21話-②

 雨のせいなのか、どこか藤井くんの目にも悲しみの色が見えたのが気になる。

 平日で雨ということもあり、通りを歩く人は殆どいない。

 雨の音に包まれながら詩乃の家の前に着いた。

 えっと……友人だと言えばいいのかな?

 インターホンを押そうと玄関に向かったそのとき――――玄関が乱暴に開けられて大柄の男性が出てくる。

 詩乃の兄、神楽斗真さんだ。

「ちっ……」

 舌打ちをしながらでてきた斗真さんと目が合う。

「てめぇ!!」

 一瞬で距離を詰められ、胸元を掴まれて怒りに染まった目が俺を睨む。

「てめぇのせいで詩乃が……クソが!」

 そのまま殴られそうになったが、拳が振り下ろされることはなく、突き飛ばされてしまった。

「あ、あの……?」

「てめぇ。自分が何をしたのかわかってるのか!?」

「お、俺がですか? すみません……何か詩乃にあったんですか?」

「何があった!? てめぇは自分がやったことに自覚すらないのか!」

「!?」

 一体詩乃に何が……? さっきひなへのコネクトメッセージでは少し熱があるとだけ……。

 いや、詩乃はいつも気丈に振る舞っていて、誰かに心配かけないように振る舞っている。もし辛いことがあっても相談できずに、自分で何とかしようとしてるのがよくわかる。

「……どうして詩乃がてめぇみたいな男を好きになったのかはわからないが、俺はてめぇなんぞ、認めねぇからな!」

 一方的な怒りがぶつけられる。慣れているとはいえ、大事なパーティーメンバーの家族にこういう怒りを向けられることはとても悲しい。

 だがそんなことなど、どうでもいい。いま俺が出来る事をやるべきだ。詩乃のために。

 急いでポーションを三本取り出す。

「あの! もし詩乃に何かケガとかあったなら、このポーションを……!」

「バカ野郎! そんなもんで治るならとっくに治してる!」

 それも……そうだな。

「……自分の目で今の詩乃がどうなったのか、ちゃんと見て後悔でもしてろ。俺は……詩乃のためなら命だって投げても構わない」

 何か覚悟が決まったような目になった斗真さんは、そのままどこかに去ってしまった。

 俺のせいで何か詩乃の身に大きなことが起きているのは間違いない。

 急いで立ち上がり、スキル『クリーン』で汚れた身だしなみを整えて急いでインターホンを鳴らした。

「どちら様でしょうか?」

「あ、あの! 神楽詩乃さんのパーティーメンバーの鈴木日向といいます!」

「!? 少々お待ちくださいませ」

 少し待っていると綺麗なメイド服を着た女性が傘を差して門を開いて出てきた。

「いらっしゃいませ。日向様。詩乃様からは聞いております。中へどうぞ」

「ありがとうございます」

 彼女に案内されて中に入る。

 外からでもわかるように、神威家の和とは真逆の洋風な作りになっている。

 入ってすぐに庭が広がっており、噴水があり美しくライトアップされている。さらに周りには見たこともない植物が美しく咲いており、幻想的な雰囲気を見せていた。

 中も洋風の作りになっており、大理石で作られた通路に、壁とライトが一体型になっていて明かりを灯していた。

 一階からエレベーターに乗り込み三階へ向かう。

 ゆっくり上がるエレベーターから見える景色も、庭と塀の外が一望できて、非常に美しい。

 三階のとある部屋の前に着くと、メイドさんは扉の隣にあるインターホンを押す。すると、インターホンの下の壁からキーボードのようなモノが突出して、メイドさんは慣れた手で何かを入力した。

 数秒もしないうちに分厚い扉が鈍い音を響かせながらゆっくりと横にスライドして開き、中からいつもと変わらない詩乃が驚いた表情で出てきた。

「日向くん!?」

「詩乃。急にお邪魔してごめんな」

「ううん! ど、どうぞ!」

 彼女に誘われ、部屋の中に入った。

 そこで気付いた点が二つ。

 一つは扉の厚み。通常の扉の厚みなんてせいぜい五センチほどもないと思うし、体育館などの扉でさえも十センチくらいだ。それに対して詩乃の部屋の扉は十センチくらいの扉が四重になっている。横開きだから気付きにくいが相当分厚い。

 そして、もう一つ。他でもない詩乃の健康状態そのものだ。

 ここに来るまでの間、発動させ続けていろんな人の健康状態を見てきた。大半が『健康状態:良』や『健康状態:悪』などが多かった。中でも『悪』の場合、どの部分がというところが書かれたりしていた。

 今の詩乃は『健康状態:最悪』になっており、そこには『頭痛』『めまい』『ストレス過多』『呼吸困難』が書かれている。

 あまりにも健康状態が悪いことに驚いてしまったが、スキル『ポーカーフェイス』を使って顔色には出さないようにする。

 気になる箇所がもう一か所あるが、その理由を今から調べることにする。

「詩乃? 体調よくないのか?」

「大丈夫! ちょっと休めばすぐ治るよ! 心配かけてごめんね?」

「詩乃はすぐに無理しちゃうからな」

「えへへ……そんなつもりはないんだけどね……」

「いやいや。俺と詩乃が初めて会ったときだってそうだったよ」

「えっ……と。だって……あのときは仕方なかったよ……」

 恥じらうように顔を赤らめる詩乃がまた可愛らしい。

「ひなは神楽家に来ると大変なことになるかもって、先に家に帰ったよ。藤井くんは別の用事で出掛けたんだ」

「そうなんだ! うんうん……神威家にはよくしてもらってるけど、まだうちは神威家と仲良くしたい考えはないからね……」

 普通に喋ってはいるけど、明らかに顔色が悪い。

 それにもう一つ気になることがある。

「詩乃? 一つ聞いていいかな?」

「う、うん? どうしたの?」

「どうして部屋の中でも――――イヤホンをしてるんだ?」

「え、えっと、日向くんだってわかるでしょう? 私の力……イヤホンしてないと音が……」

「もちろん知ってるから聞いているんだ。この部屋。ただの部屋じゃないよな。外部の音を遮断する力があるのか外の音が全然入ってこない。窓や換気扇一つないしな」

「っ!?」

「詩乃は普段部屋の中ではイヤホンを付けなくても生活できるって、以前言ってたよな?」

「それ……覚えていたんだ……」

「メンバーのことを忘れたりしないよ」

「そっか……」

 『健康状態:悪』の悪い部分と一緒に病名が書かれるはずなのに、詩乃には病名がない。いや、正確には病名がないんじゃなくて――――騒音被害に遭っているだけだと思う。

「耳……強くなったんだね?」

「!?」

 わざと念話ではなく声だけで話す。その声が本来なら届くはずがないのに今は届いている。音を遮断するイヤホンも魔道具の一種で特殊な力で音を遮断しているが、詩乃の聴力が強くなりすぎてしまい遮断しきれてない音を拾えるようになってしまったんだ。

「いつから……?」

 詩乃は酷く悲しそうな表情を浮かべて俯いた。

「イレギュラーの……少し前……から…………」

「そんな早くから……どうして俺に言ってくれなかったんだ?」

 詩乃だってイヤホンでは防ぎ切れないのを知っていたはずだ。ダンジョンに入らなければ、強くなるのを抑えて辛い目に遭わずに済んだはずだ。

 俺やひなと一緒にダンジョンに潜ればより強くなりやすい。詩乃は俺達の中でも誰よりも前を走っていたくらいだから。

 彼女は……自分が強くなるのを知っていながら、イヤホンが効かなくなるのを知りながら歩き続けた。

 その理由が……俺にはわから……な……………………まさか。

「詩乃」

 悔しそうに歯を食いしばる詩乃。

「まさか……俺やひなと……一緒に時間を過ごしたくて無理してでも付いてきたのか?」

「ち、違うの! 二人のせいじゃない! わ、私は強くなればきっと聴力だって自分で調整できるって信じて……それでみんなに迷惑かけなくてもよくなるはずだって……」

「詩乃……」

「本当なの! 本当に……」

 大粒の涙が彼女の目から零れ落ちる。

 こういうときどうするべきかはよくわからないけど、少なくとも彼女をこのままにするのだけはよくないと思う。

 俺はゆっくり彼女に近付いて、優しく抱きしめた。

「詩乃……ごめんな。詩乃の頑張りに気付いてやれなくてごめん」

 彼女はここまで来るまで悩んでいた全てを流すようにただただ涙を流した。

 俺がもう少し早く気付いてあげれば、彼女がこんなに辛い目に遭わずに済んだのに……けれど、俺自身がそう思えば思うほど、今の詩乃がより辛くなるだけだ。

 今までどうだったかではない。今こうなったって、これからどうするかが大事だ。俺は多くの人からそれを学んだ。

 地元に戻ったときだって『レベル0』であっても胸を張って仲間を信じていいことを学んだ。

 今度は俺がみんなを守る番だ。

「詩乃? そのイヤホンは魔道具なんだよな?」

「うん……」

「それよりも強い魔道具を開発できれば止めることができるよな?」

「うん……」

「でも神楽家の力を以ってしても開発することができずに困った……と。そういえば、さっき会った斗真さんは何か方法がある感じだった。何か知らないか?」

「お兄ちゃんが……? ううん。何も聞いていないよ……?」

 となると詩乃には秘密にしていたに違いない。

 彼が命を懸けても何とかできる方法……考えられるのは、強力なダンジョンで素材を取ってくる? でもそれなら斗真さんの力で仲間に頼ることだって可能だ。

 斗真さんのことも気になるが、今は目の前の詩乃に何をしてあげれるかだ。

 スキル『念話』で声は届けられるようになったが……聴力を奪うようなことはできない。

 そういえば、俺のスキルって自分が強くなったり、自分が何かできることが増えるだけで、誰かに何かをしてあげられるスキルは少ないな。せいぜい『クリーン』くらいだ。それだって効果としては良い効果だ。

 詩乃の能力を封印する力がもしあれば……。

 ないものねだりをしても仕方がない。何とか彼女のイヤホンを強化する方法を探そう。

 神楽家が財閥なのはわかる。それだけ伝手や技術力があるのも知ってる。でもそれは万能ではないはずだ。

 一つ思い当たることは、以前ひなのお父さんと話したとき、神威財閥の職場を案内してくれると言ってくれたことを思い出した。

神威家と神楽家は仲が悪いってことは、お互いに技術提供なんてないはず。もしかしたら、詩乃のイヤホンを開発する手立てが神威家にあるかもしれない。

「詩乃。何とか俺にできることをする。だから……待っていてくれるか?」

「日向くん……」

「こんなに辛くまで頑張ってくれてありがとうな。後はリーダーである俺に任せてくれ」

 詩乃は大きな目から大粒の涙を落としながら、大きく頷いた。

「うん……私……待ってる。ちゃんと待ってる」

「ああ。待っていてくれ」

 辛い中、それでも笑みを浮かべてくれる詩乃の頭を優しく撫でて安心させる。

彼女の頑張りに応えるためにも、俺は次の目的のために神楽家を後にした。

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