26話-①

■第26話





 翌日になり、土曜日を迎えた。

 今では当たり前のようになったけど、週末もパーティーメンバーと過ごすことが多い。むしろ、何かの予定がない限りはみんなで一緒にショッピングに行ったり、ダラダラと一緒に時間を過ごしている。

 誠心高校に入学するまで考えたこともあまりなかったけど、友達とこうやって過ごすのも悪くないな。

 でも残念なことに今日は俺の都合で集まれない。

 というのも、今日は詩乃の兄でもある斗真さんと会う日なのだ――――ヒュウガとして。

 愚者の仮面を被り、スキル『絶隠密』を発動させて、正面ではなく窓から外に飛び出した。


 地上は人が多くいるので、ビルの屋上や壁を走ったりして飛び越えて向かう。

 絶隠密の良さは、音も出なければ踏んだ場所に俺の体重が掛かるわけでもないので、木の枝を踏んでも折れないし、人が多すぎて誰かの肩を踏んでも踏んだ感覚すらないところだ。

 無我夢中で目的地に向かって走り続け、やがてたどり着いた場所は、誠心町からずいぶんと離れた場所に建てられている日本国軍事施設だ。

 普通の人や探索者でもここに来ることは滅多になく、周りに散歩をしている人もいないし、周囲には民家や建物も存在しない。

 どこか秘密裏に建設された場所と言っても信じるくらいには、この一帯が基地のためだけに存在しているかのような。でも、ここの存在は国内でも非常に有名で、知らない人はいないくらいだ。

 なんせ、何かしらの災害が起きたときに、ここから防衛隊が出動してくれて、迅速に対応してくれる。

 中に入るのは初めてだからドキドキしながら正面入口に立つ。

 施設を囲んでいる鉄の壁と似た作りの扉。少しだけ詩乃の部屋やひなの部屋の扉を連想させる。

 巨大車両も優に入れそうな巨大扉――――ではなく、その脇に作られた人が通れそうな扉が開いて、数人の軍人が出てきた。

「ヒュウガ様でよろしいでしょうか?」

「あ、ああ。ヒュウガだ」

「では案内致します。くれぐれも勝手に消えたり進んだりしないよう、よろしくお願いいたします」

「わかった」

 自分で決めたことではあるけど、ヒュウガ(愚者の仮面)の時は威厳あるようにと思って敬語は使わないようにしてるけど、年上の人にそうしなくちゃいけないことに少し後悔している。

 今更変える訳にもいかないしな……。

 軍人達の案内を受けて施設の中に入る。

 入口から反対側の壁が見えないくらいに広大な敷地が広がっていて、車両が通ってそうな通路はもはや首都高速並みの作りになっている。

 建物も一つ一つが大きくて、都会にある高層ビルとはまた違う迫力だ。

 愚者の仮面は視界が全方位だからキョロキョロしなくても全体が見れていいな。

 俺の前を歩く二人の軍人と、後ろに付いてくる軍人が六人。彼らの顔が非常に緊張しているのが少し気になる。

 少し歩いた先に、よくテレビで見たことがある軍用車が並んでいて、それに乗せられ敷地内を走り、奥へと進み続けた。

 数分移動して着いた建物に案内を受けエレベーターを上がっていくと、施設内が一望できてその広さに再度驚かされた。

 ただ外にはあまり人がいなくて、車両が多く移動はしているが歩いている軍人は見えない。


《経験により、スキル『監視』を獲得しました。》


 うわあああああ!?

 アナウンスと同時に俺の全方位視界に、小さな画面がたくさん出現した。

 仮面がなければ、周りから変な目で見られてしまったかもしれない。くらいにはびっくりしてしまった。

 画面をよくよく見ると、俺の視界に映っている範囲の遠くの場所がズームアップで表示されている。

 どうしてこんなスキルを獲得したのだろうか……?

 エレベーターから降りて一人の軍人がインターホンのようなものを操作し、「ヒュウガ様をお連れしました」と話すと、「入れ」と斗真さんの威厳のある声が聞こえてきて扉が開いた。

 どうやら軍人達は入らないようで、俺一人で中に入った。

 部屋の中はシンプルな構造で豪華な机やソファに加えて、ちょっとした家電製品などが並んでいる。

 中でも部屋に充満している香りは、珈琲メーカーが動いているからだろう。

「よく来てくれた。ヒュウガ」

「ああ。中々広い場所だな」

「そりゃな。日本国の防衛の要でもある場所だからな。あそこに建物が見えるだろ?」

 斗真さんが窓から指差した場所には、ドーム型の建物があった。

「あそこは軍用武器研究室なんてある。あれが破壊されたら日本国は終わりと言っても過言ではないぞ」

「……そんなことを俺に教えていいのか?」

「逆だよ。ヒュウガ」

「?」

「もしものことがあっても、お前が俺達の力になってくれると思ったから教えたんだ」

「俺が力になれるかはわからないが……」

「何言ってんだ。お前には期待してるんだ」

 そ、そうか……斗真さんはヒュウガに期待してくれていたのだな。

「早速だが、例の物の準備が終わった。ちょっと話が長くなるが構わないよな?」

「もちろんだ」

 ソファに座ると動いていた珈琲メーカーから美味しそうな香りがする珈琲を出してくれた。

「飲めるか?」

 試したことはなかったけど、多分飲めると思う。

「ああ」

 俺はそのまま仮面の口付近に珈琲を近付けた。

 熱々の珈琲が仮面に触れるといつも口で摂取していると変わらない感覚で飲むことができた。

 仮面を被ったまま何かを食べる行為は初めてだったから、いい体験になったな。

 そのとき、俺の視界にいくつかの画面が現れた。

 部屋の至る所にある装置が表示され、《監視されています》と表記された。

「仮面のまま飲めるのかよ……」

「ああ。それより、あれらの装置はなんだ?」

「ん? あ~監視装置か。あれは俺の体温を常に感じている装置でな。もし俺の体に何かの不調があったら、他の軍人が飛んでくるってわけだ。別にお前を疑っているとかではなくて、大将の俺の安全を守るためにな」

「そうだったのか。悪かった」

「よく気づいたな? ずっと前を向いていたのに」

「見つけるスキルを持っている」

「……そういうことか」

 珈琲をテーブルに置いた斗真さんは、テーブルの下からいくつかの書類を出して、俺に手渡してくれた。

 それを受け取って中身を覗く。

「まずはだな。スキルというものについて俺からも説明しておく。我々人類がレベルという力を授かったのは、意外にも最近だったりする。五百年前と言われている」

 五百年が長いのか短いのかと聞かれたら、俺は長いと答える。だって、人の寿命は百年……と言われているが現実はそう簡単ではないのを知っているから。

 百年を一世代としても五世代は想像もつかないくらいには遠い。

「レベルがなかった頃の人はか弱い存在で、代わりに道具を使って発展してきた生き物だ。だが何らかの理由で我らに“力”が与えられてしまったんだ・・・・・・

「しまった……?」

「ああ。弱い者が強き力を得たらどうなるか……しかも人というのは傲慢な生き物だ。同然のように周りの生き物を駆逐する勢いで成長していく。それに対抗するように世界にはダンジョンというのが生まれた。そして、長年存在を見せていなかった“女神”という存在が登場したと言われている」

 女神、ダンジョン、レベル……。

「少し話が逸れてしまったが、我々はレベルを与えられた強くなれるようになった。その一番の力が二つあると言われている。一つが身体能力の強化だ。レベルが上昇すれば身体能力が上昇するのは今では当然のような常識だ。それをもじってゲームを作って数値化しているのも当然といえば当然だ」

 ゲームはたまにしかしないが、レベルやステータスが存在しているのは知っている。主人公がモンスターを倒してレベルを上げ、ステータスが上昇して今まで倒せなかったモンスターを軽々と倒せるようになる。それがゲームの快感として多くの人が楽しんでいるが……俺はレベル0だからこそ、それに違和感を覚えてしまって、あまりハマらなかった。

「もう一つの力がある。それこそが――――『スキル』だ」

「スキル……」

「レベルが上昇するとスキルを獲得する。その効果は絶大で凄まじい力になる。ヒュウガも恐らく経験があると思うが、その仮面とかもスキルなのだろう? スキルを覚えて使うことで今までできなかったことができるようになる。それは身体能力上昇よりも――――神に近い力を得ることになる」

 斗真さんはテーブルの下から何かを取り出して、俺に見せた。

 彼の手に乗せられた水晶は、眩い赤い色の光を放っている。

「これは潜在能力を調べる水晶として有名で知らない者はいないだろう。だがこれが本当に意味する『潜在能力』については公表されていないんだ」

「本当に意味……」

「これは――――己がレベル上昇で覚えられるスキルの強さを計る装置だ。俺は『風神の加護』という特別なスキルを持っている。ランクは当然Sランクだ。他にも同じ大将の神威朱莉も同様にSランク潜在能力を持っている。だから俺達はレベルが上がれば上がるほど強いスキルを獲得できるし、他の存在よりももっと強くなれるんだ」

 渡された書類でもそう書いてある。

 スキルにもいろんな種類があり、例えば『筋力上昇』があり、その上位に『筋力上昇・中』があると書かれていて、それによって見た目は変わらなくても力を持つことができるという。

 他にも魔法や攻撃スキルにもいろんな種類があり、それぞれに下位互換、上位互換となるスキルが無数に存在し、潜在能力が高い人ほど強いスキルを獲得するとされている。

 だが、誰がどういうスキルを獲得するのかは未だ調べることができないらしく、さらにレベルいくつでどのスキルを覚えるのかも不明。

 中にはAランク潜在能力と判定されたのに、Aランクに相当するスキルを覚えたのはレベル五十だった人もいれば、レベル十で使えるようになった人もいるらしい。

 それらに目を通していく中で、気になる文を見つけた。

「……だが我々人類はスキルを目視することも認識することもできない……?」

「ああ」

 でも俺はスキルを覚えたって認識できるし、スキル『スキルリスト』を使えばどんなスキルを持っているかも確認できる。そもそも『スキルリスト』を覚える人も少ないということか?

「ヒュウガ。答えにくいかもしれないが……お前はスキルを認識できているのか?」

「……ああ。俺は認識できている。でもそれは貴方だって同じなのでは? 『風神の加護』というスキルを言えるということは」

「それは次のページだ」

 二枚目の書類を読んでみる。

「水晶が赤色に光った者はSランク潜在能力。他のAランクからFランクまでの潜在能力と明らかに違うものがある。それこそが、“加護”と呼ばれているスキルだ。そもそも、スキルなのかどうかすらわかっていない」

 AランクからFランクまでの人がレベルアップで得られるスキルと違って、Sランク潜在能力で覚えるスキルは“加護”というものが付くそう。

 ひなは『氷神の加護』だったし、斗真さんは『風神の加護』だ。

「俺達が持っている加護だが、力を覚醒させた段階で声が聞こえてくる。声もそれぞれ感覚が違うから加護には意志をあると考えられている。俺も朱莉も……俺の妹も朱莉の妹もその声と意志を感じた」

「スキルに意志?」

「ああ。だから加護がスキルなのかどうかは不明だ。その上でそもそもこの研究をしている百年間にSランク潜在能力者があまり生まれていない。俺達がいる今の時代が最もSランク潜在能力が多いくらいだ。しかもそのほとんどが神威家に寄っているのは奇跡なのか、呪いなのか……難しいところだな」

 呪い……か。朱莉さんにとってはひな、斗真さんにとっては詩乃、二人が抱えているSランク潜在能力はあまりにも強力過ぎて普通の生活もままならない。それは……普通に生きることから見たら呪いにも等しいんだと思う。

「この水晶が赤色に染まって一番強いスキルを覚えるのは間違いない事実。加護に意志があるとしてもスキルの力と言っていいだろう。ここまでがスキルの存在だ。何か不明な点はあるか?」

「大体のことはわかった。だが、どうしてみんなスキルの存在を知らないんだ? しかもスキルが秘密情報である理由は?」

「ああ。それをこれから説明する」

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