覚悟で目を閉じた。
しかし、いつまで経っても僕の頬に痛みはやってこない。
千紗乃は何をしてるんだ? ビンタする程は怒っていなかったってことか?
状況が掴めない僕は閉じた目を少しずつ開けていく。
--えっ?
な、なんで、なんでそんなに顔を赤くして目線逸らしてるんだよ千紗乃さん。
それじゃあまるで僕とのキスが嫌ではないどころか嬉しかったと言っているようなものじゃないか。
いつもの調子で『何してんのよバカっ‼︎』って罵ってくれた方がよっぽと気楽になんですけど……。
「いや、ほんとごめん」
「い、いいわよ別に。そこまで嫌じゃなかったし……」
普通僕みたい地味根暗陰キャとキスなんてしたら気持ち悪さのあまり突然死してもおかしくないレベルなんですよ。
それなのに、『嫌じゃなかった』なんて言われたらもう僕どんな顔したらいいか分からないんですけど……。
「え、そ、それって……」
「ほら、早く写真撮るわよ。まだ撮れてないんだから」
「つ、次は気を付ける」
千紗乃が僕の言葉を遮るようにして写真を撮ろうと提案してきたので、僕は千紗乃に身を寄せながら写真を撮った。
丁度撮影が終了する頃に観覧車を降りるタイミングとなり僕たちは観覧車から外に出た。
「あ、あの……」
「もう帰るわよ。暗くなってきたし、これ以上遅くなると親が心配するでしょ」
「そ、そうだな。帰るか」
こうして僕たちは遊園地を後にした。
観覧車を下車してから千紗乃と駅で別れるまで、お互い言葉数が少なくなってしまったことは言うまでもないだろう。
「ただいまー」
「おかえり……ってあれ、どうしたのお姉ちゃん。なんかずっと下向いてるけど」
「な、なんでもないわよ‼︎」
遊園地から帰宅した私は妹の
そしてカバンを床に放り投げ、そのままベッドへとダイブする。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
ここまで押さえ込んだ気持ちを枕に向かって思い切り吐き出した。
私の気持ちは中に収めておくにはあまりにも大きくなり過ぎていたのだ。
「何あれ何あれなんなよあれは‼︎」
灯織君が意図して私にキスをしてきたのではないということは理解している。
だからこそ、あまりにも不意にやってきたそのキスは私に多大なるダメージを与えた。
ただでさえ好きな気持ちを隠しながら会話をしているのに、キスなんてされてしまえば好きが溢れ出して灯織君に対する気持ちを隠しきれなくなってしまう。
いや、正直本当に危なかった。あの後私、勢いで灯織君に抱きつこうとしたもん。よく耐えたよあの場にいた私。
今の私だったらもう我慢しきれず一思いに行ってしまっているかもしれない。
「くぅぅぅぅ……」
--っはぁ。ダメだ。もう頭がおかしくなりそう。
有亜ちゃんが叫んで飛び出して行ったおかげでお化け屋敷の中ではキスをする寸前のところで立ち止まれたが、あの後正直キスができなかったことを に後悔している自分もいた。
それもあって、今回の不可抗力のキスは破壊力が桁違いだったのだ。
一旦深呼吸して落ち着いた私はスマホのアルバムを開く。
奇跡的にも自撮りをしようとしたタイミングで灯織君が私の方へと倒れてきたため、私たちがキスをした瞬間が私のカメラに収められていたのだ。
その写真を見て悦に浸りながらも、もし灯織君にこの写真の存在を知られてしまったら消してくれと言われかねない。
キスの瞬間を収めたこの写真の存在は灯織君には隠しておくことにしよう。
そう心に決めながら、次もし灯織君に会ったとしても顔が綻んでしまわないよう、表情筋を鍛える筋トレの動画をネットで漁り始めた。
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