7話-②

 夕飯を食べ終えると、朱莉さんに連れられ道場にやってきた。

「ひなた。入学してからダンジョンに潜っているんだな?」

「うん」

「ということは、レベルが上がってるな?」

「そうだね」

「……その力を見せてみろ」

「わかった。お姉ちゃん」

 ひなと朱莉さんが対峙する。ひなは木刀を、朱莉さんは素手のままだ。

 俺はお爺さんと詩乃と並んで道場の端で正座をして二人を見守る。

「はじめ!」

 朱莉さんの号令からひなが全力で飛び出す。

 瞬きをする暇すらない短時間で一気に距離を縮めたひなは朱莉さんの視界の四角となる部分から木刀を振り上げる。

 左腕で直接木刀を受け止められると次の動きをするひな。それを少し遅れて衝撃波と強烈な音が道場に響き渡る。

 強いとは知っていたけど、ひなの華麗な動きに目を奪われる。

 今までは対魔物なのもあったり、ほとんど一撃や短時間で倒していたが、こうして強い人を相手する姿は見たことがない。

 たった数分で何百という凄まじい打ち合いを見せた二人だった。

 一度距離を取ったときに朱莉さんの視線が俺に向いた。

「日向。ひなたの冷気を今でも止めているんだな?」

「はい」

「それは止めると冷気が広がるんだな?」

「はい」

「この道場から冷気を外に漏らさず、かつお前達の身を護ることは可能か?」

「できると思います」

「いいだろう。それをやってくれ。ひなた。全力でかかってきなさい」

「お姉ちゃん……」

「今の絶氷の力を見せてみなさい」

「うん!」

 ひなの合図に合わせて全開にしていたスキル『絶氷融解』を、部分的に使う。道場の壁と俺、詩乃、お爺さんに集中する。

 その瞬間、ひなの体から凄まじい白銀の世界が広がる。

 美しい氷、だがその圧倒的な力は見た者を絶望に誘うかのように冷たいものだ。

「絶氷……これまでに強力なものに成長するか……」

 隣のお爺さんが小さく呟いた。

 氷が朱莉さんを覆う。それを見たひなの顔には心配する表情が浮かんだ。

 しかし、次の瞬間、朱莉さんの全身から絶氷ですら溶かすほどの真っ赤な炎が燃え上がる。

 もし周りに絶氷がなければ道場はすぐに灼熱地獄になったに違いない。それほどまでに朱莉さんから溢れる炎は全てを燃やし尽くすようだ。

「ひなた。私の心配とは……まだまだだ」

「はいっ!」

 今度は絶氷の力を全面的に出したひなと、炎の力を出した朱莉さんがぶつかる。

 ひなの剣術に呼応するかのように絶氷は無数の鋭い氷柱となり、朱莉さんを四方八方から突き刺す。

「小僧。あの氷柱からひなたの意志を感じるかの?」

「いいえ。勝手に攻撃しているように見えます」

どこか攻撃にムラがある。ひなの攻撃に勝手に合わせているだけ。一瞬のラグとも言うべきタイムロスが生まれる。二人のような強者ならたった一瞬の時間が命取りとなるのがわかる。

 強者同士の戦いなんて初めて見るはずなのに、手に取るようにわかる。

「ひなたの絶氷の力は、あの子を守ろうとはするが従わない。ひなたの意志も反映されないのじゃ。ただ感情を出さなければ動くことがないだけでのぉ」

 ひなの視線、朱莉さんの視線、体の動き、息遣いの間隔、二人の特別な力、剣術、武術、目の前で起きるその全てがまるでスローモーションのように俺の脳裏に焼き付く。

 三分。

 道場内には蒸発した絶氷の水滴が天井いっぱいに広がって、ポタポタと落ちて水たまりができている。

 今まで解けた絶氷は一度も見たことがないので驚きだ。俺が使う絶氷融解は氷自体を分解して消してしまうため水溜りなどできない。

 荒く息を吐いているひなとは対照的に、朱莉さんは赤子の手をひねるかのような余裕のある表情でひなを見下ろす。

「いいだろう。ここまで」

「は、はいっ! あ、ありがとう……ございました!!」

 すぐに深々と頭を下げたひなの銀の髪の隙間から汗なのか水滴かわからないものが落ちる。

 朱莉さんが炎を引っ込めると同時に俺もスキル『絶氷融解』を使い全ての冷気を消す。

 さっきまでの地獄絵図から何もなかったかのように平穏な道場に様変わりした。いや、元通りになった。

「私、息をするのも忘れて見てしまったよ」

「俺もだ。二人の戦い、学べるものが多かったよ」

「神楽家が昔神威家とあった決戦は酷い有様だったと聞くけど、少しわかった気がするよ。私……負けないように強くなりたいと思った」

「ああ……俺も負けないように強くなりたい」

 正直に言えば、俺みたいな『レベル0』なんかに何ができるのかわからない。

 ここにいる俺以外のみんなは、強大な才を持ち、努力を惜しまずに精進してきたのはわかる。それを俺なんかが越えられるなんて思わない。

でも――――

「日向。神威家の道場はいつでも空けておく。いつでも使っていいぞ」

「お爺さん……ありがとうございます」

「うむ。あといろいろ教えて欲しければ、ひなたと婚約でもするのじゃよ」

「おじいちゃん!!」

 聞こえていたのか道場にひなの焦った声が響き渡った。


 部屋で俺と詩乃の二人きりになっている。

「よかったのか? 詩乃」

「うん。今日は久しぶりに姉妹だけ水入らずで入って欲しいからね」

 詩乃も連れて風呂に入ると言っていたひなだけど、詩乃から久しぶりに姉妹でってことで、ひなの風呂が終わるまで俺と詩乃で待つことに。

「日向くん」

「ん?」

「『クリーン』かけて~」

「はいよ~」

 詩乃に手をかざすと、スキルが発動する。

 気持ちよさそうに目を瞑って無色の泡を受け入れる詩乃。たった数秒で全身が綺麗になった。

「ありがとう~! 日向くん! やっぱり一家に一人は日向くんほしいわね~」

「あはは……俺みたいなレベル0がいても困るだけだと思うんだけど……」

「むぅ……またそんなこと言って……」

 また怒らせてしまったようだ。

 自分自身にも『クリーン』を使い、汗ばんだ体をスッキリさせる。

「それにしても今日の二人の稽古はすごかったね」

「ああ。本当にすごかった。ひなも何だか最初に見たときより強くなった気もしたかな?」

「……そうだね。ダンジョンで狩りをすればそれだけ少しずつ強くなるからね。」

 何故か苦笑いを浮かべる詩乃。

 みんなのレベルは上昇するからな……。

「でもパーティーって強いだけが全てじゃないってわかったから。僕にできることは何でも頑張りたいな」

「ふふっ。私も一緒に行くからね?」

「ん? 当たり前だろう? 詩乃はパーティーメンバーなんだから」

「うん!」

 ちょうどタイミングよくひなが帰ってきた。

「ただいま~今日もありがとうね。日向くん」

「姉さんとはゆっくりできた?」

「うん! 久しぶりにお姉ちゃんと楽しく話せたの! 五年ぶりかな? すごく楽しかった~」

 ひなもちょっとずつ口数が増えていくのはとてもいいことだと思う。

 これからもパーティーメンバーとしてみんなで仲良くしていきたい。

「では俺達はそろそろ帰るよ。また明日学校でな」

「うん! また明日ね。日向くん。詩乃ちゃん」

 ひなに見送られながら俺達は神威家を後にした。


 帰り道、詩乃と何気ない会話を楽しみながら神楽家の前に着いた。

 そのとき――――

「詩乃っ!」

 入口から大柄の男性が一人、凄まじい速度でやってきた。

「っ!?」

「……おい。貴様。誰だ」

「は、初めまして、鈴木日向といいます」

「鈴木日向……? 誰だ」

「バカ兄! や、やめてよ!」

 詩乃が俺と男性の間に立つ。

 先日テレビで見かけた朱莉さんともう一人の将軍。詩乃の兄さんだ。

「詩乃! そいつは一体誰だ!」

「バカ兄には関係ないでしょう!?」

「関係ある! そ、そいつ……ま、まさか! か、か、か、彼氏じゃないだろうなあああ!?」

 彼氏!?

「ち、違うよ! い、今はまだ……」

「今はまだだと!?」

「い、いいから! もぉ……」

「待て、詩乃。俺は認めないぞ! こんな弱そうな奴なんて認めないぞ!」

「日向くん! 気にしないで、バカ兄が何を言っても関係ないからね?」

 あはは……ひなと朱莉さんの関係とは真逆な感じだな。

 ただ、詩乃のお兄さんが朱莉さんと同じなのは、妹を大事に思うところだね。

「おいお前! 詩乃と付き合いたかったら俺に勝ってからにしろ!」

「バカ兄っ! ひ、日向くん! 気にしないで、じゃ、じゃあまた明日!」

「待て! 俺はまだ――――」

 詩乃の兄さんの巨体を詩乃がどれだけ押してもびくともしない。

 困ったような表情を浮かべる詩乃に何とかしてあげたいが……どうしたものか。

 あたふたしたそのとき、詩乃がとある言葉を口にする。

「お、お兄ちゃん? や、やめてほしいな……」

「!? し、詩乃……? い、今なんて……?」

「だから……私、もう家に入りたいよぉ……お兄ちゃん」

「し、詩乃があああ、お、俺に……お、お、お、お兄ちゃ…………っ!?」

 魂が飛びかけた兄さんの背中を押して一緒に家の中に入る詩乃。

 ちらっと後ろの俺に向いて「ごめん」と言わんばかりに右手を上げて中に入っていった。


 ◆


 神楽家。

「はっ!? こ、ここは……?」

「バカ兄……何してるのよ……」

「詩乃!? お、俺……なんか変な夢を……詩乃が彼氏を……」

「彼氏じゃないってば! 日向くんだよ? パーティーメンバーなの」

「っ!? 夢じゃなかったのか! …………ん?」

「どうしたの?」

 詩乃の兄である斗真がじっと詩乃を見つめる。

「…………俺の声が聞こえているのか・・・・・・・・?」

「!? こ、これは……何でもないから!」

「詩乃! まさかレベルを上げたわけじゃないだろうな!? 絶対に上げないようにって――」

「う、うるさい! バカ兄には関係ないから!」

 自分の部屋に逃げるように駆け込んだ詩乃に、斗真は拳を握りしめた。


 ◆


 神威家。

 分厚い鉄箱の前に朱莉と昌、地蔵の三人が立つ。

「やはり……強くなっていますね」

「ああ」

 鉄箱の中にいるのは最愛の妹であり娘。

 ひなたが放つ絶氷を外に漏れないように閉じ込める鉄箱。特殊な作りになっており、魔道具の一種でもあり、魔石を使用して絶氷を確実に閉じ込めるために作られたひなたの部屋である。

 だが、現在はほんのりと冷気が漏れ出ている。レベルが一桁・・・・・・だった頃は、しっかり閉じ込めることができたのだが、ダンジョンでレベルが上がってしまった今のひなたの絶氷は、より強力になってしまい、鉄箱の性能を越え始めているのだ。

「小僧が近くにいれば普通に生活を送れるのはもちろんのこと、眠ることもできたんじゃな?」

「事前に聞いた通り、隣の部屋で眠っても問題ないとのことで、絶氷の被害もないところをみると日向くんが言っていた通りでした」

「となると、ひなたのために何が何でも小僧を結婚させるべきではないか?」

「お父様。娘の相手は娘が決めるべきでしょう……家が決めるべきではありません」

「だがこのままではいずれ決壊するじゃろう。そうなると……」

「お爺様!!」

 祖父が何を言おうとしたのかすぐに理解できた朱莉が怒りを露にする。

「小僧もひなたなら不満はないじゃろて」

「……父として、娘にはできる選択を増やしてあげたいんです。朱莉。例の物はどうだい?」

「まだ見つかりません。全力で探していますが……いつ見つかるかもわかりません。それに今日の道場で手合わせた感じ、ひなたはずいぶんと強くなっていました」

「そうだな。この冷気が物語っているからな……」

 昌は鉄箱から微かに漏れ出ている冷気に手で触れる。

「いずれは……神楽家と決着を付けることになるでしょう。私は全力で取りにいきます」

「朱莉! あの男と決闘となれば無事には済まないはずだ!」

「構いません。妹のためなら、この腕、足、目、何でも差し出しましょう。ひなたは――――神威家の希望です。絶対に守るべきです」

「朱莉……君も俺の大事な娘だ。そうはさせない。何とか見つけよう――――魔石Δを」

 鉄箱から漏れ出ている冷気を睨みながら、拳を握りしめる朱莉であった。





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