偽りのデート

第9話 親友からのススメ1

「おはよ〜。あれ、なんかチサ元気無い?」


 私が登校してくると、私より先に登校していた同じクラスの雨森あまもり音夢ねむが話しかけてきた。


 音夢は小学生の頃からの友達で、私が気兼ねなく話すことのできる数少ない友達だ。


 マイペースな性格で話すスピードも遅く、授業中も寝てばかりいたり朝早く登校して来ているのも一見真面目なように見えるが実際は早く来て寝たいだけ。

 真面目ではない部分もあるけど、そんな音夢に私は何度も救われてきた。


 そんな付き合いの長い音夢に元気が無いと心配されるとなると、これは本格的にアレになってしまったのかもしれない。


 あの一番厄介でどうしようもないアレ。


 そう、恋の病ってやつに。


「大丈夫、むしろ元気なくらいだから」


 元気じゃなければ今もこうして頭の中が灯織のことでいっぱいにな

んてできない。


「本当に大丈夫? 私でよければ相談に乗るけど」


 音夢の優しさに思わず目頭が熱くなる。


 音夢にはこれまで色々な場面で何度も相談に乗ってもらったが、私が相談した内容を誰かに話したなんて話は聞いたことがない。

 秘密を抱えれば大抵の人間が他の人間に秘密の内容を横流しをしたくなるものだが、そもそも音夢にはそんな感情が全くないらしい。


 これまでもずっと相談に乗ってくれている音夢になら、灯織君の話をしても良いのではないだろうか。


「実は--」





「--本庄君と許嫁になったぁ⁉︎」

「ちょ、ちょっと声が大きいよっ‼︎」


 灯織君と許嫁になったことや嘘の恋人になったことを音夢に伝えると、大人しめな性格の音夢がこれまで聞いたこともないような大声を出したので思わず身体をビクつかせてしまう。


 そんな大声を出したら他の生徒に変な勘違いをされるかもしれないのでやめてほしかったが、正直私だって音夢から許嫁ができたなんて話を聞いたら同じような反応になると思うので責めることはできない。


「ご、ごめん……。でもそりゃ声も大きくなるよぉ。だって許嫁って……それもあの地味で冴えない本庄君でしょ? そりゃ落ち込みもするよねぇ」

「そ、その、あの、それがですね? 実は……」

「実は?」

「私、灯織君のこと、好きになっちゃったみたいで」

「えぇっ⁉︎ チサが本庄君を⁉︎」

「いやだから声、声‼︎」


 流石に二度目はわざとやっているのかと疑いたくなる。


「あ、いや本当ごめん。でもあんまりにも意外すぎて……。そもそもチサが誰かを好きになるってこと滅多にないのに、その相手が本庄君っていうのが余計にね……」

「私だってまさか本当に好きになるなんて思ってなかったよ」

「よし、分かった」


 音夢はそう言って右手で左の手のひらをポンっと叩いた。


「何が分かったの?」

「今週の休み、本庄君と遊園地に行ってきなさい」

「へ、なんで遊園地?」

「本庄君と二人で遊園地に言ったっていえばチサの両親も本庄君と仲良くしているって思い込んでくれるだろうし、それを理由にチサも本庄君に近づけるでしょ?」

「まぁそりゃそうだけど……」

「ってことだから、これあげる」


 ポケットの中をまさぐりだした音夢は遊園地のチケットを二枚、私に手渡してきた。


「え、なんでこんなの持ってるの?」

「親が知り合いからもらったみたいで、本当はチサと行こうかなって思ってたんだけど、チサと本庄君二人で行ってもらいたいからさ」

「そ、そんな。申し訳ないよそんなの」

「いいのいいの。別に私もそこまでいきたいわけじゃなかったし。はいどーぞ」


 私が遊園地のチケットを受け取るかどうか逡巡していると、音夢は押し付けるようにしてチケットを差し出してきた。


「……音夢ぅぅぅぅぅぅぅ。ありがとぉぉぉぉ」

「ただし、このチケットを受け取ったからには本庄君とキスくらいはすること。分かった?」

「キ、キス⁉︎」

「それくらいはしてもらわないと困るなぁ」

「そ、そんなキスなんて……」

「それじゃあ私はもう一眠りするから。お休み〜」

「え、音夢、音夢⁉︎」


 こうして音夢は私にチケットと難しすぎるミッションを押し付けて再び眠りについたのだった。

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