三章

25話

※ここから三巻に当たる三章始まりのため、おさらい的な部分があったりします!

※当作品への誤字報告なども必要ございませんので、誤字はスルーでお願いします!





■第25話





 朝起きるのが苦手な方ではないけど、入学してスキルを獲得して、より楽になったな。

 ベッドから降りて顔を洗ったりといつもと変わらない朝のルーティンをこなして、少し余った時間ができた。

 『異空間収納』の中からビー玉サイズの水晶を取り出す。

 部屋の明かりを受けてキラリと光る水色の水晶。

 あの日、訳も分からず戦うことになった大熊のモンスター。

 今まで戦ったどんなモンスターよりも強くて――――哀しいモンスターだった。

 その姿はまさに“皇帝”と呼ぶにふさわしく、垣間見た彼の人生もまたそのものだった。

 テーブルの上に乗せていたスマートフォンがブーブーと振動し、時間を知らせる。

 もうこんな時間になったみたいだ。

 まだ外は少し暗いけど、部屋を出る。

 廊下に出るとタイミングを同じくして、少し離れた部屋から藤井くんも出てきた。

「日向くん。おはよう~」

「おはよう」

 そのまま藤井くんと一緒に階段を下りて寮を出た。

 一階の奥にある食堂に明かりがついていて、俺達の朝食の準備をこんなに早くからしてくれているのがわかる。

 寮の入口の前で軽めに準備運動をした。

「今日もよろしくね。日向くん」

「ああ。こちらこそ」

 藤井くんと拳を合わせる。

 まだ誰かとこんな風に気持ちを伝えあうのは慣れないが、ただ言葉だけ伝えるよりもずっと彼の気持ちが伝わってきて、友達っていいなと思う。

 俺達はそのまま朝のジョギングを始め、広い学校敷地内を回った。


 ジョギングの後、部屋で軽くシャワーを浴びてベッドに座ると、ちょうどタイミングよくスマートフォンが光る。

 中を覗くと妹からの『おはよう~お兄ちゃん! こっち雨でジメジメ!』のメッセージだ。

 返信ボタンを押した瞬間、画面が切り替わり『凛様から電話です』と表示された。

『おはよう~お兄ちゃん!』

「おはよう」

 スマートフォンの向こうから寝起きの妹の声が聞こえる。

『えへへ~外の雨の音、聞こえる?』

「ああ。大雨ではないみたいだね」

『うん! でもそろそろ暑くなってきたからジメジメする~』

「マジックバッグにちゃんと着替えとか入れて置くんだよ?」

『もうやってるよ~お兄ちゃんが買ってくれた服とかも入れてるの!』

 新しい服に顔が緩んでいる妹の顔を思い出して、俺も自然と顔が緩んだ。

『お兄ちゃん~今日もお稽古だよね?』

「ああ。ここしばらくは毎日稽古だからな」

『強くなるのは大事だけど、無茶しちゃダメだからね? お兄ちゃんがすごく強くなったのは知っているけど……』

「大丈夫だ。ひなも詩乃も藤井くんもいるし、師匠も無茶なことはさせないから」

 そもそも武道というものの稽古なんて初めて受けているけど、スキルのおかげなのか嫌い感じる部分は一切なく、毎日がワクワクで充実している。

『うぅ~私もお兄ちゃんがやってるとこ見たいなぁ~』

「あはは、もう少しできるようになってからが兄としてはありがたいかな?」

『それじゃ遅いもん! お兄ちゃんができないところから見るからいいのであって……あ! 良い方法が思いついた!』

 何かまた悪だくみを思いついたみたいだ。

「凛? そろそろ朝の準備しないと間に合わないよ?」

『そうだった! 弁当も作らないと! じゃあ、お兄ちゃん。また後でね~』

「ああ。また」

 通話終了ボタンを押して、朝一で妹の声を聞けてホッと胸をなでおろす。

 しばらく連絡しないようにお願いしていたけど、やっぱり家族の声を聞けるのは嬉しいし、どこか安心してしまう。それに甘えないようにしていたからか、今ではよりありがたみを感じている。

 制服に着替えて、洗面所にある鏡で身だしなみをチェックして部屋を出て急いで向かうのは寮の食堂――――ではなく、神威家の屋敷だ。


「おはようございます」

「いらっしゃいませ。日向様」

 毎朝メイドさんが出迎えてくれて、彼女と一緒に向かうのは、ひなの部屋だ。

 とても部屋とは呼べない鉄の塊だけど、彼女が眠っている安息の地でもある。その場所を部屋ではないと呼ぶにはあまりに失礼というものだ。

 入口の傍にあるパネルを操作して待つこと数秒。分厚い鉄の扉がゆっくりと開いた。

 以前はもう少し速かったけど、彼女の【氷神の加護】が強くなったことでここも強化した。それによって絶氷を止める力がより増した代わりに分厚さによる遅さが伸びてしまった。

 人が一人通れるくらい開いた扉から、ひょっこりと満面の笑みを浮かべて出てきた白銀の妖精のような美しさのひなが出てきた。

「おはよう~日向くん」

「おはよう。ひな」

「今日もありがとうね!」

 ひなには気にする必要ないって何度も言ったけど、毎日欠かさず感謝を口にしてくれる。

 パーティーメンバーとしても……友人としても、俺にできることがあるなら彼女の力になりたいと思っている。

 神威家の茶の間に案内を受けると、もう一人の美少女が「おはよう~!」と元気いっぱいの声と笑顔で俺達を迎え入れてくれた。

「おはよう。詩乃」

「詩乃ちゃん~おはよう」

 俺が毎朝ひなを迎えに来るようになって、詩乃も一緒に来ることになって久しい。

 彼女もまた強くなった力のせいで辛いことに遭ったけど、神威家と神楽家の共同開発で作った新しいイヤホン型耳栓を装着していて、ちゃんと周囲の音を遮断することに成功している。

 余談だけど、詩乃はイヤホンをして周囲の音を遮断していることもあり、自分の声も耳で聞けないという。だから喋るときの音量にはかなり気を使っていて、仲がいいメイドさんにお願いして常にチェックをして声の強さを覚えたみたい。

 それくらい彼女自身が持つ才能はすごいと思う。それがまた彼女の耳が良すぎる力のことにも繋がるのだが……。

 詩乃はニヤニヤしながら俺を見上げる。

「ん? どうかしたのか?」

「ううん~何だか日向くんも逞しくなった気がするな~って」

「はは……師匠に毎日稽古をしてもらってるからな。それのおかげかもな」

「そうかもね! 私も負けてられないな! 今日こそ日向くんに勝ちたい~」

「詩乃はすごいからな」

「むう。ちょっとくらい張り合ってくれると嬉しいな? 戦いになると変わるからいいけど」

「そういや前にもそんなこと言ってたよな……俺って戦いになるとそんなに変わるのか?」

「「うん!」」

 二人が間髪入れずに大きく頷いた。

 最近は稽古の一環として対人戦も学んでいて、ちょうど一緒に学んでいるひなや詩乃と対人戦を行ってたりする。

 藤井くんは弓術だし、補助が得意なのもあって参加はしないけど、常に俺達の動きをチェックしていてくれて、ダンジョンでもその力を遺憾なく発揮してくれている。

 先日、稽古の終わりに俺が対人戦になると人が変わったようになるって話になって、三人ともそう感じているみたい。

 俺はそんな感じはしてないんだけど……もしかして、俺って……戦いが好きだったのか?

 ただ、戦いはわからないが、稽古はとても楽しいと思ってる。

 今朝妹にも言った通り、大変なことがあってもそれがまた楽しくて、でもそれはきっと――――俺一人ではないからかもしれない。

 ひながいて、詩乃がいて、藤井くんがいて……みんなと一緒に居られるから楽しいんだ。

「でも嫌な感じではないよ? 何というか……男らしい?」

「それって普段は男らしくないって……」

「ん~そういうところあるかも? ふふっ」

 また詩乃がいたずらっぽく笑った。

 はあ……もっと頼りになる存在にならないとな。パーティーリーダーとして。

 レベル0。

 その事実は今も変わらない。

 でも俺には支えてくれるスキルがあって、明日は詩乃の兄の斗真さんと会う日だ。何か変わるかもしれないと期待を胸に抱いている。

 それに藤井くんからも稽古でどんどん強くなっているとお墨付きを受けているからな。

「でもそれが日向くんの良さだと思うから~ふふっ」

「私もそう思う」

「そ、そうならいいけど……」

 ふと、便りのないリーダーとはもうパーティーなんて組めません! と言われると不安を覚えてしまうが、三人がそんなことを話すような人ではないのは知っているし、それくらいの時間を一緒に過ごしていると思う。

 家族以外でここまで長く一緒にいた人なんて……凱くんくらいだな。あまりいい記憶は……いや、よくない記憶しかないな……。

 メイドさんが朝食を運んでくれて、ひなの両親も来てくれて、いつの間にか師匠まで席に着いて朝からみんなで和気あいあいと朝食を堪能した。


 ◆


 午前中の通常授業が終わり、いつもと変わらない校舎屋上にやってきた。

 到着してすぐにひなは自分のマジックバッグから、みんなが座れるようにレジャーシートと弁当を置けるように座卓を取り出してくれる。

 それに釣られるかのように、目を輝かせた藤井くんがやってきて、それを面白そうに見ている詩乃も一緒にやってきた。

「今日も美味しそう~!」

「今日もたくさん持ってきたら、たくさん食べてね?」

「ありがとう! 神威さん!」

 大量の弁当箱を開け始めていると、出入り口から人の気配がして見てみると、小柄の女性が立っていた。

「校長先生~こんにちは~」

 真っ先に気付いた詩乃が挨拶をして、すぐに俺達も「こんにちは~」と挨拶をする。

「相変わらずみんなは仲がいいのね」

「はい。昼食を取ったらダンジョンに行きます」

「校長先生もどうぞ~弁当はたくさんありますから」

「では私もお邪魔しようかしら」

 あまり校長には見えないし、表にはほとんど出てこず、集会では副校長が出ていて彼が校長だと勘違いしている生徒も少なくない。そんな現状に彼女は気にする素振り一つ見せない。

「とても美味しそうね」

「あ、校長先生。うちのお姉ちゃんからご無沙汰しておりますって伝えてくれって」

「神威朱莉くんだな。懐かしい」

「校長先生って朱莉さんと知り合いだったんですか?」

「知り合いも何も、彼女は我が校の卒業生。私が知らないはずもないだろう?」

「それはそうですね……」

 というか……あまり校長らしいことはしてない気がするけど……。

「君は私が校長としてあまり働いてないように思ってるのかしら?」

「!? そ、それは……」

 俺って……心を読まれやすいのかな?

「ふふっ。残念なことに君が想像している通り、私は何もしていない。合っているよ」

「ええええ!? それでいいんですか……?」

「それでいいから校長なのだろ? ふふっ。君がどうしても私について知りたいというなら――――二人っきりでたっぷり教えてあげるわよ?」

「「ダメ!」」

 いつの間にか俺の左右に来たひなと詩乃。

「とって食ったりはしないから安心しなさい。個別に日向くんに興味があるから、近日中に呼び出すかしら」

「職権乱用だ……」

「そのための校長の地位だ。私は私が好きなようにするのがモットーだからね」

 彼女はそう話しながら、弁当をパクパクと食べていく。

 以前来てくれたときも気にはなっていたけど、どうやら彼女は赤い食べ物がとても好きらしくて、皮や身が赤いものを好んで食べる。

「校長先生。好き嫌いし過ぎるとよくないですよ」

「君はそういうところにも気が利くのだな。さすがはここの三人をまとめているリーダーということだな」

「それって……関係あるんです?」

「大有りさ。それよりもこの蟹のコロッケは絶品だな。素材の美味しさもさることながら、作り手の深い技量を感じる。絵里奈の手作りなんだな」

「校長先生っておばさんとも知り合いだったんですか!?」

「たまたまだけどね。むしろ昌くんよりも私の方が昔から知り合いだったりする」

「そうか……だからお母さんが赤い食べ物を多めに作るようにしてるって言ってたのは、校長先生のことだったんですね」

「あの子は昔から気が利く子だったからね。ふふっ」

 まさか校長が神威家と関わりがあるとは思わなかった。いや、神威家が多額の寄付をしているって噂を耳にしたことがあって、でもそれは誠心高校だけじゃなくて、全国の学校だったり、ボランティア活動にもすごい力を入れているって記事を見たことがある。

 そういう意味で知り合っているとは思っていたけど、昔からの知り合いだったとはな。

「いつでも屋敷に来てください。お母さんもきっと喜びます」

「ありがとう」

 ひなほどじゃないが、校長もわりと常にムッとした表情をしている。そんな彼女がひなの申し出に小さく笑みを浮かべた。


 ◆


 その日の夜。

 日向達がいつもと変わらない日々を送っている中、誠心高校の校長は自身の執務室で一枚の紙を覗き込んでいた。

(確かにレベルの欄に0と書いている。普通に考えればレベルが0であるなんてありえない。私が彼の入学を許可したのも間違いなくレベルが0であることに興味を持ったからだ。なのに……どうして私は彼がレベル0であることを気にしなくなったんだろうか。今でもこうして紙を前にしてようやく彼がレベルが異常である・・・・・ことを認識できる……。これは一体どっち・・・の意向なんだ?)

 彼女は懐かしむように一人の男を浮かべながら窓の外の月を見つめる。そして、その視線のさらに先に、憎き存在をも思い浮かべていた。

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