27話-①
■第27話
軍事施設を出て、スキル『絶隠密』を使ってその場を離れていく。
目の前で消えたからか、軍人達があたふたしているのが見える。
斗真さんと会うから身の危険などは心配してないけど、出迎えてくれた軍人達から放たれる警戒心には冷や汗が背中を流れたものだ。
離れてやっと気持ちが楽になった。
さて……次の目標地に向かおう。
誠心町から北に向かったところにあるのが軍事施設だ。ここからさらに北に向かうと、斗真さんと朱莉さんが戦った軍艦島という場所がある。
俺が向かうのは施設から真っすぐ――――東だ。
高い建物がどんどん減っていくに連れ、緑に溢れている田んぼが広がる。
中には機械に乗って農作業をしている人もいて、水の奥に見えるブラウン色の土がどんどん緑色に埋まっていく様は、見ているだけで心が優しくなれる気がする。
スキル『絶隠密』で葉っぱ一つ潰さないまま上を走れるため、田んぼのど真ん中を突っ切って走ってみる。
でもこうして大事に育てている苗の上を走るって、頑張ってる農家の皆さんに失礼なのかもしれない。
《閃きにより、スキル『自然成長・微弱』を獲得しました。》
アナウンスと共に、俺の周囲に微かな光の粒が畑に広がっていく。
これなら苗の真ん中を走っていても、苗達のためにもなるし、農家の皆さんの努力を無下にせずに済みそうだ。
そのまま緑が広がる田んぼを走り続け、東に向かい続けた。
◆
本当に着いてしまった……。
「早く来ないかな~」
暑くなったというのに、家と庭の間に作った縁側に座り唇を尖らせて両手を顎に当てながら足をパタパタをさせているのは、他でもない妹の凛だ。
今日は斗真さんとの約束があったから何とか嘘の予定を組まないといけないなと思って、凛と会う日ということにしている。
連休中に来たときは新幹線だったが、走っても来れることがこれでわかった。
軍艦島に向かったときのことで思いついたことなんだけど、本当にできるもんだな。
このまま『絶隠密』を解除すると驚かせてしまいそうなので、正面玄関から入ることにする。
「あれ……? お兄ちゃんの香りが?」
周りをキョロキョロとする凛。
急いで玄関に向かい、周りに人がいないことを確認して『愚者ノ仮面』と『絶隠密』を解除した。
「お兄ちゃん~!」
「うわっ!? 凛?」
「おかえりっ~」
飛び込む勢いの妹を受け止める。
「こらこら、スリッパのまま走ると危ないぞ?」
「えへへ~久しぶりのお兄ちゃんに走っちゃった~」
俺の胸に顔をうずめてぐりぐりとする凛がまた可愛い。
最近は毎日朝昼晩に連絡も取ってるし、電話連絡もよくするから声も聞いてるけど、こうして会うのはほぼ一か月ぶりだ。
それにしても凛はいつまで抱き着いているつもりなのか……。家の敷地内とはいえ、周りの視線が見通せる位置だから、変な誤解をされる前に家に入った方が良さそうだ。
どうしよう……? このまま持ち運ぶか?
《閃きにより、スキル『運搬』を獲得しました。》
俺に抱き着いている凛をそっと持ち上げて家の中に入った。
「え~お兄ちゃん! 私の体がお兄ちゃんにくっついてるよ~?」
「ああ。凛のおかげで新しいスキルを覚えたみたいだ」
「あ~お兄ちゃんが言っていたあれね。あれから私も調べてみたけど、全然見つからないや」
“スキル”について調べてみると言っていた妹。インターネットでいろんなことを調べ慣れている妹も見つけることができなかった。
「頑張ってくれてありがとうな。でももう大丈夫だから」
「そうなの?」
「ああ。それより、どこかに出掛けようか?」
「うん!」
にぱっと笑顔を浮かべ声を上げる。
母さんは今日も仕事だと事前に教えてもらってるが、夕飯は一緒に食べれそうとのこと。
「すぐ支度してくるね!」
慌てて二階に上がっていく妹に少し苦笑いが零れた。
家を離れてもう二か月ほど経つのか……。
あまり変わった感じはないけど、リビングに置かれた物の位置が変わったりしたのか、細かいところの記憶は曖昧だったりする。
前回はひな達が一緒に来てくれてアタフタしていたのもあって気付かなかったけど、実家を出て離れて暮らすことが少し寂しいと思えてしまうな……。
一分もしないうちにバタバタと音を立てて妹が階段から走って降りてくる。
「凛。走ったら危ないよ?」
「ちゃんと毎日鍛えてるから大丈夫だよ~」
妹は見た目でもわかるくらいには健康体そのものだし、抱き着いたときの感触も健康体に思える。とはいえ、兄として心配になるというものだ。
降りてきた妹の頭をポンと叩く。
「健康でもケガしたら痛いから。兄としてはもっと自分の体を大事にしてくれる妹でいて欲しいな」
「うぅ……お兄ちゃんと一秒でも長くいたいし……」
「ケガしたら一緒に居られる時間も減っちゃうし、母さんも仕事だからな」
これ以上言わなくても賢い妹なら大丈夫だ。
「さあ、そろそろ出かけようか」
「うん!」
玄関で可愛らしい赤い靴を履いて「ふんふん~♪」と鼻歌を歌う。
家を出て一緒に懐かしい道を歩いて大型商店街に向かった。
通る道の傍には緑色に溢れている田んぼが並んでいるが、田植えをしている人は見かけない。
恵蘭町は田舎なのもあって、田植えは速い段階で終わる。土の性質とかで全国でも速い方らしいが、農業はあまり詳しくないからよくわかってない。
歩く間、妹は嬉しそうに道に生えたタンポポの花を見つけてはしゃりだり、俺の右手に絡んだり、左手に絡んだりと本当に嬉しそうにしている。
「お兄ちゃん。手がちょっと大きくなったかも?」
俺の手をペタペタと触る妹がそう話す。
「そうかな?」
「何だか大人の手って感じ!」
「……ん? 凛って男性の大人の手を触ったことがあるのか?」
「ないよ。お兄ちゃん以外の男の手なんて触るわけないじゃん」
急に真顔で答える妹がちょっと怖い。
こう……『お兄ちゃん、まさか私を疑っているの?』みたいな圧力を感じる。
「お兄ちゃんはしぃ姉とひぃ姉がいるもんね」
ニコッと笑う妹がより怖い。
「ふ、二人とはパーティーメンバーだし……凛が思っているような関係じゃないと思うよ?」
「ふう~ん。そういうことにしておくね?」
……女心って本当に複雑だ。
それから凛と学校であったことをお互いに話し合ったりした。
毎日連絡を取っていて、お互いにあったことは全て話しているけれど、こうして顔を合わせて話し合うとまた違う感じがして、距離が近いことがとても大事なんだなと改めて思えた。
夢中になって話していると、恵蘭町でも一番繁華街である駅前に着いていた。
ガヤガヤしていたはずなのに、俺が現れただけで少し冷たい空気が広がって、みんなが俺を白い目で見つめるのがわかる。
人の視線に敏感になっている妹もそれに気づかないはずがない。元々二人で出掛けたときはいつもと変わらないことだから。
「お兄ちゃん……大丈夫?」
「心配してくれてありがとうな。もう大丈夫だから」
先月ここに来たときに獲得したスキル『絶望耐性』のおかげかもしれないけど、それらの視線を怖いと思わなくなった。
「まずご飯にしようか」
「うん!」
繁華街に来ることができなかった十五年。妹と二人で遊び回るようになった小学生の頃からも俺達はここにほとんど足を踏み込めていない。
たった二人だけでここを歩くというのは……俺にとっても、妹にとっても勇気が必要な行動だと思う。
ようやく……スキルのおかげでその壁を越えれたと思ったらとても嬉しい。だって……妹の年頃になると、友達と行きたいレストランとかもたくさんあるはずで、お店のリサーチに協力したかったから……。
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