23話-②

「日向くんって~ううん。そういう人だから私はパーティーメンバーになりたくなったんだ」

「うん。そんな日向くんだから私は救われたし……これからも一緒にいたいと思えるんだ」

「え、えっと……?」

「日向くん。おじいちゃんからいつでも道場を空けておくって言われたでしょう?」

「あ、ああ」

「あれって、いつでも道場に来たら、武術を教えてくれるって意味なの」

「そうなのか!?」

「ふふっ。だからね? おじいちゃんはずっと待っているんだよ?」

 知らなかった……そんな意味が含まれているなんて…………俺はてっきり、いつでも道場を使って何か稽古をするなり自由に使っていいよという意味かと思った。

「あと私は賛成だよ。日向くんが道場に行く日は私も道場で剣術の練習するかな~」

「私も武術習いたいんだよね~」

「詩乃も?」

「うん。私の力ね。武術に向いてるから」

 確かに……聴力があれば相手の動きを目と耳で聞き分けることだってできるだろうしな。

「それと藤井くんもたぶん大丈夫だと思うよ? あの子も弓道に心得があるみたいだから。ひなちゃんとこの道場って弓道場もあったよね?」

「うん。隣の道場だけど、すぐ隣だからね」

「そ、そっか。それだとすごく助かるよ」

「いっそのこと、夕飯の時間に合わせて帰るんじゃなくて、それより二時間くらい前に帰って道場で稽古をしてから夕飯でもいいかも?」

「あ~! それもいいかも! ひなちゃんナイスアイデア!」

 まさか……こんなにも簡単に決まるなんて驚きだ。

 やはりこうしてみんなで相談することで答えが見つかることだってある。藤井くんにもちゃんと事情を説明しておかないとな。もちろん、許可も取らないと。

 そのとき、再び詩乃のスマホが光り出した。

「ん……あ! もう完成したって」

「よかった!」

「うん……お兄ちゃんから、おじさんが事前に作ってくれてたって……今度会ったらお礼を言わないと」

「ふふっ。お父さん、ずっと詩乃ちゃんのこと心配そうだったもん」

「そっか……私、いつか強くなってみんなにお礼をするっ! 日向くんに置いて行かれないようにも頑張る!」

 ええええ!? お、俺!?

「私も……! 絶氷の力。最近は日向くんに頼りっぱなしだけど、ちゃんと自分で制御できるようにもっと頑張る!」

 そんな二人が俺を見つめる。

「ああ。俺もみんなを守れるようにもっと強くなる。他の誰もなく――――自分のためにも」

 詩乃が右拳を前に突き出すと、ひなもそれに合わせて右拳を突き出して重ねた。

 俺も右拳を突き出して三人で拳を合わせる。

「頑張って行こう~! お~!」

「「お~!」」

 まだ俺達のパーティーは始まったばかりで足りないことはたくさんあるけど、一緒に一歩ずつ前に進んでいこう。そう決めた夜だった。


 神楽家から神威家への帰り道。

 今日のひなはいつもと少し変わって、何事も積極的で口数も増えた。

 今まで感情を出すことを恐れて口数も減らし、感情を殺してきた彼女は、自由になってもそれに怯えて生きていた。

 俺が近くにいなければ、またいつ冷気を出してしまうかわからなくて怯える毎日。

 でも鉄箱を見られてからか、朱莉さんが命を懸けて戦いに行ったからなのか、どこかいろんなものが吹っ切れたように本当の自分をさらけ出すようになったのかもしれない。

「私、詩乃ちゃんが羨ましかったんだ」

「羨ましい?」

「こうして毎日二人っきりで夜の道を歩くのいいな~って。私はできなかったから」

「そ、そんなことで?」

「そんなことじゃないよ……? 大事なことだよ?」

「な、なるほど……」

「日向くんと二人っきりでダンジョンにも行ったことないからね~」

「それを言うなら藤井くんもだろう?」

「藤井くんとは二人でごはんとか食べるんでしょう?」

「いやいや、あれは寮だから」

 足を止めて空を見上げるひな。

「私が知らない景色がまだまだいっぱいある。絶氷の力が目覚めてから、私は歩くことを止めてしまった。だから見えなかったのが当たり前なんだね」

「ああ。俺も同じことを思ってるよ」

「これからはちゃんと前を向いて歩く! 何事も頑張る!」

「俺もだ。一緒に頑張ろう」

「うん!」

 珍しくひながいつもの俺の左腕に抱きついた。いつも詩乃と妹は積極的にこうするし、詩乃に釣られてなのか、ひなもするときはあるけど、二人っきりのときにこうするひなは初めてだ。

「帰ろうっか~」

「ああ」

 優しい香りに包まれながら神威家に帰ってきた。

 そのまま見送って寮に戻ろうかと思ったら、塀の上にお爺さんが立っていた。

「小僧」

「お爺さん?」

「少し中に入れ」

「わかりました」

 どうしたんだろうと思い、珍しくお爺さんに先導されて向かった場所は――――意外にもあの鉄箱の前だった。

 ひなの部屋……今日初めてみたけど忘れることなんてできない程に俺には衝撃的な出来事だ。

「朱莉が魔石を手に入れて問題なく使えるようになったんじゃ」

「お姉ちゃんが!?」

「心配するな。無傷じゃ」

「あれ? 斗真さんも目途がたったって……」

「そうじゃな。魔石がもう一つ見つかってな。朱莉と斗真は戦うことなく済んだのじゃ。この一件で神威家と神楽家は協力関係となった。まあ、向こうの総帥とわしの間にはまだ大きな溝が残っているが……若い者には関係のない話じゃな。小僧も心配などせずに自分のやるべきこと成すべきことをな」

「はい……! あ、あの! 明日から…………武術を教えてください!」

「くっくっ。道場はいつでも開いておる」

「ありがとうございます! 夕飯の前に来れるようにします!」

 お爺さんは右手を上げながらどこかに歩き去ってしまった。

「私、この部屋が大嫌いだったんだ。でも今はそう思わない。ここも私の大事な居場所。だからね? 日向くん」

「うん?」

「悲しんでくれてありがとう。でも私はもう大丈夫だから」

「ひな……」

 そう話したひなは笑顔のまま、鉄箱を開いて中に入った。――――最後まで笑顔で手を振りながら。

 ひなも覚悟の先に一歩進んだ。俺も……明日から強くなれるために頑張ろう……!

 おばさんに挨拶をして、明日から少し時間が変わる事情を伝えて神威家を後にした。


 すぐに寮に戻ると、藤井くんの部屋に明りが付いていたので、部屋を訪れる。

 相変わらず可愛らしい部屋着で出迎えてくれた。

「神楽さんはどうだった?」

「うん。明日から登校できると思うんだ。ちょっと相談したいことがあってさ」

「どうしたの?」

「実はひなのところのお爺さんに武術を学びたくてさ。明日からダンジョン攻略を少し早めに切り上げて神威家に行ってもいいか?」

「いいと思う! ダンジョンによっては走れば三層まで入れるし、時間的にも余裕があるんじゃないかな?」

「ありがとう」

「ふふっ。今日一日で何かあったみたいだね?」

「え? ま、まぁ……」

「僕も負けないように弓道の練習しなくちゃ……! そういえば、日向くんってそのまま武器なしで戦うの?」

「武術を使っているからな……」

「なるほどね~武術を使う人も武器を使ったりするよ? 棍棒とか」

「棍棒か……それも明日お爺さんに聞いてみるかな」

「それがいいかも。武器はうちの魔道具屋で作ってもらえるから!」

 そういやパーティー資金も貯まり続けるし、以前詩乃が言っていたお金は一か所に集まっているだけじゃ経済が回らないと言っていたからな。

「わかった。支払える範囲でそれも視野に入れておくよ」

「支払い……? いらないよ?」

「え……?」

「パーティーメンバーのためだし、僕の紹介があれば金額は大丈夫。それに誠心町にある店にいる店長は武器作りが趣味だから、きっと喜んでくれるよ」

「そ、そうか……」

 このまま遠慮し続けると、藤井くんが俺達とパーティーを組むという覚悟を無下にするみたいになりそうだな。

「わかった。お言葉に甘えさせてもらうよ。また明日からもよろしくな」

「うん!」

 今日どこかに行っていた藤井くんは少し悲しそうな表情をしていたから心配だったが、何もないようでよかった。

 部屋に戻りスマホを開いて電話を掛ける。

「お兄ちゃん~!」

 電話越しでもわかる妹の声に思わず笑みがこぼれる。

 朱莉さんや斗真さんと会うと、無性に妹に連絡がしたくなる。

「凛。学校や家は変わりないか?」

「うん~! いつもと変わらないよ~ひぃ姉としぃ姉からも連絡きたよ~」

「ひなと詩乃から?」

「うん! お兄ちゃんがますますかっこよくなってるってさ!」

「ええええ!? そ、そんなことはないと思うんだけど……」

「ねえ、お兄ちゃん~」

「うん?」

「来年、私も絶対にそっちに行くからね?」

「ああ。待っているよ。となると凛も寮暮らしか~」

「それなんだけど、お兄ちゃんってお金持ちだよね」

「お金持ちではないと思うけど……」

「それなら、来年からは寮じゃなくて私と二人暮らししようよ~」

「二人暮らし!?」

 確かに妹と暮らせるなら楽しいだろうけど……いや、それまで俺も強くなってダンジョンで収入を得られるようになれば、家賃や生活も何とかなるかもしれない。

 それに今でもひなや詩乃のおかげでだいぶお金は貯まっているからな。

「それはいい考えかもしれないな」

「ほんと!? やった~!」

「二人暮らしも視野に入れつつ、計画を練ってみるか」

「うん! ママには私から言っておく~」

「ああ。任せた」

「お兄ちゃんとまた一緒に暮らすの楽しみだな~」

 もしこのまま高校を卒業して大学に入って……凛とそれぞれ違う高校、大学に入ったらまた一緒に暮らす日は訪れないかもしれないからな。

 そう思うと少し寂しく思うが、凛はいつまでも妹であることに変わりはない。

「凛。離れていても凛は俺の妹だからな」

「うん? 当然でしょう~お兄ちゃんは凛ちゃんのお兄ちゃんなんだから~」

 妹と同時にクスッと笑い、一緒に笑い声を上げた。


 翌日。

 本日は快晴で、いつもと変わらない朝を迎える。

 朝は藤井くんと一緒に寮の食堂で朝食を食べて校舎に向かう。

 何だかいつもより賑わっている玄関を見ると、二人の美少女が手を繋いで立っていた。

 二人は俺を見るとすぐにムッとした表情を解いて名前を呼ぶ。

「「日向くん~!」」

 満面の笑みを浮かべて手を振る二人。

 今日も幸せな一日が始まる――――そんな予感がした。

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