17話-①
■ 第17話
家の外から鳥のさえずりの音が聞こえて目を覚ました。
スキルのおかげで最近は眠る時間が短くても熟睡できるし、眠ろうと思うと七時間しっかり眠ることもできる。
感覚的には三時間寝ても七時間寝ても変わりはないが、ダンジョンに入れない今は七時間眠った方が時間調整がしやすくて助かる。
藤井くんは穏やかな寝息を立てて眠っている。
隣の部屋からもひな達の気配が感じられて、静かに眠っているようだ。
静かにベッドから起き上がり、一階のリビングに降りる。
「おはよう。日向」
「おはよう。母さん」
昨日は誰よりも早く眠った母さん。誰よりも早く起きるのは変わりないな。
「早いわね? もっと寝てていいのよ?」
「大丈夫。しっかり眠れてるよ」
「そう? 確かに血色はいいし、ずいぶんと体も鍛えられたわね? ダンジョンに入った効果なのかしら?」
「うん。相変わらずレベルは0だけどね……」
「そっか……でもレベルが0という割には、ずいぶんと逞しくなったわね。母さんびっくりしちゃったよ」
「そ、そう?」
「そうよ? 詩乃ちゃん達に驚いててタイミングがなかったけど、日向の変わりように一番びっくりしたんだから」
「あはは……自分ではそんな感じはしないけどな」
ソファの隣に座ると母さんはおもむろに俺の胸元をベタベタと触ってくる。ちょっとくすぐったい。
「筋肉の密度はそれほど上がってはいないわね? でも何だか凛々しくなったのよね……」
「ダンジョンでいろいろあって、少しだけ強くなったからだと思う」
「ふう~ん…………そっか~うちの日向も大人になっちゃうのか~」
天井を見ながら溜息を吐く母さんに、いつまでも子どもじゃないなんて台詞は言えなかった。
「母さん。これ、渡したかったんだ」
「ん?」
『異空間収納』の中に入れて置いた紙袋を取り出して、母さんに渡す。
「あらあら? 息子からプレゼントかしら~」
ニヤニヤしながら紙袋の中身を開いた母さんの表情が――――一気に曇った。
「日向。これはなに?」
「えっと、ひな達とダンジョンで稼いだお金だよ」
「…………そのお金をどうして私に?」
「仕送りだよ?」
「…………」
紙袋をぎゅっと閉じた母さんは、そのまま俺の足の上に紙袋を置いた。そして、真っすぐ俺を見つめる。
「日向? あんたまさか……こんなことをするために探索者になりたかったの?」
「え、えっと…………そ、そうだね。家賃とか母さん一人で払うの大変でしょう? 俺も稼げるようになって少しでも楽に……」
「っ…………まさか息子にそんな心配をかけてしまうなんて……私、本当にダメな母ね」
「母さん!?」
「ちょっと待ってなさい」
そう言いながら母さんは自分の部屋に向かうが、階段の前に立つと上を見つめる。
「凛ちゃん。貴方も下に降りなさい」
「う、うん!」
階段の上から寝起きの声が聞こえて、ゆっくい妹が降りて俺の隣に座った。
母さんの迫力にお互いに挨拶も忘れて待っていると、母さんは通帳を持ってやってきた。
「あのね? 日向。凛ちゃん。これは母さんの通帳なの。まさか二人がこんなにもいい子どもに育ってくれたとは思わずに、お金の心配をしてくれているみたいだけど、違うのよ。お金にはまったく困ってないの」
そう言いながら開かれた通帳には、事細かなお金の動きが書かれていた。
一つ気になることは――――相当な額だと思われていたローンの引き落としがまったくない。
うちの家は、俺が六歳、妹が五歳のときに引っ越してきた。それまでは小さな部屋が二つあるアパートに住んでいたのだけれど、急に家を建てちゃったと嬉しそうに話した母さんに連れられて初めてきた家は、夢のようだった。
だからか、そのときの記憶は今でも鮮明に覚えている。
それから高校生になるまで、家賃のことはいっさい聞かなかったけど、まだ建てて十年しか経ってない家に家賃やローンがかかると思っていた。
なのに、通帳に引き落としの記載は見当たらない。
「まずね? 母さんのお仕事は知ってるよね? ちゃんと二人の生活費だったり、大学に行かせるくらい簡単なくらい稼いでいるわよ?」
大人が一か月どれくらい稼ぐのかくらいは調べているので大体の額は知っている。そこから比較したとき、母さんの給料はかなり高い部類だ。
むしろ……母さん、こんなに貰ってるんだと驚くほどである。
都会の部屋事情を調べたときに俺の部屋が広かったり、風呂が広かったりして珍しいなとは思っていたけど、少し納得がいく。
「それにね? 家賃なんてかからないんだよ? だってこの家――――一括で建てたんだから」
「一括……母さんすごいね」
「ふふっ。残念。私じゃないのよ」
「母さんじゃない?」
「この家を建てたお金って――――貴方達のお父さんのお金なのよ」
「「お父さん!?」」
あまりにも意外な答えに妹と一緒に驚いてしまった。だって、母さんの口から父さんのことを話すなんて聞いたことがなかったから。
「母さん? 父さんって……生きているの?」
「ん? う~ん。わかんない」
「わかんない!?」
「そうなの。生きているのか、ダンジョンで遭難しているのか、まったく連絡もないし、私の連絡先も知らないと思うし」
まさかここで父さんのことを少しでも知ることができるなんて驚きだ。妹も同じ思いのようで目を光らせている。
俺達兄妹には一つ決め事がある。それは、『母さんに父さんのことを聞かないこと』だ。
物心ついた頃に母さんに父さんの存在を聞いたとき、母さんは酷く悲しそうな笑顔を見せてくれたのを覚えている。
あそこまで悲しむ母さんを見たことがなかったから、俺にとっては強烈な思い出となった。妹にもそのことを伝えて二人で決めた。それからは一度も父さんのことは聞いていない。
だからこそ、母さんが父さんのことを話してくれるのが少し嬉しくなる。
「ママ! パパのこと、もっと聞きたい!」
「あら? 二人とも、お父さんのことは興味ないんじゃなかったの?」
「違うよ! 興味ないんじゃなくて……聞いたらママが悲しむかなと思って……」
「そうだったの……ごめんなさい。私ったら二人がこんなにも優しく育ってくれて甘えてしまってたわね。ちゃんと伝えるべきことは伝えないとね…………じゃあ、お父さんについて、私が知ってる範囲で話すね?」
「うん!」
俺は隙間を見てテーブルに置かれたポットからお湯を汲み、お茶を入れる。
深呼吸をした母さんが父さんのことを話し始めた。
「実は、私もあまりあの人のことはわからないの。お互いに一目惚れで、私に両親がいないのは二人も知っていると思うんだけど、向こうの両親のことも何も知らないわ。たまたま田んぼに転がってるところを拾ったの」
「拾った!?」
「ふふっ。拾って世話をしてあげたら何だか愛着が湧いちゃって。それで、あの人は過去のことは話したくないみたいで何も教えてはくれなかったし、私もまったく興味なかったわ。悪い人じゃないことだけはわかってたから。数年くらい一緒に暮らしてたけど、名前しかわからないわね。何なら苗字もわからないわね」
鈴木という苗字は母さんの苗字なのは知っていたが、まさか父さんの苗字も知らないなんて驚きだ。それに戸籍謄本とかに父の欄は空欄になっている。
てっきりいろいろ複雑な事情があると思ってたけど、俺が思っていた複雑な事情とは少し違う複雑な事情があるようだ。
「あの人について知ってるのは、仕事が探索者ってことくらいかしらね」
「父さん……探索者なんだ……」
「そうよ。だから日向が探索者になるために誠心高校に合格したって言った日は、やっぱりそうなるのねって思ってしまったのよ」
俺が誠心高校を勝手に受験して合格したのを報告したとき、母さんはすんなりと許可してくれたのを覚えている。母さんの中で俺と父さんが被って見えてたんだね。
「でも探索者という割には強そうには見えなかったけどね。私と数年一緒に住んで、仕事に出掛けてくるっていって一年後に戻ってきて、また一年くらい一緒に住んでからまた一年くらい仕事に行ってまた戻って、三回目に出掛けてからは帰ってこないわ」
さらっと帰ってこないと言えるところで母さんと父さんの関係性が少し見えた気もする。
「あの人、見た目と反して凄腕の探索者だったみたいで、お金はすごく持ってたの。出産費用だったり、貴方達が赤ちゃんの頃の生活費だったり、全部お父さんのお金で生活していたのよ。それでも余りすぎてアパートじゃなくて家まで建てちゃったのよね。だからね? 家のお金の心配はしなくて大丈夫よ? 日向」
「そう……だったんだね。ごめん。母さん」
「ううん。こちらこそごめんなさい。まさか日向がそういう悩みを抱えているとは思わなくて……だからそのお金は可愛いお嬢様達のために使ってちょうだい。あとは凛ちゃんにもね?」
「わかった。でもそのためのお金はもう取ってあるから大丈夫だよ」
「かなりの大金だったのに……ダンジョンってそんなに儲かるの?」
「俺というよりひなと詩乃がすごく強いんだ。それに二人とも収入は分けなくていいって言ってくれて、ありがたいことに素材は全部俺が貰ってて、ちゃんとパーティーの資金は残しているけど、それでも額はすごい額になってる」
もしどうしてもお金が欲しいなら、
「何だか日向が父さんに似てきてる気がするわね……お金いっぱい持ってて探索者で、でもヒモっぽく見えちゃうのよね」
「…………」
肝に銘じておこう。ちゃんと俺にできることを頑張ってヒモにはならないようにしなければ。てか、父さんはヒモだったわけではないんだろうけどね。
「ママ? またパパの話、聞いてもいい?」
「もちろんよ。日向がまた学校に行ったら、凛ちゃんにだけこっそり教えてあげるよ」
「ふっふん~お兄ちゃんに自慢しようっと~」
強張っていた空気が一気に解けていく。
にししと笑った妹は、母さんと一緒に朝ごはんの準備に向かう。
庭に出て朝のストレッチをしてリビングに戻ると、ひな達も起きてリビングに集まっていた。
少し寝ぼけているひなの姿と、寝ぐせなのか、ひなの綺麗な銀色の長い髪の隙間にちょいちょい髪がはねていて、いつものクールさは感じられないなとクスッと笑みがこぼれた。
みんなで交互に洗面台で朝の支度をしていく。
母さんが用意してくれた朝食を食べる。当然のように藤井くんは朝から五人前をペロっと平らげた。何度見ても朝からあれだけ食べられる強靭な胃はすごいと思う。
「今日は仕事があるからね。お昼は何か買って食べてね。お金は――――」
「母さん。お金は大丈夫」
「そうね。それじゃ私は仕事に行ってくるから夕飯は一緒に食べましょう。材料は帰り買ってくるわね」
「わかった。いってらっしゃい」
みんなで母さんを見送って、今日は何をしようか話し合う。と言っても、田舎なのもあり、あまり遊び場は多くないはずだ。
いや……そもそも俺があまりそういう場所を知らないだけなのかもな。誠心町でも遊びに行ったりはしていなかったから。
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