24話-②

 視界が城の中から一変し、晴天の空が広がっており、周りには視界を防ぐようなものは何一つない。

 地面はというと、自然なものではなく機械的な作りになっている。

 『愚者ノ仮面』のおかげで周囲を全て見渡せられるので、敵の急襲にはすぐに対応できる。冷静に現状を分析しながら、何が起きても対応できるように心掛ける。

 俺より三十メートル前に俺を飲み込んだ魔法陣と同じものが現れ、そこから一体の――――黒い熊が現れた。

 体の大きさは魔物にしてはそれほど大きくない。以前E196で倒したムロは狸魔物だったが、外の世界の狸の二倍の大きさだった。

 それに比べて現れた熊は、俺が知っている外の世界の熊と同じサイズだ。

 ただ違う点は、このダンジョンで倒した兎魔物のように赤い目を持ち、口には上下に大きな牙が伸びており、両手の爪もまた鋭い。胸には赤い宝石のようなものがあり、そこから赤い線が八方向に伸びている。

「グルゥゥゥ……」

 小さく唸り声を上げた熊魔物は、じっと俺を睨みつけた。

 少なくとも、今まで戦った魔物のような知性を感じない魔物ではない。じっと俺を観察する姿は、まるで獲物を狙うハンターのようだ。

 次の瞬間、熊魔物が飛び込んでくる。今まで戦ったどんな魔物よりも速く、一瞬で距離が詰められ、鋭い爪の攻撃が叩き込まれる。

 もしお爺さんに稽古を付けてもらえなかったら焦ってしまうところだったが、おかげで冷静に対応する。

 熊魔物の腕や爪のリーチを図りつつ、爪が伸びることも予測しながら攻撃を一つずつ丁寧に避けていく。

 驚くことに熊魔物の無理に攻撃を続けるわけではなく、俺の出方を見ているようだ。

 やはり……この魔物には知性があると見ていいかも。

しかも、お爺さんにも似た百戦錬磨の気配を感じる。体の強さだけじゃない。長い年月を戦いに費やして積み上がった経験と精神。

それを示すかのように、熊魔物は攻撃をしながら、わざと隙を作って俺の攻撃を誘う。

 避けるだけで戦いに勝てるわけではない。その誘いに一度乗ってみることにする。

 熊魔物の大振りのパンチで生まれた隙を突いて、開いた脇腹に蹴りを入れた。

 強烈な打撃音が周りに響く。だがしかし、熊魔物はびくりともしない。それどころか当然のように足を伸ばして、俺の足をずらして転ばせようとしてくる。

 仮面状態のおかげで視界が全方向に見えるのですぐに避けることができた。

「グルル……」

 狙いが外れたことに苛立ったのか、低い鳴き声を漏らす。

 今度はこちらから仕掛ける。

 熊魔物の様子を見ながら、『武王』による連撃を叩き込む。

 防ぐ素振りは一切見せずに、反撃し続けるが、近距離でも全て避け切れるスピードなので、一撃一撃注意しながら攻撃を続ける。

 全身のあらゆる場所を叩いたが、どの場所も攻撃が効いている感じがしない。

 俺の攻撃を避けようともせずに反撃を続けたり、殴ったときの感触が通常の魔物とは違うところを鑑みると、考えられる原因は相手の防御力が高すぎる……? それともまた何か別な原因があるのか?

 それにしてもびくりともしないことに違和感を覚える。これはまるで……俺の攻撃を全て無効化しているかのようだ。

 俺のパンチが熊魔物の腹部に直撃する。

 次の瞬間、熊魔物の体から禍々しいオーラが立ち上り、今までよりも速い攻撃が飛んでくる。

 余裕を持って対応していたつもりだったが、避け切れずに熊魔物の強烈な一撃を受けてしまい、後方に大きく吹き飛ばされた。

「グルアアアアアアア!」

 どうやら本気を出したようだな。

 さっきの攻撃で咄嗟にかばった腕は痺れている。

 この隙を逃さんと、熊魔物の攻撃のラッシュが始まった。

 さっきまではこちらの様子を伺いながら慎重に攻撃していた熊魔物だが、攻撃が大振りになりつつもこちらの隙をどんどん突いてくる。

 黒いオーラを出すようになってからかなり速くなっている。避け切ることができるのにまた一撃を受けてしまった。

 強力な攻撃ではあるんだけど、スキルと仮面状態というのもあって、何とかギリギリ耐えられる。何度か俺も反撃を試みるが、攻撃が当たっても効く感じはなく、熊魔物も止まらない。

 このままではやられるだけ。俺にできる反撃を試してみる。

 全身に意識を集中させて『黒雷』を発動させる。

 当たった魔物は灰となって消えるため、普段使うことはなく、第二の力『迅雷』も連発はできないので部屋に出入りするときしか使わない。

 全身から黒雷が一斉に十本が放たれ、熊魔物を襲う。

 意外なことに今まで構わず攻撃していた熊魔物が、俺の体から黒雷の気配を感じた瞬間から距離を取り、黒雷を避け始めた。

 十本の黒雷を避ける中、一本が熊魔物に直撃する。

「キシャアアアアアアアア!」

 熊魔物が咆哮を上げると全身を覆っていた黒いオーラは鎧のように体を覆う。

 間髪入れずに次々に黒雷が落ちていく。

 そのときだった。

『憎い……』

 普通の人の声とは違う、不思議な声が聞こえる。

「グルゥゥゥ……」

 黒いオーラが立ち上る熊魔物が俺を睨みつける。

 どうやら効き目は抜群だったようだ。

黒雷が効くならこちらにも勝ち目がある。距離を縮めながら黒雷を放ち、熊魔物に仕掛ける。

 形勢が逆転して今度は俺から攻めていく。

 体に当たって俺の物理攻撃は変わらずいっさい効かない。それに変わりはないが、黒雷に当たると痛みを感じるのか熊魔物の表情が変化する。

『憎い……喰らう……我は、全てを……喰らう……』

 次の瞬間、熊魔物の背中から黒い悪魔の羽が四本、頭部の上に黒い輪が現れる。

 それだけで圧倒的な力が伝わってくる。そして、周りに広がる黒い波動からは激しい怒りや悲しみが伝わってきた。

 そして、熊魔物から周りに暗い闇が広がり、俺をも飲み込んだ。


 この世に生まれ、信頼できる存在などなく、生きるために捕食を続け、ときには命を懸けた戦いを繰り広げ、辛く勝利するも死にかける。それでも生きるために必死に戦い続け、気が付けば足元に無数の屍の山を築いている。

 たった一人で頂点に立ったが、その隣に立つ者など一人もいやしない。

 感じるのは孤独と絶望。

 見上げた空はただ暗く、何もかもを飲み込むような暗黒そのものだ。

 希望を与える月や星の輝きなどなく、世界は燃え続け、やがて炎に自分も飲み込まれる。

 願う。生きたい。死という絶望から生き続けるために戦うことを願う。

 やがていくつもの存在と戦いを繰り返し、また足には屍の山を築き、また生きるために戦い続けた。


『憎い……』

 また頭に直接声が響いてくる。

「一人で生きる孤独。お前が本当に心から欲しかったのは、一緒に野を駆け回る仲間。生まれながら見た者を全て恐怖に陥れてしまう自分。それに対する葛藤……長い間、それと戦ってきたんだな」

『世界を……喰らう……』

「ああ……お前が一番求めていたのは――――自分を止めてくれる存在だったんだな」

『我は……』

 いくつもの強大な存在を喰らい、生き抜いてきた熊魔物は生き続けることで死に場所を探していたんだ。

 世界を終わらせれば、自分も死ぬことができる。死ぬことが許されなかった臆病者だからこそ、最後まで足掻き続けた彼の思いは、俺には測りきれない。

 それでも、俺には――――帰りたい場所がある。

 ダンジョンに初めて落ちたあの日のように、俺は家族の――――妹の下に帰らなければならない。それだけじゃない。俺を信じてくれる仲間が、ひなが、詩乃が、藤井くんがいる。

「お前が生き続けて感じたこと。生き続けて目指したもの。生き続けるしかできなかった悲しみ、全て俺にも伝わった。お前の業を全て背負うことはできない。でも――――お前を救い出すことはできるかもしれない。だから俺も戦う。ここでお前を解き放つために!」


《運命『愚者』の力『黒雷こくらい』の第三の力『黒衣こくい』を獲得しました。》


 俺を纏う黒い影のマントが現れる。

 全身から溢れんばかりの力が視認できるほどのオーラとなった立ち上る。

 目の前には禍々しい姿に変貌した熊魔物が、今にも俺に喰らいつこうとしている。

 まるでスローモーションのように世界がゆっくり動く中、俺は両手を合わせた。

「――――『黒衣こくい天翔てんしょう

 世界に闇が広がる。

 熊魔物も立っていた地面も風景も空も、何もかも闇に飲まれていく。

 瞬きすらできない刹那。

 暗闇はまた俺の手の中に戻ってくる。

 そして、スローモーションが解け、止まっていた風景が動き始める。

 もう動くことのない熊魔物から、微かに声が伝わってくる。

『ああ……我は……死ぬ……のか……』

「安らかに眠れ――――皇帝よ」

『――――う』

 そして、熊魔物の体は灰となり消えていった。

 カラーン。

 甲高い音で地面を見つめると、ピンボールサイズの青い水晶が落ちていた。

 大事に手に取る。

 足元に来たときのような魔法陣が現れて、俺はまたどこかに飛ばされた。




 鈴木日向が消えた後。

 誰もいない世界。何もいないはずの場所に不思議な影ができている。

 それは水面に広がる波紋のように揺れた。

「…………」


 ◆


 見えていた景色がまた城の中に変わった。

 すぐに仮面状態を解除する。

 ダンジョンに初めて入ったときのように、体が鉛のように重い。

 何か不思議な夢を見た感じだが、俺の手の中にはしっかり小さな青い水晶が握られている。

 あれは紛れもない現実で、もしかしたらフロアボスだったのかもしれないな。

 今まで戦ったフロアボスと比べ物にならないくらい強かった。

 やはり……ダンジョンってすごい場所なんだな。

 改めてダンジョンに入る危険性を知った。

 それともう一つ気付いた点がある。仮面状態のことだ。

 もちろん俺の意思ではあったんだけど、なんだか自分が自分じゃなくなったみたいな感覚。とくに最後の第三の力『黒衣』を使ったときは、よりそれを感じた。

 初めて使う力だったはずなのに、まるで使い慣れているかのような……。

 いや、考えすぎかもしれない。ただ疲れているだけかも。

 どれくらい時間が経ったかはわからないけど、今日はもう帰って休もう。

 帰り道は、『絶隠密』を使い進んだ。

 ここに来るまでに倒した兎魔物や子豚魔物は復活していたが、『絶隠密』に気付くことはなかった。

 以前と同じく出口から外に出る。

 肌に纏わりつくようなぬるっとした感覚が消え、澄んだ空気に包まれる。

 周りを見ると明かりが消えた俺の寮の部屋で間違いない。

 すぐに『クリーン』で体を清潔にして、ベッドに横たわる。

 『魔石Δ』を採りに行っただけなのに、まさかの出来事が待ち受けていたとは……。いや、どちらかというと、自分で飛びついたのか?

 今日のことは仲間や妹には話さないことにしよう。変に心配かけたくない。

 俺はゆっくりと消えていく意識の中、ある夢を見た。

 草原を楽しそうに走る二頭の熊。お互いを支え合う姿に、笑みが零れた。


 翌日。

 本日は快晴で、いつもと変わらない朝を迎える。

 朝は藤井くんと一緒に寮の食堂で朝食を食べて校舎に向かう。

 何だかいつもより賑わっている玄関を見ると、二人の美少女が手を繋いで立っていた。

 二人は俺を見るとすぐにムッとした表情を解いて名前を呼ぶ。

「「日向くん~!」」

 満面の笑みを浮かべて手を振る二人。

「おはよう」

 挨拶をすると、二人とも笑顔で「おはよう~!」返してくれる。

 クラスは違うけど、四人揃って校舎に入っていく。

 今日も幸せな一日が始まる――――そんな予感がした。




 いつもの飛行船からアナウンスが流れる。

 ――――「本日の探索ランキングは、『???アンノウン』のポイントが劇的に増えております~! 一体、『???アンノウン』の正体は誰なのでしょうか!? 各国のランカーたちが探しておりますが、未だ正体不明! 圧倒的なポイント! これからも『???アンノウン』の進捗に目が離せません~!」





――【二章終了】――

 いつもレベル0の無能探索者と蔑まされても実は世界最強ですを楽しんでくださりありがとうございます!

 この話を持ちまして書籍版2巻に相当する2章が終わりとなります!

 先日も報告させていただきましたが、現在3巻精鋭製作中でございます。来週から3巻に当たる25話からまたゆっくり投稿させていただきますので、もし当作品が面白いなと思ったら、ぜひ3巻の購入もご検討頂けたら幸いです。(発売時期は現在未定ですが……)


 さらに昨日ですが、コミカライズの方も非常に順調に皆様に読まれているようで、カドコミサイトの総合1位になっております。

 まだコミカライズは読んでない方はぜひカドコミサイトから読んで頂けたら嬉しいです!てん先生が描いてくださる漫画レベル0世界は原作よりももっともっと面白いですので!


 という感じでまた来週からの更新も頑張っていきますので、まだ作品フォローや作品レビュー(★★★)がまだの方は、ぜひこの機会に入れていただけると創作活動の励みになります!

 さらに原作1巻2巻も好評発売中ですのでぜひ手に取ってみてください!


 もっと応援したい……という方がもしいらっしゃるのであれば、現在業界の最大イベントの一つでもある「このライトノベルがすごい!2025」が開催されておりますので、ぜひそこでレベル0に投票していただけたら嬉しいです!


 これからも更新続けていきますので、よろしくお願いいたします!

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