第19話 最後の時間

 有亜ちゃんはあまりの恐怖からお化け屋敷を飛び出していってしまい、私たちは外に出て有亜ちゃんの姿を探してみるがどこにも姿は見当たらない。


「ふぅ……。もうどこかに有亜が隠れて監視してるってことはなさそうだな」

「そうみたいね。どこにも姿が見当たらないし」

「それにしてもよく我慢したな。怖かっただろ」

「ま、まあそれなりには怖かったかな」


 そう、本当に怖かった。過去感じたことの無いような恐怖を私はひしひしと感じていた。


 他でも無い、私自身に。


 なんであの時灯織君の顔に自分の顔を近づけようとしたのよ私⁉︎

 あ、あれじゃあ私が欲望に負けて、そ、その、灯織君とキ、キスしたかったみたいじゃない‼︎


 ……いや、『みたい』ではない。実際に私は灯織君とキスをしたかったのだ。


 私はもう灯織君のことを好きだと自覚しているのだから、今更それを否定する資格は無い。


 そうは言ったって、お化け屋敷の中だよ⁉︎ 流石にあのシチュエーションでキスしようとしたら引かれるでしょ。

 最終的にはキスをすることはなかったわけだけど、私がキスしようとしたの、バレてないよね……?


 もし私がキスしようとしてたことに灯織君が気付いていたとしたら……。


 あーもう私、なんであんなことしちゃったのよ……。


「ごめんな。別にわざとらしくカップルのフリする必要なんてなかったのに無理矢理カップルのフリさせるようなことになっちまって」

「別にいいわよ。これから私の方が灯織君に迷惑をかけることもあるだろうから。お互い様ってことで」

「そう言ってもらえると助かる。有亜はいなくなったけど、まだ続けるか? このデート」

「そ、そうね。今後も誰がどう見たってカップルに見えるよう練習は必要だし」

「了解」


 練習は必要だから、なんていうのはただの詭弁だ。

 ただ私がもっと灯織君とデートを続けたいから、練習だなんて発言をしたのである。


 そんな私の発言を疑う様子もない灯織君と、私は嘘の遊園地デートを続行した。






「もうこんな時間なのね」


 千紗乃はスマホの画面を見ながら時間を確認する。

 辺りが少しずつオレンジ色に染まり始め、そろそろ帰宅する時間である。


「有亜のせいで忙しない感じになっちまったからな。時間過ぎるのも早く感じるよ」

「そうね。楽しい時間はすぐ過ぎていく物よね」

「たっ--」

「……? どうかしたの?」


 キョトンとした顔でこちらを見つめながら、千紗乃は自分の発言の意味を理解していないようだ。


 楽しい時間はすぐ過ぎる、ということは、千紗乃はこの偽りのデートを楽しいと感じていたということになる。


 僕みたいな男とデートなんて絶対行きたくないって思ってると思ってたのに、まさかそんな風に思ってたなんて……。


 自分の発言にはもう少責任を持った方がいいと思うぞ、うん。


「いや、別になんでもない」

「それじゃあもうそろそろ帰る?」

「……最後にアレだけ乗っとかないか?」

「アレ?」


 そう言って千紗乃は僕が僕が指さした方向に視線を向ける。

 

 僕が指さしたのは観覧車だ。


「ああ。観覧車といえばデートの定番だし、最後くらいゆっくりしてから帰ろうぜ」


 有亜のせいで忙しないデートになってしまったので、最後くらいはゆったりとした時間を過ごしてほしい。


 そう考えてこの提案をしてみた。


「……それもそうね」


 密室で二人きりになってしまうので拒否されるのではとも考えていたが、千紗乃の了承を得た僕は千紗乃を連れて観覧車に向かった。

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