6話-③

 フロアボスを倒してから待機場に出て、そのまま外を目指す。

 出る際も多くの探索者たちがひなたちに視線を奪われていた。

 一層に戻って入口を目指していた時、前方から見覚えのある男たちが悪態をつきながらこちらに向かって歩いてくる。

「くそ、あんなちんちくりんのせいで罰金とかクソかよ!」

 ここまで聞こえるくらい大きな声を上げる。そんな姿に周りの探索者たちも冷ややかな視線を彼らに送る。

「あの人たち……」

「この前のナンパ男たちだね」

「……ちんちくりんって、もしかして日向くんのことかな?」

 ひなの体から溢れる冷気がより強まる。こんなに怒るひなは久しぶりに見る。

 やがて歩いてきた男たちと対面した。

「ん? こいつら……あの時の!」

「……」

「ちっ。てめぇら……! この前は油断したが、今度がぶっ殺してやる!」

 男たちは躊躇なく武器を抜いた。

 急いで前に立つひなと詩乃を守ろうと前に出ようとした時、ひなに止められた。

「日向くん。絶氷融解を止めてくれる?」

 いつもなら穏やかなひなが、静かに怒りを露にする。

 言われた通り、彼女の周りの絶氷融解を解除した。

 武器を抜いた男たちの前に歩いていくひな。それと同時に地面が凍り付いていく。

 冷たい気配――――それだけじゃない。彼女から伝わってくる圧倒的な冷徹な気持ち。冷気は感じなくても彼女が目に入るだけで感じてしまうくらい。

一緒に見守っていた凛は、俺の左腕を掴む。微かに震えているのを感じる。

「大丈夫。ひなが優しいのは凛も知っているだろ?」

「う、うん……」

 最初こそ敵意むき出しだった男たちだが、絶氷を放つひなを肌で感じたからか、顔が青ざめて一歩ずつ後ずさっていく。

「な、なんだよ! こ、こいつらやべぇぞ!」

「ひいいいい!」

 男たちはその場で武器を投げ捨てて逃げ去っていく。後ろ姿だけ見れば間抜けに見えてしまうけど、今のひなから感じられる冷気は、それくらい恐ろしいものだ。向けられなくても仲良くしていた凛が怖がるほどに。

「ひな」

 俺の声に応えるように無表情でこちらを見つめるひな。

 彼女が氷姫と呼ばれている所以。感情を押し殺した無表情さ。でも今の彼女は感情を露にしている。怒りという感情を。

 そんな彼女に俺はゆっくりと近付いていく。

「どうしたんだ? そんなに怒って」

「あの人たち……自分たちが悪いのに日向くんが悪いみたいに言って……」

「怒ってくれてありがとうな。ひなが仲間を守ろうと力を使ってくれて嬉しいよ」

 それでもまだ興奮しているのか、冷気が収まる気配はない。

 俺と一緒にいる時はよく笑うようになって、その時も冷気は放たれるけど嫌な感じではない。けれど、今の彼女から溢れる冷気は誰かを攻撃するような冷徹さを感じさせる冷気だ。

 ゆっくり右手を伸ばして、ひなの頭を優しく撫でてあげる。

「日向……くん?」

「さあ、あんな連中のことはもう忘れて帰ろう」

 光が消えていた目に段々色が付き、冷気が収まった。

 俺とひなの間に笑顔の詩乃が割って入ってくる。

「帰ろう~! 今日はこれから楽しいことも待っているんだし!」

「そ、そうだね」

 ひなと腕を組んだ詩乃が歩き出し、俺と妹と藤井くんとでその後ろを追いかけた。


 ◆


 家に着く頃にはすっかり暗くなりかけていた。

 連休は明日までだが、帰省した人や旅行に訪れた人たちは明日には戻るため、今日は花火を打ち上がる。

 会場方面には人が非常に多い上に、母さんのこともあるので家に帰ってきたのだ。

「家だとちょっと遠かったな」

「うん……」

 花火をみんなで見れると楽しみにしていた妹は、思っていたよりも遠い会場に少し落胆した様子。それに気付いたのか、詩乃がとある場所を指差す。

「日向くん。あそこなら花火もよく見えるんじゃないかな?」

「あそこって……こんな日暮れから?」

 彼女が指差したのは、近くの山の上だ。たしかに山の上なら花火も綺麗に見えるだろうけど、すっかり暗くなりかけてて山道が危ないのではないか?

「えっ? 走っていけばすぐでしょう?」

「えっ?」

「?」

「は、走っていく……?」

「凛ちゃんは日向くんが抱いていけばいいし、藤井くんも問題ないでしょう?」

「たぶん大丈夫かな? もしものときはゆっくり追いかけるよ」

「よし~決定~じゃあ行こう! おばさんは私が~!」

「若者達だけで行ってきなさい。私はここで十分よ」

「向こう綺麗に見えると思いますよ?」

「ええ。でも私はここで十分よ。ありがとう。詩乃ちゃん」

 そう言われた詩乃は少し照れた笑みを浮かべて、ひなと妹の手を引いてみんなで家を出た。

 走って行くって……本当に大丈夫なのか?

「さあ、走るわよ~!」

 詩乃が飛び出し、後ろをひなと藤井くんが追いかける。

 このままでは置いて行かれそうなので、急いで妹をお姫様抱っこして追いかける。

「お、お兄ちゃん!?」

「凛。怖いときは目を瞑っていていいからな」

「う、うん……」

 俺の肩に頭を寄せた妹からシャンプの良い香りがふんわりと広がる。

 そういえば、妹をこうして抱っこするなんて何年ぶりだろうか。

「日向くん~ここからは、上から行く・・・・・からね~」

 そう話した詩乃は――――まさかの、森の中ではなく、木々の上を飛んでいく。

 身軽というか、木々の上部を飛んで山の上に登っていく。

 まあ、俺くらいでもできることだから詩乃達ができるのは当然なんだろうけど、いつもなら絶隠密と愚者の仮面で走るから、普段のままでこういう走り方をするのは慣れないな。

 木々の上を飛び跳ねて進んでいる間も花火は大きな音を鳴らしながら夜空に咲いた。

 最初は怖そうにしていた妹だが、音に釣られてそちらに目を向けると、釘付けになる。

「綺麗……」

 妹が満足してくれるなら、ここに来た甲斐があったというものだ。

 いつもの感覚では山を登るのに数時間はかかるイメージだが、木々の上を走ってみると十分もかからないで山頂に着いた。

 詩乃にせがまれて『異空間収納』から椅子やらテーブルやら飲み物やら食べ物やらを取り出して、誰もいない山頂で五人だけのキャンプを開く。

 すぐに目の前に大きな音を響かせて美しい花火が咲いた。

「お兄ちゃん~! 花火だよ~!」

「そうだな!」

 家族だけでなく、仲間たちと一緒に過ごす時間がとても楽しくて、暗闇の空を眩しい光が照らしてくれて、その度に笑顔の仲間たちの顔が見える。

「お兄ちゃん」

「うん?」

「良い仲間ができたんだね」

「ああ。最高の仲間たちだよ」

「うん。これなら私も安心して待ってられるかな~」

「凛……ありがとうな。ずっと心配してくれてありがとう」

「ううん。お兄ちゃんなら絶対に大丈夫だと信じてた!」

「本当か?」

「嘘! ちょっとだけ信じてた!」

「ちょっとだけかよ!」

「えへへ~」

「凛こそ、俺のせいで友達と遊べなかったけど、大丈夫だった?」

「うん! 最近は毎日いろんな友達と遊んでるよ~」

「それはよかった……まさか男友達もいるのか?」

「え~? う、うん。そりゃいるはいるかな……?」

「そ、そっか。その……彼氏とかできたらちゃんと報告してくれよな?」

「彼氏なんていらないよ?」

 即答する妹に思わず苦笑いが浮かんでしまった。

「お兄ちゃんこそ、彼女出来たらちゃんと言ってね」

「か、彼女!?」

「ひぃ姉としぃ姉。どっちが好きなの?」

「どっちが好き!? い、い、いや……そういうのじゃない……よ? だって仲間だし」

「ふう~ん。まあ! 今はということにしてあげる」

「あはは……」

 妹には勝てないな。

 最後の大きな花火が夜空を彩って、連休の終わりを告げた。

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