22話-③
「なあ。ヒュウガ。こちらを買い取らせてくれないか? まだ価値がわからないから、支払いは後日でいいよな?」
「ああ。問題ない」
「さすが『魔石Δ』を先払いする程の太っ腹だな。昌さん。共同で分析しませんか?」
「願ってもない! ぜひ頼む」
あれ……? そういや神威家と神楽家って仲が悪いと聞いていたし、実際朱莉さんと斗真さんってどこかお互いに距離感があるのに、斗真さんとおじさんの間にはそういう距離感というのが感じられない。
今度二人の関係を聞いてみようか?
素材を興味深そうに眺めている斗真さんとおじさん。
朱莉さんは海の向こうを見つめていた。何となく俺も手無沙汰になって朱莉さんの隣に立ってみた。
「私には妹が一人いる」
朱莉さんはおもむろに話し始めた。
「五年前までは誰よりも明るく笑顔が絶えない可愛い妹だった。私は男勝りな性格をしていて、いつも競走ばかりでいつしか周りと壁を作っていても、妹だけはずっと笑っていた。私だけじゃない。お父様もお爺様もお母様もお婆様もみんな彼女の笑顔に救われた。そんな彼女が……五年前に力を目覚めさせてから、笑わなくなった。いや、力のせいで感情を出すことができなくなって、笑えなくなったんだ」
「感情を失った……のか?」
「くっくっ。感情を失ったのなら――――その方がむしろ楽だっただろう。妹は全ての感情によって、操作不可能な力を発揮してしまう体質になった。常に感情を殺し……自分が好きだった人々から距離を取るしかできなくなった」
ああ……知っているよ。朱莉さん。あの鉄箱で一人で眠り、普段も家族との会話もままならず、食事も取れず、風呂にも入れない。ただただ自由になる日を夢見て一人で……そんな彼女が現状に耐えられたのもきっと家族の温もりがあったからこそなんだろう。
彼女を守るためにこうして命を懸ける姉。姉だけじゃなく家族全員が彼女のために何ができるのか一丸となっている。みんなが支えているんだとわかる。
「最近になって一人の男が現れ、妹に自由を与えた……だが、それはより妹を苦しめる結果になった。いや、今の妹は幸せだろう。だが、あの男に捨てられたりしたら、妹はもう後戻りできない。私にはそんな妹を救うことも守ることも支えることもできないだろう。これほど悔しいと思ったことはない。妹があの力を開花させた日よりもずっとずっとな……」
す、捨てるってことはよくわからないけど、朱莉さんの言いたいことはわかる気がする。
嫌なことを嫌だと言えない関係。そんな関係になってほしくない。それは俺もだ。ひなや詩乃、藤井くんに対して、しっかり意見を言えるようになりたい。みんな対等な関係で、パーティーメンバーとして、そんな関係を築きたい。
きれいごとだと言われても……暗闇のどん底に落ちていた俺に手を差し伸べてくれたひな、詩乃、藤井くんは、僕にとって大切な人たちだから。
「すまないな。私の話を聞いてもつまらなかっただろう」
「いや……そんなことはない。貴方程の強い人でも、そういう悩みを抱えるものだと知った。それに……人というのは一人では生きていけない。そういう生物だなと改めて思えた」
「そうとも。どれだけ強くなっても誰もいない一人だけの世界では……ただつまらないだけだ」
朱莉さんと話が終わると、海の向こうから飛んでくる小型ジェット機が見えた。
あっという間に人工島に着いた小型ジェット機から、白髪が目立つ大柄の男性が降りる。
鋭い視線が俺に向けられる。直接会うのは初めてだが、何度かテレビで見たことがある。
日本軍部最高司令官である皇元帥。
民主主義時代から続いている総理大臣は約四年ごとに変わるのに対し、元帥の座は変わることがない。これらは投票で決まるものではなく、軍部により決められるからだ。
日本歴史内でも最も功績が高く、日本という国を愛している元帥と言われているのが、皇元帥である。
皇元帥は他には目もくれず、俺の前に立つ。
目の前にすると巨体とオーラに圧倒される。
「貴殿が『魔石Δ』を持つ男か」
「ああ。ヒュウガという」
「ヒュウガ殿。この度、バカ大将どもを止めてくれて、国を代表して感謝する」
何者かもわからないはずの俺にも深く頭を下げる。それに伴って、習わしなのかはわからないが朱莉さんと斗真さんも離れた場所から同じく頭を下げた。
「こちらが大将と元帥だけが持つことが許されている連絡手段だ。電波をジャックされることもないのでどこで使っても居場所がバレることがない。逆に言えば、見つけてもらうことも不可能だ。連絡用としても自由に使ってくれてかまわない。だが一つだけ約束してもらいたい」
「約束?」
「こちらには日本の多くの技術者達と探索者達の努力が詰まっている。それを他国に売り渡したり技術を盗んで売り捌くことだけはやめてもらいたい」
「ああ。約束しよう」
「うむ。ならばよし」
元帥は俺にスマホを渡すと、その足で朱莉さんと斗真さんのところに向かい、「このバカモン!!」と怒鳴りつけた。二人は悪びれた様子もなくそっぽを向いていた。
「ヒュウガ殿。乗っていくか?」
「いや。俺はここでいい」
「そうか。ではこちらの準備ができ次第連絡する」
元帥が乗ってきた小型ジェット機に朱莉さん、斗真さん、おじさんも乗り込んで、雨の空を飛び越えていった。
俺も『絶隠密』を使い、また海を走り、神威家に向かって全速力で走った。
◆
皇元帥が乗ってきた小型ジェット機の中。
大きめに作られている座席に、皇元帥、神威大将、神楽大将、神威財閥社長が座る。
「朱莉~」
「なんだ」
「腕は大丈夫か?」
「……大丈夫なわけがないだろう」
「だよな」
左手をすっと持ち上げて眺める。そこには分厚い左腕が青く色を変えていた。
「斗真よ。その腕はなんだ?」
「何って、さっきのあいつと打ち合ったときに付けられたものですよ」
「……油断したわけではないな」
「油断なんてしたら、俺が朱莉に殺されてますからね……にしても、あいつ……強いな」
「ああ。まさか力を打ち消した上に肉体に直接ダメージも与えてくるとはな。そういや、斗真はあいつを蹴り飛ばしてなかったか?」
「がーははは! 蹴り付けた足が少し折れてるぜ!」
「……よかったな? そのまま戦ってたら私に殺されてたぞ」
「まあ、あいつが割り込んでなかったら、また違っていただろうがな。それに朱莉だってその負傷で利き手が使えなくなったら俺に殺されていたぞ」
「お前ら! 戦うなってあれだけ言ったのに! 『魔石Δ』を海に沈めるって言っただろう!」
静かに聞いていた元帥がまた怒りを爆発させた。
「元帥。その話はもうやめましょう。朱莉も斗真くんも反省していますから。それよりもこれからどうするかです」
「うむ。朱莉と斗真の攻撃を
「懐かしいですね……兄弟子は何をしているのか……」
「日本を捨てたとは思えないし、ダンジョンでくたばるとも思わん。あの男はまたいずれひょっこり顔を出すだろう。問題はこの段階で国内最高戦力が束になっても勝てない存在がまずい」
「幸いにも彼はこちらを敵対するつもりはないようですから、良好な関係を築きたいですね」
「そうだな。それにしても厄介なことに……『スキル』を知りたがるか」
「何らかの方法で彼自身が『スキル』にたどり着いた――――超越者という可能性もあります」
「うむ。だとするなら尚更味方にしたいところだが……情報が海外に漏れないといいがな」
元帥は窓の外の晴れ始めた空を見つめる。だがそこに映っていた彼の顔は悲しみに染まっていた。
「昌よ。国家プロジェクトとして正式に依頼する。謎の仮面の男――――ヒュウガとの信頼を築け。軍部が最大の支援をしよう」
「承りました」
四人はそれぞれ日本の未来、家族の未来のために奮闘するのであった。その相手が――――まさか身近にいるとは露知らずに。
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