第12話 裏方の仕事

「水野君、ちょっといい?」


 一時間目の授業を終え、自分の席に座っていた俺に気持ち悪い程の綺麗な笑顔を向けて話しかけて来たのは同じクラスの雨森音夢。


 俺は音夢に鋭い視線を向けながら返答した。


「前からやめろって言ってるだろ。そのよそよそしい呼び方は」

「よそよそしいも何も、私たち元から仲良くないでしょ?」


 音夢とは幼少期からの知り合いでいわゆる幼馴染という関係性になる。


 しかし、高校に入学しがあって以降俺とは他人として関わりを持ちたいと思っているらしいので、俺の方からも深く関わらないようにしている。


「……はぁ。何か用か?」


 俺がそう質問すると、音夢の表情が一気に険しくなる。


「アンタみたいなクズ人間になんて話しかけるだけで虫唾が走るんだけど。親友のためだからね」


 音夢の言う親友とは同じクラスのS級美少女、神凪千紗乃のことだ。


 高校に入学してから音夢と神凪は座席がずっと隣同士なので、自然と仲が良くなっていたらしい。


「じゃあ話しかけなきゃいいだけだろ。よっぽどその親友のことがみたいだな」

「そうね。アンタのせいで好きになったって言った方が正しいと思うけど」

「そ、それは……」

「水野君って本庄君と仲良いよね?」


 音夢は俺が返答に困っていると、ひらりとかわして質問を返してくる。


「灯織に何か用か? 灯織なら今トイレ言ってるけど」

「本庄君にチサを遊園地に誘うよう伝えておいてくれない?」

「は? なんで灯織が神凪を遊園地に誘わないといけない--」

「伝えておいてくれない?」

「だからなんで--」

「伝えておいてくれない?」


 音夢の目的はとにかく灯織に神凪を遊園地に誘わせることらしく、俺が理由を訊こうとしてもすぐに話を遮り『これ以上は何も訊くな』と釘を刺してきている。


 理由は気になったが、灯織に神凪を遊園地に誘えよと伝えるだけなら何ら問題は無いので俺は音夢の言うことを聞き入れることにした。


「分かったよ……。とりあえず灯織には伝えておくけど、灯織が神凪を遊園地に誘えるかどうかは灯織次第だからな。」

「もちろん。本庄君がチサを遊園地に誘えなかったら一ヶ月間購買の揚げパン奢ってもらうから。水野君に」

「いやなんで俺なんだよ⁉︎ それは灯織から奢ってもらえよ⁉︎」

「とにかくそういうことだから」

「あ、ちょっと待ってから本当に意味が分からないんだけど」

「きっとそのうち本庄君が泣きついてくるよ」

「……?」


 意味不明なことを口走りながら音夢は神凪の元へと帰っていった。


 いや、本当に意味分からないんですけど……。

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