21話-①

■第21話





 今日は珍しく朝から雨が降っていた。

 食堂で藤井くんと合流してからクラスに戻る。

 誠心高校の制服は国からの支援によって作られる物で、戦闘服としての効果が高い。それは何もダンジョンの中でのみ効果が発揮するわけじゃない。外でも素晴らしい効果を持ち、防弾チョッキよりも強靭な強さをしている。

さらにそれに加えてとても便利な効果がもう一つある。

 制服の内側に隠された薄い生地で作られたフードを付けると、何と完全防雨服になる。

 魔物素材を使った普段着や制服は水を弾くからレインコートの代わりにもなるため、都会ではよく愛用されてると聞いていた。誠心町では多くの人が傘ではなくフードを被っている姿が見受けられる。

 今日も変わらず自分の席に座りクラスから外を眺める。

 いつもと違ってフードを被っていると誰が誰なのか全然わからない。

 そんな中、フードをせず校門に降り立つ美少女が一人。暗い天気でも銀色の髪が輝いている。

 雨が降り注ぐ中、彼女は毅然としたまま校舎に向かって歩いてくる。ふと目が合うと笑顔で手を振ってくれた。

 彼女がクラスに来る間に、もう一人のパーティーメンバーが来るのを待つ。

 これも日課になっていて、日々の楽しみというものだ。しかし、今日は珍しくもう詩乃が来る前にひながクラスに着いた。

「おはよう~どうしたの? 日向くん」

「おはよう。いや、珍しく詩乃が遅いなと思って」

「う~ん。まだ時間なるし、雨降ってるからじゃないかな?」

「それもそうだな。ひな。髪は……濡れてないんだな」

「うん。絶氷で雨を全部吸収してるから」

「そんなこともできるんだ?」

「溜水とかは厳しいけど、雨くらいならね」

 なるほど。だからひなはフードもなしに雨の中を歩いたんだな。

 遠目からだとわかりにくかった。

 それから学校が始まっても詩乃が登校することはなく、いつもと変わらない授業が始まった。


 午前中が終わり、今日も屋上に集まる。が、雨が降っていていつものようにレジャーシートを広げたりはできない。

「雨の日の対策も考えないとな」

「そうね」

 すぐに後ろから「おまたせ~」と声が聞こえて藤井くんがやってきた。

「神楽さんがまだなのは珍しいね」

「ああ。今日は学校を休んでるみたいなんだ」

「そうだったんだ。昨日は少し疲れてそうだったもんね」

 藤井くんが言う通り、たまに疲れてそうな表情だったし、それがわかるくらいには口数も減っていた。

 今日はみんなで休みにしようと提案しようと思っていたし、雨も降っているからちょうどよかったのか……?

「それにしても雨が降ると屋上に入れなくて残念だね~」

「ああ。昼食の方法もいろいろ考えないといけないな」

「屋根があればいいんだけどね~床は水浸しだからシートも厳しいか……」

「あ! それならいい考えがあるかも」

 またひなが何かを考え付いたらしい。また絶氷では……ないよな?

「以前外国に行ったとき、雨を楽しみながら食事が取れるようにテラスにアンブレラチェアがあったんだ。私達もそういうチェアやテーブルを用意しておけばいいかも」

「それはいい考えだな。今日詩乃は休みだし、せっかくだからそれらを買いに行こうか」

「うん!」

「休息も探索者の仕事って言うからね」

 ダンジョンに入るための『探索者特別カリキュラム』。ダンジョンに入らないなら通常授業を受ける習わしだが、買い出しもまた探索者としての大事な行動だ。

 ダンジョンに入るための買い出しではないけど、休息の意味も含めてこうしてダンジョンでハンコだけ押して休むパーティーも少なくない。

「さて、まず昼食をどうするかだな。どこで食べよう?」

「それなら――――個室借りようか?」

「「個室?」」

「うん。個室練習場?」

「「…………」」

 そこって練習をする場所で、昼食を取る場所ではないと思うんだが……でもわざわざ昼休み時間に使う人もいないだろうし、まあいいか。

「昼に使う人もいなさそうだし、借りれるなら今日だけ借りようか」

「うん!」

「…………」

 藤井くんがジト目で俺を見つめる。

 いや……せっかくひながいっぱい意見をして目を輝かせているから、何もかもダメというのは……。

 そのまま個室を借りにいくと、予想通り簡単に借りることができた。

「個室って借りるのけっこう大変なはずなのに……神威さんって本当にすごいね」

「やっぱり大変なんだ?」

「うん。ある程度実績も要るからね。ダンジョンに通っているって」

「ひなってダンジョンに通わなくても借りれた気が……」

 みんなで個室に入ろうとしたとき、待合室に大勢の生徒達が順番を待っているのが見えた。

 彼らから羨望の眼差しを送られながら俺達は個室の中に入ってすぐに――――いつものレジャーシートを広げて、座卓を取り出し弁当を並べた。

「外の生徒達も個室で昼食を取るのかな?」

「日向くん……? 違うと思うよ?」

「やっぱり、そうだよな……」

「僕もそんなにわかってるわけではないけど……個室練習場で昼食を取った生徒は、創立してから僕達が初めてじゃないかな?」

「ううん。違うよ。お姉ちゃんも個室で食べたことあるって聞いたことあるよ~」

「「…………」」

 その姉にその妹……って感じか。

 せっかく借りたし、気にせず昼食を取る。

「詩乃ちゃん、少し熱っぽいってさ」

 そう言いながらスマホを見せてくれるひな。

 ひなもスマホ持っていたんだな。というかこれが普通か。

「具合悪そうにしてたし……神楽さんなら無理してでも動いてそうだもんな~」

 詩乃はいつも明るく振る舞っていて、辛いことがあってもけっして表には出さないと思う。

 元々人懐っこい性格なのに、音を遮断しているからいろんな人が離れていて、それでも笑顔を絶やすことはなかったから。

「もっと詩乃の体を労わってあげるべきだったな……リーダーとして失格だな……」

「日向くん? 神楽さんにそれ言ったらものすごく落ち込むと思うよ?」

「そ、そうか」

「誰だって失敗はするからさ。神楽さんだってもしかしたら早く言っておいたらよかっただなんて反省してるかもしれないよ? だから日向くんもリーダー失格とか言わずに、これからどうするかを考えてくれた方が神楽さんも喜ぶと思うな」

 藤井くんが言うこともごもっともだな。失敗したら終わり……ではない。これからどうするかしっかり考えて、メンバーの体調などしっかり確認するようにしよう。


《閃きにより、スキル『体調分析』を獲得しました。》


 新しいスキル……? 体調分析?

 ひとまず、新しいスキルを試してみることにする。

 使用すると、両目に不思議な力が宿るのか感じられる。

 見ていたひなと藤井くんの頭の上に不思議な文字が現れた。

二人とも『健康状態:良』と表記されている。

 なるほど……これがあれば体調が悪いメンバーをすぐ判断できるのはいいな。

 それほど複雑なことまではわからないみたいだけど、少しでも早く気付けるのはありがたい。

 昨晩久しぶりにE90でフロアボス『ギゲ』を倒し続けて、ポーションを少し貯めておいた。もし体調が悪そうなら、それを使ってあげるのもいいかもしれない。

 個室練習場で昼食を終わらせて外に出る。相変わらず生徒達が待っており、俺達は注目の的になった。

 学校を出て、一番近くのE117でハンコを押してもらい、ダンジョンを後にする。

 向かった場所は意外にも魔道具屋。

 魔道具にもいろんな種類があり、武器や防具類だけでなく、ダンジョンで快適に活動できるように日用品類も売っているのだ。

 藤井くんの実家が営んでいるベルナース魔道具屋は武器や防具類の戦闘部門に特化したお店ということで、日用品類が販売されているところにした。

 いくつもの魔道具が並んでおり、普段目にする通常日用品よりも数倍値段が高くなっているのがわかる。

「今後何があったときのために、テントとかも買っておこうか」

 今も俺の『異空間収納』には通常テントやバーベキューセットが入っているが、魔道具に新調してもいいかもしれない。

 ひなと藤井くんとも相談しながら、雨が降ったとき用に大き目なアンブレラテーブルとチェアを購入し、大き目のテントも購入する。『異空間収納』を使えば展開したまま収納できるので大きさは気にしなくてもいいからね。

 会計を済まそうとしたら、俺より先にひなが会計を済ませてしまった。

 支払う際に店員の表情が一変して、ひなにペコペコと頭を下げるあたり、どこに行っても神威家の威厳というものを感じる。

「ひな。パーティー資金で十分支払えるけどよかったのか?」

「うん! お母さんからもパーティーのためにお金を使って欲しいと言われているんだ」

「使って欲しい……?」

「お金って使わずに一か所に集まっているだけだと経済が回らないんだって。両親も無駄遣いはしないけど、必要な物があったら極力こうして買い物をして経済を動かしたいみたい」

 なるほどな……でもそれって俺が持っているパーティー資金も減らないから、結果的に同じことになるのではないのか……?

「わかった。ありがたく使わせてもらうよ」

「うん!」

「買い物も終わったし、詩乃の様子を見に行こうか?」

「行きたいん……だけど、私がいるといろいろ大変なことになると思う」

「あ……神楽家と仲悪いあれか」

 朱莉さんもあんなに怒ってたもんな。

「それなら僕もちょっと行きたいとこがあるから、今日は解散にする?」

「そうだな。夕方には神威家に向かうよ」

「僕は別のところで食べてくるから、今日は寮に真っすぐ戻るよ」

「わかった~」

 そして俺達三人はそれぞれ背中を向けて、各々が目指す場所に向かって歩き出した。

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