8話-①

■ 第8話





「連休は楽しく過ごしたと思うが、今日からは長い学業が始まる! みんなそれぞれの目標があると思う。後悔しないように精進するように!」

 担任の先生のホームルームで、クラスメイト達の緩い返事があり、長期連休が終わって久しぶりの授業が始まった。

 午前中はいつもの通常授業。体育の授業はなく、国語の授業もない。外国語の共通授業や数学、歴史など、探索者優遇のカリキュラムが組まれるのが誠心高校である。

 カリキュラムが終わると、ひなと一緒に屋上にやってきた。

 雨の気配一つない青空が広がっており、すぐに詩乃と藤井くんもやってきた。

「お待たせ~」

 詩乃の明るい声が屋上に広がっていく。

 そんな二人だったが――――後ろに一人の女性が立っていた。先日、屋上で俺を見ていた眼鏡を掛けた女性だ。

「詩乃? 知り合いなのか?」

「ん? うわあ!? だ、誰ですか……?」

 どうやら知り合いではないみたいだ。

 だがしかし、意外な人が声を上げた。

「校長先生? お久しぶりです」

 ひなが立ち上がり、小さく頭を下げた。

 こ、校長先生!? この人が……?

 実は入学した際にも姿を見せなかった校長先生。意外と謎に包まれていて、クラスメイトが噂をしていた。いろんな説が出ていたが、まさかこんなにも若い女性だとは思いもしなかった。

 一度右手を軽く上げてひなの挨拶に答えた彼女は、また無言で屋上を後にした。

 一体何のために来ていたんだろう……? 悪さをしていないか見張っていたのか?

「びっくりした……校長先生だったんだね」

「うん。あまり表には立たないから知らない人も多いみたいだけどね」

「誠心高校ってちょっと謎だものね。昔は公立ではなかったんでしょう?」

「みたい。校長先生はその時代から理事長だったみたいだけどね」

「あの若さで…………それとも若く見える秘訣でもあるのかしら?」

 ダンジョンから取れる素材は様々な効果があるから、そういう素材があっても不思議ではなさそうだが、もしあるなら世の中の女性には大人気になりそうだ。

「さて、お昼を食べたら、午後からはやっとダンジョンね~」

「うん! すごく楽しみ!」

 本気を出したらあれほど強かったひな。詩乃だって本気を出せばきっと引けを取らないと思うと、俺も頑張らないとな。

 今日も大量の弁当が座卓に並び、みんなで綺麗に平らげた。

 久しぶりに職員室前にある提出用紙を受け取り、俺とひな、詩乃、そして藤井くんの名前を書いて持っていく。

「そういえば、今日はどこのダンジョンを回る?」

「あ……それはあまり考えてなかった」

「ふふっ。日向くんらしいね。せっかくだし、D86にしない? あそこなら人は多いけど、準備とかいらないし」

「D46じゃなくて?」

「うん。D46だと戦いにくいもの」

 三人で通っていた雪山のD46は事前の準備が必要だから、藤井くんの衣装などを考えたら確かに何も必要ないというD86でいいかもしれない。

「D86なら僕は慣れてるから最初は助かるかも~」

 そういえば、藤井くんは以前先輩たちのパーティーでC3に行く前に攻略したのがD46だと言っていたな。なおさら、D86がいいと思う。

 さっそく学校から駅の反対側に向かって歩くと、バスが賑わっているバスターミナルが現れた。これらも探索者のために近場のどこでも行けるように設計されている。

 とくに全ての塔着地点にダンジョンの略称も書かれていて、中からD86と書かれた場所に行くバスに乗り込む。

 誠心高校の学生証があれば無料で乗れるのもありがたい。

 俺と藤井くん、ひなと詩乃で分かれて椅子に並んで座り、目的地に向かう。地元に行ったときのワクワク感に似たものを感じる。

 やっぱり仲間と旅というのは楽しいものだな。

 到着したD86前の駅。そこには、俺の想像を超えるものがあった。

 ダンジョン前には必ず検問所があり、買取センターだったり、事務所などが建てられているが、今までみたどのダンジョンの入口前よりも――――賑わっている。

 恵蘭町で行ったE198や近くのE117もそれなりに人が多くて驚いたけど、それなんて比べ物にならないくらい人で賑わっている。

「すごい賑わいだな……」

「そうね。D86は魔物も程いい強さで、素材も簡単に取れるし、環境もいいとこだからね。ちなみにD46はここら辺じゃ一番の不人気だよ」

「D46ってあの雪山んとこだよね? 先輩たちも寒いから行きたくないって言ってた」

 あはは……俺もひなも寒さ対策ができるから気にならないけど、そうでない人には過酷な環境だから当然か。

 入場するのも検問所の列に並ぶ必要があった。

 待っている間、やはり目立つのか周りのほぼ全ての探索者達の視線がひなに向けられている。

 髪色というのは探索者にとって大きな意味を持つ。とくに日本では黒髪は普通であり、染めない限り、色が付くということはSランク潜在能力だと言っていることに繋がる。

 注目の的になったひなだが、肝心な本人は意外にも気にすることなく、詩乃と楽しそうに談笑している。

 そんなとき、ふと詩乃が引き攣った表情を浮かべた。

もしかしてどこか具合が悪いのかな?

「詩乃? どこか具合が悪い?」

「えっ? う、ううん! 全然問題ないよ? もしかしたらまだ連休中の疲れが少し残ってるのかも~」

「辛いときはいつでも言ってくれ」

「うん。ありがとう。日向くん」

 人波は少しずつダンジョンに入っていき、俺達も無事検問所を通って中に入ることができた。

 初めて入ったD86は、ごつごつとした岩が置かれた荒野だった。どこかC3の渓谷を思い出させるが、向こうと違うのは階層を包む壁がないこと。広大な荒野が一望できて、大きな岩は日陰になり休憩地帯にもなっているのか、いくつかの岩の陰では探索者達が休息を取っているのが見受けられる。

 気温も活動するのにちょうどよく、熱すぎず寒すぎず長袖でも半袖でも活動できそうだ。

 聞いていた通り活動しやすいこともあるし、難易度も一番初心者向けであるDランクで、Dランクの中でも魔物の強さも程よい強さなのもあり、探索者に溢れ返っている。

 入って早々元気そうに詩乃が声を上げた。

「一層はさすがに人が多いね。このまま三層まで行っちゃおうか~」

「ここも三層が最深層か?」

「うん。ボス部屋はE117と同じで共通スペースになっているから人気だよ~」

「なるほど……」

 E117のボス部屋と同じってことは、ボス部屋に入ったパーティー数でボスが現れるが、スペースに限りがあるはず。一層にここまで多くの人がいるのなら、ボス部屋も人が多くて入るのも一苦労しそうだ。

 一層からゆっくりと歩いて二層に向かう。

 そんな中、とあるパーティーを目にした。

「おい! もう少し速く歩け!」

「う、うん! ご、ごめん!」

「ちっ」

 悪態をつく同じ制服の男子生徒達。その後ろを追いかける小柄な生徒。四人の生徒にはとても見覚えがある。

 連休前に特別教育プログラムで知り合ったポーター部門の斉藤くんだ。

 やはり連休が終わってもあのパーティーに入ったままか……いや、彼らのポーターに対する感情は変わっていないんだ。

 彼らの動向をチェックしながら道を進む。

 幸い彼らも一層ではなく深層を目指しているようで、周りの魔物には目もくれずに進む。

 急ぎ足で向かう彼らと少しずつ距離が離れるが、まだ俺のスキル『周囲探索』で彼らの動きをチェックできている。

 俺達も魔物を狩ることなく二層に入り、さらに三層を目指す。

 一層も広くて二層に着くまでに一時間近くの時間を歩き続けた。

 二層も一層同様に広大な景色が広がっている。

「ん~やっぱり走った方が速そうかな~」

「俺は走っても問題ないが、みんなは大丈夫か?」

「大丈夫!」

「いいよ~」

「僕も問題ないかな」

「じゃあ、三層までは走って行ってみようか」

 二層入口から三層まで走ってみる。

 ダンジョンの中に乗り物があれば楽なんだろうけど、こうして走る以外の移動手段がないのは時間がかかってしまうな。

 少しずつ走る速度を上げながらどのくらいならいいのかみんなの顔色を伺いながら走る。

 先陣を切って走るなんてやったことがないからこれでいいのか悩むけど、ひな達の表情からそう悪そうな感じはしない。

 歩くとけっこうな時間がかかったが、走ってみると意外にも三層に十分もしないうちにたどり着いた。

 三層もどこまでも広い荒野が広がっているが、一層と違うのは少し気温が高い。一層は快適だったが、三層は少し汗ばんでしまいそうだ。

「じゃあ、ここから狩りを始めようか」

「「「はい!」」」

 それぞれ武器を取り出す。ひなの黒い刀、詩乃のトンファー、藤井くんは前回同様白い弓だ。

 ひなや詩乃が持っている武器と同じく『マジックウェポン』なのは間違いなさそうだ。

「前衛は詩乃。中衛はひな。後衛は藤井くんで進もう」

「あれ? 私が前衛なの? いつもと逆?」

「ああ。身体能力的に詩乃が前衛の方がパーティーのバランスが良さそうだったから」

「そっか……わかった!」

 さっそく戦いが始まる。

 姿を見せた魔物は、全長二メートルくらいの赤い毛の猪。鋭い牙は紫色をしており、見ただけで毒持ちなのがわかる。

 詩乃が素早く近付いていくが、それに反応した魔物が詩乃をターゲットして一瞬で突撃した。

 俺の隣に立つ藤井くんが矢がないまま弓の弦を引く。すると引いた弦からにぎりの上部にかけて光の矢が現れた。

 弦から藤井くんの手が離れると、唸る音と共に光の矢が放たれて、詩乃に向かって走る猪の足に突き刺さる。

 勢いよく走っていた猪が体勢を崩して倒れる。

 その隙を見逃すはずもなく、詩乃のトンファーの先に青色が点灯し、倒れた猪に容赦なく武器を振り下ろした。

 地面が抉れるんじゃないだろうかと思えるほどの強烈な打撃音が響いて、猪が倒れた。

「日向くん!」

「ああ。次に向かおう!」

「は~い!」

 楽しそうに笑顔を浮かべた詩乃が走り出し、ひなと藤井くんが追いかける。

 俺は急いで猪をスキル『魔物解体』で解体して『異空間収納』に収納して追いかける。

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