5話-②

「駅周辺にいろんな施設があるから、まずはそちらに行ってみよう~!」

 当然、妹がみんなを先導してくれる。

 俺と藤井くんは三人娘の後ろを追いかけていく。

「昨日はバタバタしてたから気付かなかったけど、のどかな景色だね~」

「ああ。田んぼばかりだけどな。あと車」

「ふふっ。そうだね。歩いてる人はあまりいないかな? そういえば、ダンジョンはないの?」

「確か二つくらいあった気がするけど、行ったことはないかな」

「そっか。せっかくならここでダンジョンに入ってみるのもいいかな?」

「ぜひそうしたいんだが……俺達がダンジョンに入ってことは妹が一人ぼっちになってしまうからどうしようかなと悩んでるんだ」

「そっか。凛ちゃんってまだ中学生だったもんね。しっかりしてるからそんな感じしないな~」

「ああ見えて寂しがり屋だから、あまり一人にはしたくないかな」

「そうだね。仲間外れはよくないから。それにせっかくの休日だし、ゆっくりするのがいいか」

「ああ。そうしよう」

 駅前に着くと、田舎とはいえ一番の繁華街というだけあって、中々の人波ができている。

 大型ショッピングモールには家族連れが多く、その他のアミューズメント施設には若者が集まっているのが見える。

 そんな中、やはりというべきか、昨日同様に周りの視線が俺に突き刺さる。

 ひな達も視線を感じたのか周りを見回したりしている。

「日向くん? 大丈夫?」

「ああ。大丈夫……だ」

 実はまだ少しだけ頭痛がする。こうなるとわかっていながらも、それに対策一つできない弱い自分が情けないなと思う。

 いつもならここで逃げ出したり、家にこもっていたはずだ。ただ、今は違う。俺には仲間がいる。ひな、詩乃、藤井くん、妹。みんなが一緒にいてくれる。

 想像するのはダンジョンに入ったときのこと。

 強力な魔物が犇めく場所に何度も立ち、挑み続けた。

 レベルが上がることはなかったけど、スキルを獲得すれば少しは戦いやすくなり、弱いと思うけど最弱魔物なら倒せるようになったり、ひな達という仲間までできた。

 そう思うと――――不思議と何一つ怖くない。

 だって、ダンジョンでは魔物から放たれる殺気に何度も立ち向かった。それに比べれば、ここにいる人々から向けられる視線は大したことはない。

 ああ……そんな簡単なことだったんだ。誰かの視線を気にしながら生きていただけの自分。弱いままだった自分。変わろうとしなかった自分。それに気付かず、誰かのせいにしたかった自分。でも今の俺にはどう向き合えばいいのか答えを出すのは、とても簡単なことだ。

 いつも見ていた黒い地面の景色から大勢の人がこちらを睨みつける景色へと変わる。さらに視線を上げると高いビルの隙間からどこまでも広がっている青い空が見える。

 世界は広い。自分が上を向いていれば可能性だって無限大だと思う。

 初めて自分の足でダンジョンに入ったことで、スキルを獲得して変わった自分。

 だから自分の足で進んだ。前を向いて。

「みんな。行こうか」

「お兄ちゃん? 大丈夫……?」

「ああ。心配かけてごめんな。凛」

 手を伸ばして心配そうな表情を浮かべた妹の頭を優しく撫でる。

 少しずつ表情が和らいだ妹は次第に笑顔になった。


《経験により、スキル『絶望耐性』を獲得しました。》


 スキルさんまで俺に力を貸してくれるんだな。いつもありがとうな。

 相変わらず俺には冷たい視線が向くが、そのどれも気にならないようになった。

 妹と何年かぶりに一緒にショッピングモールに堂々と入った。

 中は予想していた通り、広大な廊下を埋め尽くす大勢の人波ができている。

「すごい人だかりだね~」

「噂で聞いていたけど、田舎のショッピングモールってこんなにもすごいなんて……」

 ひなも詩乃も田舎は初めてくるらしく目を丸くして珍しいものを見るように回りを見つめる。

「海外の田舎は何度か行ったけど、こんなに人が集まっている場所はないからね」

「日本特有って感じなのか?」

「たぶん? 普段の週末もこんな感じなの?」

「そうだな。連休だからもっと増えてるけど、週末もこんな感じだよ」

 ふとショッピングモールの上を向いたひなが不思議そうにする。

「日向くん? 一番上って人が少ないようだけど、何があるの?」

「あ~最上階は探索者用の高級フロアのはずだ。俺も行ったことはないから詳しくはわからないんだけど」

「ひぃ姉としぃ姉ってこういう場所は来ないの?」

「初めてかな~」

「初めてだよ~」

 あはは……ショッピングモールに高校生になって初めてくる人って、映画の中だけの話かと思ったら目の前にいた。

「じゃあ! 案内してあげる~!」

「よろしくね~凛ちゃん」

 一階の入口から順番にテナントを見回る。必ず中に入るわけではなく外から眺めながら通り過ぎたりする。

 中でも雑貨屋には目を光らせて中に入っては可愛らしい小物に黄色い声を出す三人がとても微笑ましい。

「藤井くんもショッピングモールとかは来ないのか?」

「そうだね。初めてってわけじゃないけど、すごく久しぶりかな? 僕が行ったことある場所はこんなに人が多くはなかったけどね」

「「可愛い~」」

 妹に純白色のカチューシャを付けると二人はすぐに黄色い声を上げた。

 確かに……可愛い。

「子どもっぽくない?」

「全然! とても似合ってるよ~」

「う~」

 妹がチラッとこちらを見る。

「凛。すごく似合ってるぞ」

「ほんと!?」

 喜ぶ妹の後ろで詩乃がピースサインをする。さすが詩乃だ。こういうファッションセンスは彼女に勝る者はいない気がする。

 みんなで服を買いに行ったときも、詩乃がいろいろコディネートしてくれていた。

「じゃあ買おうかな~」

 財布を出そうとする妹の手を急いで止める。

「凛。俺といるのに財布なんて出さなくていいぞ」

「お兄ちゃん……」

「こうしたくて頑張ったんだから、少しは頼ってほしい」

「うん……」

 それにしてもカチューシャなんて初めて買うけど、ダンジョンで稼いだ額から比べるとずいぶんと安い。

 食べ物の値段からしても稼いだ額が非常に多いのは理解していたつもりだけど、こうして買い物をするとすごく稼げるようになったんだなと実感する。

 まあ、そんなことよりも、こうして嬉しさが顔に全面的に出ている妹を見れただけで、頑張ってダンジョンに挑戦したのは大正解というものだ。

 それからまたショッピングモールをぐるっと回る。

 行く先々では、ひなの銀髪が目立つのか多くの人の注目を集めたり、彼女達の美貌に写真を撮らせてくれという人まで現れるほどだったが、それらは全て断った。

 特別教育プログラムのときに獲得したスキル『視線感知』のおかげか、ひな達を盗撮しようとする視線まで感じられて、全て事前に止めている。

 インターネットで見かけたことはあったけど、こうして盗撮まがいなことをする人が多いとは思わなかった。

 一階にはテナントやスーパーがあり、二階にはフードコートやアミューズメント施設が並ぶ。

 若者が多くて、通り過ぎるひな達に「可愛い~!」や「モデルさんみたい!」などの黄色い声を上げていた。

 三階は少し高級なフロアになっていて、一階にあるお手頃価格の服屋とは違い、デザイン性に優れた服を売っている店や宝石店などが並ぶ。それもあって、若者や家族連れはほとんどなく、カップル達で賑わっていた。

「凛。宝石とかほしいか?」

「え~? いらないよ?」

「値段なら――――」

「いらない」

「そ、そうか」

「うん。いらない」

 きっぱりと断る妹。女性は宝石を好むなんて言われていたから、妹が欲しがるなら何か贈ってもいいかなと思ったけど、いらないみたいだ。

 三階の高級フロアはひな達には見慣れた光景なのか一階二階ほど興味は示さない。

 最上階の四階に上がる。

 三階とも違い、人はぐっと減っている上に、店の数もそう多くない。代わりに一つの店の広さが広く、全ての商品がケースの中に入っていて手に取ることもできない。

「魔道具充実してるね~」

 周りを軽く見回した藤井くんが声を上げる。さすがは魔道具屋を営んでいる家のご子息。

「お兄ちゃん? こんなところまで見るの?」

「ああ。今日ここに来た一番の目的はここだからな」

「えっ? そうなの?」

 不思議そうにする妹を連れて、とある店に入っていく。

 正装をした店員さんが丁寧に頭を下げて歓迎してくれる。白い手袋を嵌めているのは魔道具を大事に扱うためなのがわかる。

「こんにちは。本日はどのような魔道具をお探しでしょうか?」

「マジックバッグを探しています」

「マジックバッグでございますね。使われるのはダンジョンでしょうか、普段の生活でしょうか?」

「普段の生活で、彼女が使います」

 そう言いながら妹を示すと、ニコッと笑った女性店員さんはすぐに案内してくれた。

 マジックバッグは魔道具の中でももっとも広く使われている魔道具である。

 機能性重視と書かれた案内板にはリュックタイプのマジックバッグが並んでる。マジックバッグの弱点としては、生地に穴が空いた場合、マジックバッグとしての効能が消えてしまうという弱点がある。それもあって、機能性を重視した分厚い作りになったリュックタイプが探索者にはよく愛用されている。

 それとは別に日常で使うタイプのマジックバッグはファッション性を重要視した作りになっていて、可愛らしいデザインからかっこいいデザインが多い。種類もたくさんあって、手財布タイプ、手提げバッグタイプ、腰掛けバッグタイプなど、形は様々で欲しい形なんて簡単に見つけられそうだ。

「詩乃。ひな。凛に似合いそうなものを見繕ってもらえるか?」

「任せて~!」

 詩乃が目を光らせてマジックバッグのところに走り、ひなが妹の背中を押して詩乃を追いかける。肝心の妹はポカーンとして俺を交互に見ながら、ひなに連れられて行った。

「ふふっ。凛ちゃん可愛いね」

「うむ! 宇宙一可愛いと思う!」

「ぷふっ。でも凛ちゃんと会うとその良さがわかるな。凛ちゃん可愛いもの」

「妹はやらんぞ……?」

「いや、恐れ多すぎるよ? それにたぶん凛ちゃんと僕がそういう関係になる未来は一生来ないと思う」

「…………」

「僕じゃなくて凛ちゃんが興味なさそう」

「そっか。それがちょっと悩みではあるんだよな……彼氏とかできて欲しくない気持ちと、できない妹に心配な気持ちと……」

「娘さんを思うお父さんかっ!」

「あ~なんか、気持ちがわかる気がする~」

「ほらほら、可愛い凛ちゃんが見て欲しいみたいだよ~」

 いろんな種類を試して最後に選んだのは、白色の生地に黒色の花柄の刺繡が入った可愛らしいショルダーバッグだった。

 こう見ると妹は本当に白色が似合うなと思う。

「凛。すごく似合ってる」

「ほんと……?」

「ああ。元々可愛いのに、可愛いアクセサリーなんて付けたら、本物の天使様みたいだ」

 恥ずかしそうに下を向く妹がまた愛おしい。

「こちらのマジックバッグを買います」

「かしこまりました」

 会計は、右手の甲に刻まれている探索者のライセンスで支払いをする。ライセンスの中には通帳と同じ効果があり、ライセンス内に入っているお金から直接支払われる。

 ダンジョンで稼いだ額のほとんどがライセンスに入っている。パーティー基金として運営しているが、ひな達の好意で俺の好きに使って欲しいということで、事前に妹のために使いたいということは相談している。

 二人とも快く承諾してくれて今に至る。

「ご購入ありがとうございます」

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