21話-③

 真っすぐ向かうのは神威家。

 いつもならひなと詩乃と藤井くんとみんなで一緒に来る神楽家なのに、一人だけでくるのは何だか新鮮な気持ちになる。

 そのとき、神威家から一つ小さな異変を感じた。

 屋敷全域に、弱いけど冷気が漂っているのを感じる。

 インターホンを鳴らしてメイドさんが扉を開いてくれて中に入る。

 そのとき、念のため発動していた『健康分析』に映るメイドさんの健康状態は『健康状態:悪』と書かれており、病名に『冷え性』となっている。

 他にも通路を通るメイドさん達の健康状態にも同じものが見える。

 何だか屋敷の中に冷気みたいなものが感じられる……?

 ただ、俺が入った周囲から冷気が消えていくのがわかる。

この冷気って……絶氷の冷気か?

「お待たせ」

「いらっしゃい。日向くん。詩乃ちゃんからこちらに向かったって連絡もらったよ~」

「それはよかった。ひな? 何だか屋敷に冷気が広まってないか?」

「えっ? そ、そうかな?」

「ああ。それにメイドさん達もみんな体が冷えているみたいで……」

 ひなは目を大きく見開いた。

 何か思い当たる節があるようで、一瞬表情が崩れたが、すぐに辛そうな微笑みを浮かべた。

 詩乃はレベルが上がり、聴力が強くなったという。

――――では、ひなは?

 先日、朱莉さんとの稽古のときに見れたひなの冷気。俺と初めて会ったときよりも強くなっている気がした。

 それは――――気のせいではなかったということだ。だって、詩乃が強くなったってことは、ひなだって強くなったということだ。

「ひな。一つ聞いてもいいか?」

「う、うん?」

「ひなは普段冷気を止めていると言っていたけど……寝ているときはどうしているんだ?」

「!? え、えっと……部屋で……寝てて……」

「ごめん。女性の部屋を見せて欲しいというのは失礼かもしれないけど……見せてもらうことはできる?」

「…………」

 屋敷に広がっている冷気は『絶氷融解』である程度感じることができる。その冷気がもっとも強い場所。それは屋敷の中ではなく――――何故か離れた庭の向こうだ。

 以前見た庭に高い建物などはなかったので、もしそこに部屋があるとするなら……。

「ひな。詩乃もそうだったけど、困ったことがあったら何でも言って欲しいんだ。俺は頼りないリーダーかもしれないけど、困ったことはメンバーみんなで一緒に悩めば、解決できることだってあると思う」

「でも……私……日向くんにもらってばかりで……」

「そんなことはない。ひなに会えたから俺もここまで来れた。ひながいなかったら何も始まらなかったよ。詩乃と出会ったのだって、ひなと出会ってもっと強くなりたいと思ったからなんだ。これもひなのおかげだよ」

 落ち込んだひなはゆっくりと頭を縦に振ってゆっくりと立ち上がった。

 そして向かった場所は屋敷の中ではなく――――離れた庭だった。

 庭で外履きを借りてそのまま奥に向かうと、現れたのは巨大な鉄の箱だ。

 鉄色の冷たい気配。中から漏れ出している冷気もあり、周囲には凍っている植物もある。

「まさか……これがひなの部屋!?」

「うん……」

「っ! こんなの……! 部屋じゃないじゃないか! これはただの……ただのっ……!」

「小僧」

 後ろから声が聞こえて振り向くと、少しケガをしているお爺さんがいた。

「お爺さん! ケガが……」

「何。これしきのこと」

「おじいちゃん!」

「ひなた。気にするな。お前のせいじゃない」

 急いでポーションを取り出してお爺さんに振りかける。

「いいのか? こんな高いもんをおいそれと」

「俺が使わなくてもひなが使いましたから。それに物はまた取りにいけばいいですから。お爺さん。ひなが最近強くなってしまって、冷気を封じていた部屋が機能しなくなったんですか?」

「……そうじゃな」

 ひとまず、周りの絶氷を融かすと寒さが一気に消え去る。

 さらに鉄箱の中にある絶氷も全て融かした。これで今は冷気を止めることはできたが、いずれひなが眠ったらまた広がってしまう。

 うちの実家で眠ったときは、俺の『絶氷融解』の範囲内だったから問題なかったか。

 何故そのときに気付かなかったんだろうか。彼女が眠った後、絶氷が吐き出されている実情を感じていたはずなのに、普段も出している冷気のことに気が付けなかった自分に苛立ちを覚える。

 ……いや、違うな。前の自分に苛立つべきではない。今の現状から彼女に対して何ができるかを考えるべきだ。

「小僧」

「はい」

「小僧がひなたと一緒に眠れば、問題ないんじゃがな」

「「!?」」

 ひ、ひなと一緒に寝る!?

 い、い、いや……さすがに男女で寝るなんて…………。

「くっくっ。向こうでは隣の部屋同士だったんじゃろ?」

「へ? あ……はい。そうですね。それだと俺のスキルの範囲内ですから」

「でも! それだと毎日日向くんに無理して私の近くにいてもらわないといけないし……」

 ひなは申し訳なさそうにそう話した。

 彼女が言いたいこともわかる。俺としては彼女が普通に生活できるなら近くにいてもいいと思ってる。でもそれは何かの拍子で亀裂が生まれたら……? もしひなが俺の顔色を伺って、本当は嫌なのに頷くしかできなくなったら……? 対等な関係でパーティーメンバーになれないとしたら……?

 そう思うと、ひなも詩乃も俺に何の相談もできなかったのは、そういう理由……だったかもしれないな。

「まあよい。いずれはそういうこともあるだろう……今は朱莉が魔石を取りにいっている。それが届けば、またひなたもあの部屋で眠れるはずじゃ」

「魔石……?」

 鉄箱も大きな魔道具だ。魔道具は基本的に魔石で動く。ただ、見た感じ今でも鉄箱は動いていて魔石はセットされているはず……?

「お爺さん。魔石って今セットされているように見えるんですが……?」

「ああ……通常魔石じゃな。朱莉が向かったのは……世界にたった一つしかない魔石じゃ。それがたまたま近くにあって、それを取りに行ったのじゃよ」

 そんなすごい魔石が近くにあるなら、どうして今まで取りに行かなかった……? しかも神威家であり、日本国の将軍でもある実力者の朱莉さんが……?

「……どうして今まで取ってこなかったんですか?」

 お爺さんの鋭い目と目が合う。

「神楽家と争っていてのぉ……朱莉と斗真の小僧が戦うことになるじゃろうて……」

「お姉ちゃんと!?」

「っ!? それって将軍二人で争うってことですよね? まさか、戦うんですか!?」

「そうなるじゃろうな。神楽の娘も強くなってしまったからのぉ……斗真の小僧が譲るはずもない」

 そのとき、大きな点と点が繋がった。

 今日会った斗真さんが命を懸けてでも詩乃を守ると言った言葉の意味。

 朱莉さんが魔石を取りに行ったという意味。そして――――魔石。

 買取センターでは紫色の魔石を買うというプラカードが掲げられていた。俺が売ったその魔石は名前を『魔石Δ』とされ、価格は一億円を超える。あれからさらに値上げしたとこまでは確認している。

 あの魔石が世界にたった一つだけなはずはないと思う。だって俺でも手に入れた魔石だ。

 でもどうしても『魔石』という言葉を聞くと、『魔石Δ』のことが頭にちらつく。

 その全てが一つに繋がった場合――――俺がたくさん持っている『魔石Δ』を出せば、朱莉さんと斗真さんの戦いを止められるかもしれない。

 朱莉さんとひなの稽古でもあれだけ激しい戦いだった。それを命を懸けた上にお互いに日本を代表するくらい強い人同士での戦いとなるとどうなるかくらい……俺でも想像がつく。

「お爺さん。朱莉さんと斗真さんが本気でぶつかったらどうなりますか?」

「……大惨事じゃろうな」

「それだけ大規模の戦いとなると、普通のところでは戦わないと思うんですが、二人はどこで戦うんですか?」

「そうじゃな。多分じゃが……ずっと東に行った海を越えた人工島じゃろうな。政府の兵器の実験場として作られておるからのぉ」

 今から急げば間に合うかもしれない。

「ちょっと用事を思い出しました! また来ます!」

「日向くん!?」

「あ! ひな!」

「うん?」

「何とかできるように頑張ってみるよ。だから――――待ってて」

 ポカーンとした表情を浮かべていたひなだったが、すぐに笑顔になる。

「うん。待ってる」

 ニコッと笑ったひなの絶氷を受け止める。

 すぐに無表情に変わったひなを見届けて、俺は神威家を後にした。

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