7話-①

■第7話





 帰りの列車の中。

 今回も当然のように高級個室に案内された。

「凛ちゃん可愛かったなぁ……」

「妹に欲しいよね」

「そう! やっぱりひなちゃんもわかってくれる!?」

「妹はやらんぞ~」

「え~うちのバカ兄と交換してよ~」

「それはちょっと……」

 個室が笑いに包まれる。

 長い連休が終わり、俺達は実家から誠心町に戻る。

 見送ってくれる妹は意外にも最後まで笑顔で、また来てね~と大きく手を振ってくれた。

 何だかあっという間に終わった連休。こんなにも楽しい連休は人生初めてかもしれない。

 それに家族だけじゃなくて、こうして仲間達と仲を深めることもできた。まだ藤井くんは仮加入という形だが、これからお互いを知っていけば、パーティーメンバーとなれると思う。

「みんな? 明日からさっそくダンジョンに行くことになるけど、問題ないか?」

「「は~い」」

「みんなに付いて行けるかちょっと不安になってきたよ……」

「藤井くんなら大丈夫じゃない?」

「あはは……神威さんと神楽さんはともかく、日向くんがあんなにすごいとは思いもしなかったかな」

「俺?」

「藤井くん。日向くんはあんなもんじゃないから。覚悟しておいてね」

 俺……何かすごいことをしたのか……? 詩乃達の方がずっとすごいと思うんだけどな……。

 また三時間ほどの列車の旅。その時間もあっという間に感じるくらいには楽しい旅だった。

 駅に着いてすぐに別れる――――とはいかず、その足で神威家に向かう。

 藤井くんは別の予定があるからと一足先に帰った。


 久しぶりに神威家を前にすると、その広大さを改めて感じる。しばらく実家に暮らしていたのもあって、より感じてしまう。

「おかえりなさい」

「ただいま」

「「お邪魔します」」

 ひなのお母さんが出迎えてくれた。

 すぐにお土産を渡して、ひなはおばさんと一緒に違う部屋に向かいながら楽しそうに話している。俺と詩乃はいつもの茶の間に向かう。

 そのとき――――茶の間から何か得体の知れない凄まじい気配を感じ取った。

 詩乃も気付いたように少し強張った表情で一緒に茶の間に入る。

 そこに鎮座していたのは、先日テレビで見かけた燃えるような赤い髪の女性が、不愛想な表情で正座をして俺達を睨んでいた。

「……ん? 貴様は……神楽の娘だな」

 あまりの迫力につい念話を忘れていると、詩乃が俺を指で突いてくれてすぐに念話を送る。

「はい。神楽詩乃です。お久しぶりです。神威朱莉さん」

「……貴様に挨拶される筋合いはない。どうして我が家に貴様がいる」

 何故か敵対心丸出しで睨みつける彼女に、強烈な威圧感が伝わってくる。

 このままでは詩乃の身が危険に晒されると思うと、自然と体が動いた。

 鋭い視線が遮った俺に向く。

「貴様は……?」

「鈴木日向といいます」

「貴様は何者だ?」

「ひなたさんと、こちらの詩乃さんとパーティーを組んでいるメンバーです」

「ひなたが……パーティーだと?」

 より鋭くなった視線からは、怒りが伝わってくる。底知れぬ怒り。彼女が何に怒っているのかはわからないが、純粋な怒りが感じられる。

 このままではまずいと思ったそのとき、聞き慣れた声が廊下に響いた。

「お姉ちゃん!」

 刺すような殺気が一気に消え去り、重苦しかった空気が一気に開放された。

「ひなた。おかえり」

「ただいま。それとお姉ちゃんもおかえり~」

 そう言いながら笑顔を見せるひなに彼女の目が大きく見開く。

「ひ……なた? いま……笑ったのか?」

「うん? まだお母さんから聞いていないかな? こちらの日向くんのおかげで、冷気を止めてもらえてるんだ」

 驚いた表情で今度は視線を俺に移す。

「俺の力でひなが出す冷気を止めているんです。範囲内なら効くので、俺が周囲にいるときは自由にできています」

「……ひなたがいなかった理由はそれだったか」

「朱莉ちゃん~どう? 驚いた?」

 ニヤニヤするおばさんがやってきて、ひなの姉さんは大きな溜息を吐いた。

「母上。それならそうと早く言ってください。その二人を燃やすところでした」

「それは絶対にダメよ? 日向くんも詩乃ちゃんもひなの大事な友人だからね?」

「挨拶が遅れました。鈴木日向です」

「なるほど……名前が一緒だからひなたをひなと呼んでいるのか」

「は、はい」

「……」

 静かに目を瞑った彼女は、何かを考え始めた。

 それに構わなくていい、俺達も座るように促されて席に座り込む。

「日向と言ったな?」

「は、はい!」

「……うちのひなたをよろしく頼む」

「はいっ」

 ゆっくりと開いた目の赤い瞳と目が合う。

 その瞳から、さっきの怒りとは違い、とても優しい気持ちが見える。

「もし私の力が必要ならいつでも言ってくれ」

「あ、ありがとうございます」

 さっきの迫力が脳裏に焼き付いているせいか、まだ朱莉さんに対して普通に接するのが難しい。詩乃もそのようでチラチラと彼女を見ている。

「それはいいとして、どうして神楽家の娘がうちのひなたと?」

「詩乃ちゃんは私と日向くんとパーティーを組んでいるよ?」

「ひなた……彼女はあの神楽家の娘だぞ」

「お姉ちゃん……」

 最近は慣れてきたけど、神威家と神楽家は犬猿の仲だと聞いているし、最初詩乃がやってきたときもそうだった。それを再度確認した。

 ひなも再度その事実を確認して悲しそうな目を浮かべた。

 次の瞬間――――

「このバカ孫娘!」

 隣からいきなり現れたお爺さんの本気の横蹴り・・・・・・がさく裂する。

 それをさも当然のように右手片手で軽々と受け止めると、ドガーンという音と衝撃波が周囲に広がってひなの綺麗な銀色の髪が大きくなびいた。

「お爺様。お久しぶりでございます」

「久しぶりじゃの! もっと腕を上げたようじゃな」

「……お爺様も強くなられてるのか?」

「おうよ。最近知り合った若者に強いのがいてのぉ」

「なるほど。誰かは大体予想が付きます」

「うむ! それはそうと、朱莉よ」

「はい」

「神楽の娘はもはや敵ではなく、ひなたの友となったのじゃ」

「お爺様まで……何を考えておられるのですか。あの神楽家とわかり合えるはずがありません」

「神楽家とはそうかもしれぬが、ここにいる神楽詩乃という娘はそうとも限らないぞ」

「ですが、彼女の中には神楽の血が流れています」

「知っておるわい」

 溜息を吐きながら席に着くお爺さん。蹴りを防いだ朱莉さんの右腕が腫れているのがわかる。

 お爺さんの小さな体からあんなに強烈な蹴りが出せるなんて……やはり体の大きさだけが全てではないんだな。

 もしかしてお爺さんのレベルが高いから……?

 それもある気がする。でもはたしてそれだけであれだけ強いのか……? 今の俺はあれを簡単に防ぐことができるのか?

 そんなことを思っていると席に着いて、おばさんが出してくれたお茶を一口飲むと、ゆっくりと詩乃を見つめた。

「わしが若い頃は、そりゃ神楽家の者達とは戦っておったわい。今の神楽家の者に戦えるやつがいないのも、全部わしのせいじゃって」

「お爺様のせいではありません。お爺様の偉業です。長い神威家と神楽家の歴史において、両家がこんなにも戦力が傾いたことはありません。お爺様の代のみです」

「そうじゃな。だが……それでどうなった? 孫娘よ」

「…………」

「わしが神楽家の者達を全員ひれ伏せて何が変わった? 相変わらず太陽が昇り、夜になると月が昇り、星々は変わらない輝きを放つ。人々は変わらず、それぞれの国は相変わらず戦いを止めない。探索者となった者は夢を追ってダンジョンに挑み続け、その命を散らす」

 お爺さんが話す言葉は一つ一つから深い悲しみの感情が伝わってくる。

 長い年月を費やして戦いに明け暮れた人が、ふと自分の足元にいる屍の数に気付いたとき、きっと大きな虚無感を覚えてしまうんだろうと思う。

 何故そういう風に思えるのか今の俺にはわからない。でもお爺さんがたどり着いた答えに俺なりに向き合いたいと思えた。

「我が家が武家として日本の頂点に君臨した。その結果、何を得たのか……わしには疑問しか残らぬ。昨今、外国での戦争も多く、我が国への脅威も増えた。わしが……神楽家の武を志す者達の心を折り、強大な力をそぎ落として我が国に何をもたらしたというのか。わしは今でも疑問なのじゃ」

「おじいちゃん……」

「だが、わしの心配など世界の流れにとってはただの小石のように、神楽家から強者が生まれ育った。血を血で洗うより、お互いに背中を合わせて生きた方が賢明ではなかったのか、そう思うようになったのじゃて……ただ、わしにはとても成し得なかった神威家と神楽家を繋げた者が現れた。わしはそれを――――運命だと思うのじゃ」

 ひなが手を伸ばして詩乃の手を握る。

「孫娘よ。仲良くしろとは言わんし、あの男と対立するというのも辞めろとは言わん。だが、ひなたが進む道を我々が邪魔するものではない。ひなたと神楽の娘。二人がこの先どうなるのか、我々は見守って応援してやるべきじゃと思うのだ」

「…………」

 拳を握りしめる朱莉さんはまだ納得いかなそうにしている。ただ、詩乃の手を握り、笑顔になったひなを見て、詩乃に対する敵対心が薄まった。

「はいはい~難しい話はそこまでにしましょう。そろそろあの人も帰ってくるし、久しぶりに家族水入らずで食事をしましょう。朱莉ちゃん? ひなちゃんもちゃんと食べれるようになったのよ?」

「それも彼のおかげですか?」

「ええ。彼のおかげでずいぶんとひなは自由になったわ。それに制限はあるけど、ひなも風呂に入れるようになったし、今日は二人一緒に入ったらいいわよ」

「お姉ちゃん! 詩乃ちゃんも一緒に……」

「……わかった」

「お姉ちゃん……! ありがとう」

「……ひなたがそれでいいなら私は応援しよう。それが、宿敵である神楽家の者だとわかっていてもな」

 何か彼女の中で踏ん切りがついたようで嬉しい。

 それにしても朱莉さんはずいぶんとひなを溺愛しているようで、ひなを見ているときの目は優しさそのものだ。

 二人がどれだけ仲良し姉妹なのかがわかる。

 別れてまだ一日も経っていないが、妹のことが愛おしいな……。

「ただいま」

 廊下から姿を見せて大柄の男性――――ひなのお父さんも帰ってきた。

「おかえりなさい!」

「ひなたもおかえり。朱莉も久しぶりだな」

「ただいま戻りました。お父様」

「うむ。相変わらず仕事は大変なようだな」

「最近外の動きがいろいろ怪しいですが……表立って動いている感じはしません」

「そうか。力が必要なときはいつでも連絡しなさい」

「はい。心強いです」

 みんないつもの席に座る。

 茶の間を正面に見て、右側に神威家の家族、左に俺やひな、詩乃が座るのがいつもだったが、左側にもう一つ空いていた席に朱莉さんが座る。

 彼女がいつでも帰ってこれるように席を空けてくれていたんだな。

 まだ少し早い夕飯が運ばれてきて、テーブルに並ぶ。

 いつも豪勢なのに、今日はより豪勢なものが並んだ。きっと藤井くんが見たら目を輝かせるだろうけど、その姿を見れないのが少し残念だ。

 食事が始まると、意外にもひなが楽しそうに旅行であったことを話す。

 普段は詩乃が主に話してそれに俺達が応える形なので、饒舌に喋るひなを見るのは、意外にも初めてのことだ。

 彼女はまるで童心に戻ったかのように笑顔を絶やすことなく話し続けた。

 それらを聞いている朱莉さんもお爺さんも、普段とは違い薄っすらと笑みを浮かべて聞く。

 お爺さんの昔話や朱莉さんの雰囲気から、神威家は武家として格式を重んじているのが見て取れる。でもひなが絶氷の力によって普通の生活ができなくなったことで、ある意味家族の意志を一丸にするきっかけになったのかもしれない。

 ずっと緊張しっぱなしだった詩乃も段々打ち解けて、いつものような笑顔を浮かべるようになり、旅での出来事を話すひなに相槌を入れながら、会話を盛り上げてくれた。





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