6話-②

 校則でダンジョンに入るときは制服着用が義務付けられていて、ひなたちも制服姿だ。

 動き回る度に、スカートが風に揺れて、たまに目のやり場に困る。

 その一番の理由が、お爺さんとの稽古で獲得したスキル『注視』。普段は『周囲探索』で周囲を警戒しているのだが、そこに加えて視界での警戒までできるようになった。いや、なってしまった。ひなと詩乃の動き一つ一つがはっきり見えて、体の動き、衣服や武器の動きも全て目に入ってしまう。

「お兄ちゃん? 顔が赤いけど……?」

「はっ! な、何でもないよ!」

「……」

 何かを感じたのか、妹がジト目で俺を見つめる。

 あれだ。ひなも詩乃も俺が見守らないといけないほど弱くない。二人の強さは間近で見てきたから知っているので、視線を外すように意識を傾ける。

 ゆっくりとダンジョンの奥に向かって進む。

 景色は変わらないけど、意外にも都会のダンジョンよりも人が多くて、探索者たちの戦う姿を見て目を輝かせる妹。

 ひなと詩乃と比べるのはよくないだろうけど、やはり二人の圧倒的な実力で倒す姿は、他の探索者では見ることができない。

 みんな三~四人で隊列を組んで、狸魔物の注意を引きながら戦っている。

 中には大きな盾を持って攻撃を受けながら、他のメンバーが攻撃をするパーティーもいた。

 そう思うと、うちのメンバーはある意味統率が取れていないような気もする。

 ひなと詩乃が強いからこればかりは仕方ないような気も……。

「それにしても人が多いな。意外だな」

「ん? 意外?」

「ああ。いつも俺たちが入っているダンジョンって、あまり人がいないから。ボス部屋とかで待っているパーティーは多かったりしたけど……」

「そうかな……? ここもそんなに多い感じはしないけど……まあ、Eランクダンジョンだと都会よりは人が多いかもね。Eランクダンジョンってあまり来ないからね」

「え~宏人お兄ちゃん? Eランクダンジョンってあまり来ないの?」

「そうだよ~Eランクだとあまりレベルも上げられないし、素材も格段に高いわけじゃないからね。どちらかと言えば、劣悪な環境のDランクダンジョンが一番稼げじゃうから、目的からしてもEランクダンジョンの需要は少ないんだ」

「ほえ~でもここはいいんだね?」

「もしかしたら田舎だからかな? あと、調べた感じEランクとDランクダンジョンが一つずつしかなかったから、Dランクダンジョンはもっと混んでるんじゃないかな? 劣悪な環境じゃなければね」

「そっか……劣悪な環境ってどんな感じなの?」

「う~ん。うちの高校の近くだと、雪原とかあるよ? すごく寒いとこなんだ」

 あはは……何だか二週間もダンジョンに行けなくなって懐かしさすら感じるD46だな。

 ひなと詩乃のもふもふの服を着ている姿を思い浮かべる。妹が着ても可愛いと思う。

「じゃあ、入るときはいろいろ準備しないといけないんだね?」

「うん。だから探索者にとってはマジックバッグがすごく重宝するんだ。材料費や製作費が高いのもあって、中々買えないからね。ちなみに、さっき言った雪原のダンジョンは、素材の使い道もあまりなくて、安くて人気がないんだ。たしかフロアボスの素材は高かったような?」

「そっか……素材の使い道で差も出るんだね」

「それに素材を解体するのも大事なんだ。中には解体や荷物を持ち運ぶのを専門にするポーターって職業もあって、上級パーティーともなるとポーターの存在もすごく大事だからね。快適に戦うのも大事なのさ」

「ふむふむ……あれ? お兄ちゃんってポーターの授業を受けたって聞いたけど……」

 二人が俺を見つめる。

「ああ。見ての通り、二人はすごく強いからな。俺にできることをやれたらなと思ってな」

「ひぃ姉たちすごいもんね~シュッ~って飛んで、ひゅっと斬って、すぐ倒してるもんね」

「おかげで換金額も多いんだ。――――凛」

「うん?」

「――――納得してくれたか?」

 俺の質問に、妹は一瞬ポカーンとして、少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる。

「うん……!」

「いつも心配してくれてありがとうな。凛」

 右手を伸ばして妹の頭を優しく撫でてあげる。

 優しい妹だ。意味もなくダンジョンに入りたいと言わないことを知っている。

 それでも意を決して来たがってたのは、俺が普段ダンジョンに入って何をするのか、メンバーたちとの関係性やダンジョン内での行動を見ておきたかったんだと思う。

 この短期間で妹の優しさを知ったひなと詩乃も、今朝の妹を応援したんだと思う。

 ひなと詩乃がどんどん倒しながら、俺たちはより奥に進んだ。

 ボス部屋への入口は、竹林にとても似合う鳥居が門になっており、そこに繋がる石階段が数段作られている。ただ、鳥居の奥の景色は何もない竹林が映っており、トリックアートのようになっている。

 ちょうど入口前を狸魔物が通りかかる。

「日向お兄~ちゃん!」

 詩乃がいたずらっぽく笑みを浮かべて俺の右手に抱き付く。

「ど、どうしたんだ?」

「せっかくなんだから、お兄ちゃんのかっこいいとこ、見たいな~」

 その後ろに期待の眼差しで見つめる妹の姿に、ここに来た理由の一つに、俺もどんな感じなのか見ておきたかったんだろう。でも危険だから中々言えずにいたようだ。

「わかった」

 Dランクダンジョンまでなら俺でも戦える。妹に心配かけないように、俺もダンジョンでやっていけることを見せないとな。

 ボス部屋前に鎮座する狸魔物に一気に近づいて蹴り飛ばす。

 全力で蹴り飛ばしたからか、魔物が遠くに吹き飛ばされた。


《スキル『魔物分析・弱』により、魔物『ムロ』と判明しました。》


《弱点属性は風属性です。レアドロップは『極小魔石』です。》


「あれ? お兄ちゃんが消えたと思ったら、魔物が消えたよ? しぃ姉」

「あはは……凛ちゃんには消えたように見えたのね。私も目で追うのがやっとだったわよ? えっとね、これがこうなって、あれがああなって」

 詩乃が妹に何かをコソコソと伝えると、妹の目が大きく見開いた。

「さあ~! 次はフロアボスね。また日向お兄ちゃんの活躍が楽しみ~!」

 詩乃に背中を押されてボス部屋に入った。

 ボス部屋は、D46と同じタイプの待機場からボス部屋に入る仕組みになっている。

 待機場には外同様に多くの人が中央の通り道を除いて、周りにレジャーシートなどを敷いて、のんびりと時間を過ごしていた。

「人がいっぱい~」

「ここは待機場だね」

「ボス部屋に再度入る待ち時間だよね?」

「そう! 凛ちゃんは賢いね~」

 詩乃に頭を撫でられてご機嫌になる妹。

 ダンジョンの説明なんて今朝さらっと聞いただけで、それらを全部覚えてしまうんだから自慢の妹ではある。

 それだけ妹もダンジョンに対して向き合おうとしてるんだな。

 ひなの銀色の髪や整った顔立ちはどこでも目立っているのもあるが、それに負けじと可愛い詩乃。その間に二人と手を繋いで歩く妹も負けじと可愛い。

 毎日一緒に過ごしてきた妹だからこそ気付かなかったけど、二人と並んで歩くとますます彼女の可愛さが際立つ。

 ただの妹バカではなく、俺が他人だとしても同じことを思うはずだ。

 それを示すかのように待機していた探索者たちの視線が凛たちに集まる。

 中にはひそひそとどの子が一番好みかなんて話してるパーティーもいた。

 開いた中央の通り道を歩いてボス部屋に入る魔法陣の上に乗る。

 景色が変わり、夜の竹林ステージが現れた。

 空の上に満月が浮かび上がっており、広いスペースを囲うように竹がぐるっと生えている。

 ここがボスとの戦うステージだと示しているようで、そう思うと俺がよく通っているE90のボス部屋と同じ構造になっている。竹が壁の代わりになっているだけだ。

 その気になれば、乗り越えて後ろに進める気もするけど、それをするメリットはなさそう。

 ボス部屋の中央には、ひときわ巨大な熊が仁王立ちしている。

 巨大熊の前に立つと、赤い目を光らせて鋭い視線で俺を睨みつける。

「グルァアアアアアア!!」

 音圧だけでもここまで届く。

「しぃ姉……? 本当に大丈夫かな……?」

「うん。大丈夫。日向くんはすごく強いから」

 後ろから妹の声が聞こえてきたが、ひなと詩乃、藤井くんがいれば守りは安心できる。

 背中を任せるのとはまた違う感覚。守りたい人を守ってくれるという安心感。

 思い出すのは初めて入ったダンジョン。ティラノサウルスとの戦いだったり、死にかけたけど、帰るべき場所があったから生き残ることができた。その場所こそが妹であり、家族の下だ。その居場所を信頼できる仲間が守ってくれる。これが……仲間というものなんだな。

 一気に加速して、巨大熊の足元から全力で蹴り上げる。

 バゴーンという音と強烈な衝撃波が周りに広がり、竹が凄まじい勢いで後ろに倒れていく。

 今までならただ叩くだけだけど、武術をより使えるようになったことで、相手を吹き飛ばさずに体内にダメージを与える攻撃が成功した。

 巨大熊がその場で倒れ込む。


《経験により、スキル『武術』が、『武王』に進化しました。》


《スキル『魔物分析・弱』により、魔物『メリナ』と判明しました。》


《弱点属性は風属性です。レアドロップは『熊胆丸ゆうたんがん』です》


「お兄ちゃん~! かっこいい!!」

 すぐに後ろから妹の声が聞こえる。

 手を振ってすぐに魔物をマジックバッグに入れるフリをしながら素材解体を同時に行う。

 そういえば、今まで俺の力になってくれた『武術』が進化した。ただ使うだけじゃなくて、目線だったり、いろんなことを試して進化してくれたのは嬉しい。

 これも先日のお爺さんとの稽古のおかげで、感謝するばかりだ。

 ひなも詩乃も妹もすごく喜んでくれて今日のダンジョンでの狩りは終わりを迎えた。ただ、藤井くんだけが目を丸くしていた。

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