26話-②
一度深呼吸をする斗真さん。
書類をめくり三枚目を見る。
「まず、人という生き物についてだ。さっきも少し話したが、残念なことに人というのは身勝手な生き物でな。力があると試さないと気が済まない生き物なんだ。全員が全員ではないが……力を持った大半の者はそうなる。今は世界に浸透しているのは“レベル”という言葉だけ。レベルが上昇すれば潜在能力で身体能力や特殊な力が使えるようになったりすると広まっている。要は……曖昧な情報をみんなに与えているんだ」
確かにレベルが上昇したら身体能力が上昇する。というのは曖昧な情報だ。ゲームのように数値化したわけでもないから、比較対象が存在せず、その人にとって強くなると曖昧に伝えている。
「だがもし自分にスキルがあると知ったなら? そいつは――――」
「スキルを使いたがる」
「そうだ。スキルには強力なものが多い。風を操るスキルがあると知覚できたら、今度は風を操って何ができるか試すはずだ。それは何もモンスターを倒すために使うわけじゃない。自然を操り人を妨害したり、気に入らない人を風の力で吹き飛ばして転ばせたり、子供の悪戯なら女性のスカートをめくってみたりと、想像できることはたくさん存在する」
「でも情報を曖昧にすることで、モンスターに対抗する力とみんなに植え付けた……」
「ああ。レベルは女神の声が聞こえてくるからみんな認識できる。だからレベルを上げて強くなれると知っている。でもどれくらい強くなったかなんて明確にわからない。その曖昧さが絶妙なバランスで人を傲慢にさせないでいるのだ」
三枚目の書類にはその研究や結果が並んでいる。
「不思議だと思うか?」
「ああ。全員が全員ではないなら、説得するなり、抑え込むこともできるんじゃないかと考えているが……そうはならなかったのか?」
人は知性を持つ生き物だ。人と人がお互いに支え合う生き物だと俺は思っている。恵蘭町で多くの人達に蔑まれてきたけど、俺の隣には常に妹や母さんがいてくれた。
それを恨んだことも一度もないし、どうして自分だけ何て思わなかった。だって……彼らにはないものが俺にはあったから。愛する母さんと妹が。
「四枚目を見てくれ」
四枚目の書類を覗き込む。
そこに書かれていたのは――――想像だにしなかったことだった。
「三百年前。政府はスキルを広めた。そこで起きたのは、派閥争いだ。今で言うなら各県……どころか各市や町に至るまで、スキルを知覚できた者が力を振りかざして人々を従えるようになった。中にはそういう存在を許しておけないと取り締まる組織まで作り上げた。結果、日本中が戦渦に巻き込まれたんだ」
「そんな事実……聞いたことがないが……」
少なくともそんな大きな事実があるなら教科書に載っているだろうし、今ではネットでも何らかの情報が出回るはずだ。なのに、俺は一度も聞いた事がない。
「……そこから百年間、粛清の時代に入ったからな。絶大な力を持った存在によって。俺達は彼を“シン”と呼んでいる。本人が自分は神ではないから神と呼ぶなと言ったそうだ」
「シン……?」
四枚目に書かれている人の名はただ“シン”とだけ書かれている。神のような強さを持ち、とんでもない能力を持っていたとされる。
「記憶を塗り替える能力……」
「本人曰く“記憶”ではなく“事象”を塗り替える力で百年に一度しか使えないからって言ってたそうだ。さらに日本に“スキル”という概念を植え付けたのも自分だったと語ったそうだ」
「百年に一度……なのに二度目の塗り替えをしたってことは……」
「ああ。少なくともそのシンという存在は長生きしているってことだな。もしかしたら今も生きていてどこからか俺達を見ていたかもな。なあ、ヒュウガ」
「?」
「俺は正直、お前がシンだと思っていた。でもお前はシンではない。俺はそう確証している」
「……ああ。俺は間違いなくシンではない。こういう過去があったこともスキルのことも……全部今日初めて知った」
「そうか。では話を続けるぞ。シンの力によって我々から“スキル”という概念が消えた。代わりに、その事実を消さず、政府に隠ぺいさせるためにとある一家にこの出来事を伝えているんだ。その一家の名は“
「そんな家があったとは……」
「ヒュウガ。お前も既に彼らのターゲットになっているぞ」
「この情報の代価か……」
「その通りだ。どうしてスキルを世に広めなかったのか、それを日本だけでなく世界からも消し去ったのか。それができる存在のシン。それを口外しないようにな」
「ああ。誰にも言わないと約束しよう」
俺はじっとシンという名を覗き込んだ。
「シンは……どうしてスキルを知覚させたんだ? どうして彼らを粛清したんだ?」
「さあな。それは柊家も聞いてないってよ。だが、少なくともシンによる実験だったのは間違いない。俺からすればシン自身も希代な殺人鬼にも思えるが……きっと何か理由があってやったんだろうと思う。そうでなければ、粛清なんてせずに日本が滅ぶまで眺めているだろうからな。だから俺は考えたんだ」
斗真さんが人差し指を立てた。
「シンというのは、実はただの人間じゃないかってな」
「ただの……人間?」
「強すぎるが故に、誰にも相談できず、一人で突っ走った結果……失敗しちゃった! ごめんなさい! な感じになったんじゃないかと予想している。それを朱莉に言ったら鼻で笑われたけどな! がーははは!」
一人で悩んで……か。
「……でもあながち当たっているかもな。シンが特別な存在なら……世界をもっと平和にしてくれたと思うから」
「くくっ。ヒュウガもそう思うか! お前とは気が合うな! うちの妹をたぶらかしたあのクソ野郎とは大違いだぜ!」
たぶらかした!? そ、それって…………。
斗真さんの表情が笑った顔から真剣な顔へと変貌した。
「なあ。ヒュウガ」
「?」
「お前はスキルを知覚していると言ってたよな。そこで一つ質問だ」
斗真さんは真っすぐな表情で俺を見つめた。
「相手が持つスキルを弱体化させるスキルを持っていないか?」
「弱体化……か。いや、残念ながら持っていないな」
「そう……か」
「誰かを弱らせたいのか?」
「……ああ。ヒュウガには関係のない話かもしれないが、俺が日本で大将をやってるのには理由がある」
首元からロケットペンダントを取り出し、開いて俺に見せてくれた。
そこに描かれていたのは――――満面の笑顔の幼い女の子だ。
幼くても今の詩乃の面影がくっきりと出ていて、詩乃の幼少期なのがすぐにわかった。
「俺の妹の詩乃だ。彼女がいなかったら俺は……世界を恨んでいた。今頃多くの人を手にかけ、この国を崩壊させていたかもしれない」
「そこまで……」
「神楽家もいろいろあったからな。だが、詩乃がいてくれたから俺は救われた。詩乃を守るためにこの国を守ることに全力を尽くす。これはこれからも変わらない。だが……状況が少し変わった。妹に……悪い虫が付いてしまった」
わ、悪い虫……。
「あいつのせいで……妹は日々強くなっている。強くなればなるほど、加護の力も強くなる。妹は加護のせいで聴力が劇的に上がってしまったんだ。街中の音を全て拾ってしまうくらい」
「普段はどうやって生活しているんだ?」
「音を全て遮断させる耳栓を付けている。だから人と話せなかったりするし、家でも同じく音を遮断している特殊な部屋で過ごしているんだ。今までなら……それでも彼女が生きることができたが、あいつのせいで……詩乃は強くなってしまった……詩乃は…………あいつと一緒にいるのが楽しいと言った。俺には詩乃を止めることはできない。ずっと我慢させてきたからな。だから詩乃が生きやすくさせてやりたい。詩乃の加護の力を弱体化させれば聴力も下がるはずだ。もしヒュウガに手立てがあるならお願いしたい……頼む」
斗真さんは深々と頭を下げた。
詩乃の聴力の問題は……俺もずっと考えている問題の一つだ。
今では神威家と共同開発でより強力な耳栓を作れたけど、完成するまでの間、部屋から一歩も外に出れなかった。
――――でも、本当に加護の力を弱くさせるのが正解なのか?
俺にはスキル『絶氷封印』というものを持っている。
ひなの両親や師匠と初めて会った日に覚えたスキルだ。
理由ははっきりとわからないが、どうしてもひなにその力を使って絶氷を使えなくさせるのが正解だと思えなかった。
詩乃だけでなくひなも加護の力で辛い人生を歩んでいるのは知っている。なのに、俺が持つこの力が彼女の助けにならないと告げている気がしたんだ。
「……神楽大将の言いたいことはわかった。だが一つだけ言わせて欲しい。彼女の加護の力を弱めることができれば確かに生活は楽になるだろう。でも……きっとそれはいけないと思う」
「いけない……?」
「はっきりと理由があるわけではない。だが加護というのは意志を持っているんだ。それを外部の力で抑えたら……加護はどうなる? 加護の意志は?」
「だが! 加護のせいで詩乃やひなたちゃんは……!」
「それでもだ。おそらくだが……確証なんてないが…………それをやったら、彼女達の命も消えてしまう気がする」
斗真さんは目を大きく見開いた。
俺も今すぐに彼女達が楽に生きれるようにしてあげたい。
詩乃はまだ無理かもしれないけど、ひなは力を封印してあげれる。でもそれはやってはいけないことなんだ。
俺のスキル『絶氷封印』が……誰よりも俺にそう訴えかけているんだ。
「……そういう考え方をしたことはなかった。何故だかヒュウガがそう話すと、本当にそうなるかもしれないと思えるな」
「そう思ってくれたなら嬉しい。だから別の方法を探すべきだ。もし俺にも何かできることがあれば協力しよう」
「っ……ありがとうよ、ヒュウガ」
立ち上がり、斗真さんと握手を交わした。
分厚いその手からは、詩乃を守りたいという信念が伝わってくる。同じく妹を持つ兄だからこそ感じられるものだ。
「そういや、ヒュウガ。お前にはまだ言ってなかったことがあるが、潜在能力関係なく強くなった者は自分のスキルの存在を知覚できる。それを我々は――――超越者と呼んでいる」
「超越者……」
「日本に超越者は――――たった二人しかいない。俺や朱莉でもまだ辿り着けていないぞ」
「たった二人だけとは……」
「お前も入れたら三人だがな!」
斗真さん達でさえも超越者に届かないのに、自分がそこにいるとはとても思えない。
二人を止めた日だって何とかギリギリで止めることができたけど、『魔石Δ』がなかったら本当に危険だった。
「そんなことはないと思うが……ごほん。それより神楽大将。先日欲しがっていた素材はどうだったんだ?」
「おう! あの素材のおかげで兵達の制服がかなり強力なものになったぞ! 軍部改め、国を代表して感謝を言わせてくれ。ありがとう!」
「あ、ああ。まだ素材が欲しかったりするのか?」
「当然だ! あるならあるだけ買うからよ! また仕入れてくれたのか!?」
「前回より多めだが……」
「ありがてぇ! 全部言い値で売ってくれ! これで部下達の命も救われるし、全国の隊員達にも配りたいからな!」
「ああ」
普通のダンジョンと違ってモンスターはあまり強くないけど、素材は丈夫なようだし、これで少しでも救われる命があるなら俺も嬉しい。
熊モンスターと戦うまで倒したモンスターの素材を全部取り出した。
「うお!? 前回の数倍はあるじゃねぇか!」
「多すぎたか?」
「足りないくらいだ! また仕入れたら売ってくれ」
「ああ」
「前回の分も潜在能力水晶だけじゃとても釣り合わなかったしな。それも込みに…………ざっと百五十億円くらいか?」
百五十億円!?!?!?
と、斗真さん!? 桁間違えてますよ!? 万でも多過ぎなんだけど!?
「い、いや、そんなに難しいモンスターではない。良い事に使ってくれるなら俺も助かるし、支払いはなくてもいい」
「そういうわけには……」
「ではこうしよう。俺はお金じゃなくて情報だったり特殊なものが欲しくなったりする。あまり手に入らないが必要じゃない素材などがあれば、それと交換してくれたりすればいい。先払いでいいから先に素材は置いていく」
「……わかった。本当にありがとうよ。ならまずこれを持っていってくれ」
斗真さんは自身の机の引き出しから何か小さな箱を持って俺に渡してくれた。
「これは?」
開いてみると、中には小指サイズの小さな白い石が入っていた。
「とあるモンスターの素材だ。日本では取れない貴重なものではあるが、ヒュウガがその気になれば余裕で倒せるモンスターだと思う。今渡せるのはそれくらいですまないな」
「いや、気にしないでくれ。貴重な物なのにいいのか?」
「当たり前だ。それに残念なことに日本にそれを加工できる技師がいないんだ。お前が持っているといつか役に立つかもしれないからよ。俺が持っていても宝の持ち腐れだからな! がーははは!」
「ならお言葉に甘えて頂こう。また素材が手に入ったら持って来よう」
「うむ。よろしく頼む」
斗真さんと再度握手を交わして、部屋を後にした。
まさか軍人達が部屋の外で待機しているとは思わず、少し申し訳ないなと思いながら帰った。
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