6話-①

■ 第6話





 ゴールデンウイークという長い連休。母さんは仕事だったり、休みだったりして、ときには大型タクシーに乗り込み恵蘭町から少し離れた海が見える場所に遊びに行ったり、ショッピングモールに遊びに行ったりとみんなと楽しい時間を過ごした。

 楽しい時間はあっという間に終わり、恵蘭町で過ごす最後の日になった。明日の朝早くにはまた誠心町に戻ることになる。

「今日は連休最後だし、凛がやりたいことを優先にしよう」

「ほえ?」

 気が抜けた返事をする妹がまた可愛い。

「そうね。ずっと私たちの観光ばかり回っていたからね」

「ふふ。凛ちゃん。どこか行きたいところない?」

「う~ん。ないことはないけど……」

「凛。どこでもいいぞ? お金とか心配しなくて大丈夫だからな?」

「それは知ってる……お兄ちゃんが頑張ったからなのも……だからこそ、行ってみたいところがあるの!」

 両手を祈るように重ねた妹は、俺の目を真っすぐ見つめてきた。

「お兄ちゃん!」

「うん?」

「私――――お兄ちゃんと一緒にダンジョンに行きたい」

「ええええ!? ダ、ダンジョン!?」

「うん!」

 次第に目を輝かせる妹。

 けれど、妹はまだ中学生であり、去年までの俺と同じく、ライセンスも付与していない。

 ライセンスがない者はダンジョンに入ることも不可能だ。

「凛? 年齢もそうだけどライセンスもないし、入れないよ?」

「え~! でもお兄ちゃんは入ったんでしょう? 『絶隠密』? ってスキルを使って、最初にダンジョンに入ったって!」

 ダンジョンE117に入ろうとしたときに、入口を守っている軍人さんに止められている。

 それをどうやって潜って中に入ったのかも話してしまったのがいけなかった。

「私……お兄ちゃんがダンジョンでひぃ姉たちとどんな風に戦っているのか見てみたいの! この前、お兄ちゃんがナンパ男たちをボコボコにしたところもかっこよかった! 来年まで待てないよ!」

「凛……」

「それにお兄ちゃんもひぃ姉もしぃ姉も宏人お兄ちゃんも強いんでしょう?」

「いや……俺はそうでもないんだが……」

 ひなと詩乃が妹の左右にやってくる。

「「お兄ちゃん~」」

 二人は凛の真似をする。

「詩乃にひなまで……」

「Eランクダンジョンなら大丈夫だと思うよ? それに、私とひなちゃんがいれば、ライセンスなしでも入れさせてくれると思うよ?」

「ん? そうなのか?」

「うん! Sランク潜在能力者が二人もいるんだし、Fランクでもライセンスなしでも一緒に入れてくれると思う」

 てっきりライセンスがなければ絶対に入れないと思っていた。

 そういや、俺も彼女たちも一緒にダンジョンに入るときに、ライセンスを確認されたりはしないもんな。

「わかった。ただ、一つだけ約束してくれ。絶対に勝手に飛び出したり、戦おうとしないこと」

「うん! 約束する!」

「はあ……まさかダンジョンに行くことになるとはな……藤井くんも大丈夫か?」

「僕も大丈夫だよ~念のため武器も持ってきてるから」

「そっか。じゃあ、今日はせっかくだし、恵蘭町にあるダンジョンに行ってみようか」

「「「うん!」」」

 詩乃とひなからダンジョン内で注意しなくちゃいけないことを説明され、正座をして真剣な表情で聞く妹。

 俺は藤井くんのスマートフォンを使い、恵蘭町にあるダンジョンを調べた。

 ダンジョンは全部で二つあり、Eランクダンジョンが一つ、Dランクダンジョンが一つだ。

 調べが終わったタイミングで説明も終わったようなので、その足で俺たちは恵蘭町にあるEランクダンジョンに向かった。


 たどり着いたダンジョンの前は意外にも探索者たちで賑わっていた。

 俺が普段通っているダンジョンはほとんどが過疎っているのに、ここはかなり大人数の探索者たちがダンジョンから出入りしている。

「リーダー! 作戦はどうするの?」

「そ、そうだな。凛の守りを中心にする。今回は前衛二人と守り二人にして、タイミングを見て交互にチェンジしながら進もうと思う」

「「「了解!」」」

 目を輝かせて見つめる凛に、少しだけこそばゆい気持ちになる。

 誰かに指示を出すって慣れなくて……けれど、特別教育プログラムではそれが功を奏して先輩に勝つことができて得られるものも多かった。

 俺が何かを指示しなくても彼女たちなら余裕だとは思う。けど、強い彼女たちが本来の実力を惜しみなく発揮できるようのびのび活動させられたら一番の理想だ。

 作戦を簡単に確認して、ダンジョンの中に向かう。案の定、入口で軍人さんに止めされた。

「止まれ」

「は~い。こちら、探索者ライセンスです」

「どれど……Sランク!? しかも二人!?」

「はい。友人のキャリーに訪れました」

「ど、どうぞ!」

 軍人さんの驚く声に回りの人たちの注目も集まったが、相変わらずひなも詩乃も顔色一つ変えずに、凛の手を引いて中に入っていく。

 俺と藤井くんもその後を追いかけた。

 E198の中は、腕くらいの太さはある竹が並んでいる竹林ステージだった。

 葉っぱはそう多く生えてないのもあって、青空が見える。自然の竹林って所狭しと生えているのだが、こちらのステージはかなり開かれている。

 おそらくEランクダンジョンとして簡単なステージであるからだと思われる。

「ほえ~ここがダンジョン……」

「凛ちゃん~初めてのダンジョンの世界へようこそ~」

「わい~!」

 詩乃と凛が可愛らしくぴょんぴょんと跳ねる様は、俺たちだけでなく、周りの探索者たちも微笑ましく見つめていた。

「でも魔物はすごく強いから気を付けてね? きっと日向くんは軽々と倒すと思うけど、それは魔物が弱いんじゃないからね?」

「わかった!」

 いや、俺というより詩乃たちが強いから……。

「さあ~行ってみよう~!」

「楽しみ~!」

 あれだけ注意されていたのに、まるでピクニックにでも来たかのようなはしゃぎっぷり。

 ただ、けっして飛び出したりせずに、俺が動くまで隣から前には出ない。

 しっかり者の妹らしいというか、これなら安心できるな。

 ダンジョン一層を歩き始めると、前方からのっそりと歩いてくる大きな生物がいた。

 姿は狸なのだが、サイズが俺が知っている狸よりも二倍は大きい。全長一メートルは超えてそうで、鋭い爪と牙も伸びていて、魔物であることは一目瞭然だ。

「日向くん。私たちが先に出ていい?」

「ああ。よろしく頼む」

「任せて!」

 相手の強さを知らないため、最初はひなと詩乃が二人同時に前に出る。

 お互いにマジックバッグから武器を取り出して、お互いがぶつからないように左右に分かれて魔物に仕掛ける。

 彼女たちに反応した狸魔物がキャーと甲高い鳴き声をあげて、詩乃に向かって前足で反撃をする。

 魔物の注意を詩乃が引いている間に、後ろからひなが刀を振り下ろす。

 風を斬る音が響いて、たった一刀で魔物の体が半分に分かれた。

 最初こそ口を手で押さえながら視線を外した妹だったけど、またすぐに魔物を見つめる。

 倒された魔物の断面というのは、ダンジョンに入るようになって何度も見ている。だからなのか俺はすっかり感覚が麻痺してしまったようだ。

 ただ、ここはダンジョン。そんなことで悩んでる場合じゃない。

 常に妹の身に危険がないようにスキルを総動員して周りを警戒する。

「日向くん~Eランクらしい魔物だよ~一人でも十分だと思う」

「わかった!」

「じゃあ、ひなちゃん~どっちが凛姫の前で多く獲物を倒すか、勝負しよう!」

「負けないっ!」

 それから凛を中心に離れすぎず、二人は圧倒的なスピードで駆け回り、狸魔物を狩り始めた。

 他の探索者たちも彼女たちの動きを見て、思わず見惚れていた。

「しぃ姉もひぃ姉もすごい!」

「ああ。二人ともすごく強いからな」

「すごいね。あの魔物ってそこそこ速いと思うんだけど、一切寄せ付けないのはさすがだね」

 そういえば、藤井くんも彼女たちの戦いは初めてみるよな。

 ふと見た藤井くんは、弓を持っていた。白い本体が美しいが、一つ気になるのは、弓なら当然のように付いているはずのつるがないこと。さらに、今まで探索者たちの中に弓使いを何人か見たことがあるけど、みんな矢筒を持っていたが、藤井くんは持っていない。

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