23話-①
■第23話
体が重い。
『愚者ノ仮面』がなかったら二人を止めることは絶対に不可能だった。
今までスキルを獲得するタイミングは相手が強ければ強い程獲得している。
俺が初めてダンジョンに入ったとき、ティラノサウルスからいくつものスキルを得たように、今回も二人のたった一撃でいくつものスキルを獲得できた。
『迅雷』と新しいスキル、そして『愚者ノ仮面』で強くなった身体能力のおかげで二人の攻撃に何とかギリギリ耐えることができた。
イレギュラーがあってダンジョンには潜れない時期が続いた。でも……果たして俺がダンジョンに潜っていたとして、強くなれていたのだろうか?
少なくとも俺は『レベル0』。どれだけ魔物を倒してもレベルは上がらず強くなれない。
では朱莉さんや斗真さんはレベルが高いから強いというのか? 持って生まれた潜在能力が強いから強いというのか?
それも彼女達が強い要因の一つだ。でも全てではない。彼女達と拳を交えて感じたのは、果てしない時間を鍛え抜き、強敵と競い続けた経験だと思う。
お爺さんから神威家の道場はいつでも使っていいと言ってくれた。
魔物をひたすら倒すだけが強くなる方法じゃない。俺なんかでもあの凱くんに勝てた。それは……仮面の力ではなかったはずだ。
強くなりたい意志……ううん。大事な人達を守りたい意志。そのためにも……強くなりたい。
今のままではただ闇雲に動くだけ。スキル『武術』を持っていて何となくスキルに頼った力を発揮しているけど、自分であって自分ではない感覚が常にある。スキル『武術』に振り回されている感覚。
朱莉さんも斗真さんも、後から来たおじさんも皇元帥さんも動き一つ一つに無駄も油断もなかった。彼らが今まで培ってきた『武術』があるからだ。
今俺に一番足りない部分。自分が持つ力を正しく使えないこと。これから『スキル』についても知ることができる。ならば……俺が今やるべきことは……ただ動き回るのではなく、自分の力であるスキルに向き合うべきだ。
そのとき、ふとパーティーメンバーの顔が思い浮かんだ。
また……一人で悩んでしまったな……ひなと詩乃に言いたいことは言ってほしいと思ってるというのに、俺は自分の悩み一つ彼女達に相談できないのは…………うん。違うな。
帰ったらすぐに三人に相談しよう。
お爺さんにもお願いしたら『武術』を教えてくれるかな……?
気が付くと神威家の屋敷の前だった。
いつものインターホンを押すと、ムスっとした声で「はい」と聞こえた。
「す、鈴木日向です」
「今行く」
あはは……普段のひなはどこか怖いイメージがあるよな。
扉が開くと、ムッとした表情のひなが、すぐに笑顔に変わる。
「おかえりなさい! 日向くん!」
「やあ。あれ? 制服のまま?」
てっきり普段着に着替えたのかなと思ったけど、制服姿のままだった。
「うん。お母さんが詩乃ちゃんが病気してるから寂しいだろうからって、向こうで食べたらどうかってさ」
「なるほど。それはいい考えだが、ひなはいいのか?」
「私?」
「うん。家族と一緒に食べなくていいのか?」
「食べなくていいわけではないけど……やっぱり今はパーティーメンバーも優先したいかな!」
「詩乃もきっと喜ぶと思うよ。でも……神楽家にお邪魔して大丈夫なのか?」
「うん。お母さんから連絡を入れてくれたみたい。大丈夫みたいだよ」
そうか……神威家から神楽家に歩み寄ったんだな。
お爺さんと過去に何かあったようだけど、この一件で両家が仲良くなってくれたら嬉しい。
それに斗真さんとおじさんだって何だか仲良しだったみたいだし。
「わかった。じゃあ、行こうか」
「うん!」
いつもなら詩乃と一緒に歩く道をひなと歩く。
「実はね……ここ、歩いてみたかったんだ」
「ん? 休日とか歩いてたような?」
「明るいときはね……」
この時間帯だとまだ少し明るさがあるはずなのに、雨もありいつもより少し暗い帰り道。何だかいつも詩乃と一緒に歩いているときくらい暗い。
「詩乃ちゃんと日向くんが一緒に歩いてる景色はどういう感じかな~って」
仲間外れにしたつもりはないけど、確かにいつもひなはいないもんな。
「そんないいもんじゃないと思うけど、今日はまた帰りもあるし、それは詩乃もわからない景色だからね」
「!? そ、そ、そうだね!」
ん? どうしたんだろうか?
神威家から神楽家に続いている道を歩き、やがて神楽家の屋敷に着いた。
少し緊張していると、迷い一つ見せずにひながインターホンを押した。
「はい。どちら様でしょうか」
「神威ひなたと言います。詩乃ちゃんの――――友達です」
「すぐに参ります。少々お待ちくださいませ」
「は~い」
インターホンに少し顔を近付けていたひながこちらを向いてニコッと笑う。
すぐに正門からメイドさんが出てきてくれて歓迎してくれる。
ひなは屋敷に入るとき、一度大きく息を吸って中に入った。
案内を受けて詩乃の部屋の前に立つと、ひなは小さい声で「詩乃ちゃんもだね……」と少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
扉が開くとすぐにひなが詩乃に抱きつく。
何だかいつものひなと違って――――積極的な気がする。
もしかしたら彼女の中で、あの鉄箱というのは心を縛るものだったかもしれない。
いつか二人が自由になれる日が来たらいいな。
美少女達が抱き合っている部屋に入ると、後ろの重苦しい扉が閉まり外部の音が遮断される。
「まさかひなちゃんが来てくれるなんてびっくり!」
「お母さんがいろいろ話してくれたみたい! 詩乃ちゃんの部屋に来れて嬉しいな!」
「私もひなちゃんが来てくれて嬉しいよ!」
二人はたった数時間会ってないだけでいろんなことを話し始めた。
いつもの座卓と弁当を並べる。食べやすい料理が並んでいるのは詩乃が病で寝込んでいると伝わっているからだな。
食事を食べ終えた頃、詩乃のスマホがピカピカ光る。どうやらメールがきたようだ。
それを見た詩乃の目を大きく見開いて、目に少し涙を浮かべた。
「詩乃ちゃん?」
「バ――――お兄ちゃんからさ。私のイヤホンの開発の目途がたったんだって。しかもね? 開発をお願いしたのが――――神威家だって」
「うちで!?」
「ふふっ。世界で最も機材製作が強い神威家だからね。お兄ちゃんから期待してていいって言われちゃった」
「そっか! 本当によかった! これでまた詩乃ちゃんと一緒に外を歩けるんだね!」
「うん!」
きっと心配だっただろう。自分が鉄箱の中から出られる未来が想像できないことが。自分では何もできず、ただただ待つだけの時間。
彼女が異変を感じたのは三週間前だと言っていた。この三週間、ずっと怯えていたんだろうと思う。
「詩乃。ひな」
二人が俺を見つめる。
「…………俺、少し怒ってる」
「「日向くん……」」
「ひなも詩乃もどうして……俺に相談してくれなかったのか。俺に何ができるかはわからないけど、一緒に悩みたい。一緒に考えたら何かいい考えが思い浮かぶかもしれない。それに、こうして一緒に時間を過ごすことだってできるかもしれない」
「日向くんは……それで大丈夫なの? 私達の事情で好きなことができなくて、ここに縛られてしまうんだよ?」
「かまわない。だって、ひなも詩乃も藤井くんもパーティーメンバーじゃないか。ダンジョンに入るだけの関係じゃなくて、いつでも頼れる仲間でありたいんだ。だから二人とも悩みがあったらすぐに言ってほしい」
「うん……! これからはちゃんと話します!」
「私もちゃんと言う!」
「ああ。俺もちゃんと悩みをみんなに相談したい」
何故か目を光らせて食いつく二人。
「実は、俺…………強くなりたいんだ」
「「…………」」
「今のままでは何かあったとき、大事な人達を守れないかもしれない。少しでも自分でできる範囲で守りたいし、そのために強くなりたいんだ」
「「…………」」
「以前詩乃にも言った『武術』というスキルをもっと自由自在に使えるようになったら、今より強くなれないかと思ってさ。お爺さんにお願いしてみようかなと思うんだけどどうかな?」
「「…………」」
「あ、あれ……? ひ、ひな? 詩乃? ど、どうしたんだ? やっぱり……俺なんか……」
どこか遠くを見ていた二人がお互いを見つめて大きな溜息を吐いた。
やっぱり俺なんかが強くなれっていうのは……難しいのかな……。
「あのね? 日向くん」
「う、うん」
「それ以上強くなりたいの?」
「え? も、もちろんだよ! このままだとみんなの足も引っ張ってしまうし……」
二人が信じられないものを見るかのような表情を浮かべる。姉妹のように動きから何もかもがシンクロしている。
「ごめん……」
「「…………」」
「で、でもさ! その……ちゃんとポーターも頑張るから! 俺、何があ――――」
「クスッ」
「ぷふっ」
「え?」
「「あははは~」」
二人が大声で笑いこける。しばらく笑い続けた二人は涙が出るほど笑いこけた。
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