16話-④
鈴木日向の家。
二階の凛の部屋。
そこには絶世の美女と言っても過言ではない三人の娘達がパジャマ姿で、それぞれ大きなぬいぐるみを抱きしめて小さな円状のテーブルを囲む。
普段ならイヤホン型耳栓をするのだが、夜なら騒音も少ないということで、詩乃はイヤホンを外している。
「しぃ姉? お兄ちゃんの声、聞こえるの?」
「うん。聞こえるよ? 日向くんの心臓の音までちゃんと聞こえる~」
「すご~い! 私もお兄ちゃんの心臓の音、聞いてみたい~」
「詩乃ちゃんはいいなぁ……私の力は迷惑な力ばかりで……」
「大丈夫大丈夫。ひなちゃんは可愛いから、いるだけで日向くんのためになってるよ~」
「そ、そうかな?」
「ねえねえ~もっとお兄ちゃんのこと、聞かせてよ~二か月しか離れていないのに、お兄ちゃんったら別人みたいになったんだから!」
「あ、それ、私も聞きたかったんだよね。日向くんが別人みたいになってるってとこ」
「今日駅で会ったときみたいな感じ? お兄ちゃんっていつも自信なさそうにしていたし、あまり前を向いて歩かないのよね。いつも地面ばかり見て歩いてたから……」
凛は自身の記憶にある兄の姿を思い出して、また大きな溜息を吐いた。
「私が初めて会ったときの日向くんもあまり自信なさげだったけど……そこまでではなかったかな? あ~でも、あの力があったからかな~」
「あの力!?」
「ふふっ。凛ちゃんはまだ探索者に会ったことはないんだよね?」
「うん! うちの町にはあまりいないからね。いることはいるけど、パッとしない人ばかりだよ。三十近くなって中学生にプロポーズする人とか」
「それって…………凛ちゃんも大変だね」
「ううん。それはどうでもよくて、お兄ちゃんってどんな力があるの?」
「ちゃんと秘密にしてくれる? 一応、日向くんからは聞かれると思うって事前に言われていて、許可は取ってあるけど……」
「もちろん約束するよ? 私がお兄ちゃんのことを誰かに言ったりするわけないでしょう?」
「そうね。凛ちゃんはお兄ちゃん大好きだもんね」
詩乃は手を伸ばして凛の頭を優しく撫でる。
「ふふっ。凛ちゃんと一緒にいると私にも妹が欲しかったなと思っちゃうな~」
「もうしぃ姉の妹だよ~?」
「それは嬉しいわ~」
「私も~」
まだどこか遠慮感があるひなたも手を伸ばして凛の頭を撫でて上げる。
凛はご満悦のように笑みを浮かべて、幸せそうに大きなぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「日向くんの力はすごく多くてね。その中でも特別な力は、姿を消す力ね」
「姿を消す?」
「うん。凛ちゃんにも言った通り、私は耳が良くて、音は何でも聞こえてしまうんだけど、消えた日向くんの音は何も聞こえなくなるんだよね」
「あ~詩乃ちゃん。それ、一つ聞きたいことがあって、以前日向くんから詩乃ちゃんの前で消えたとき、何故かいる場所がバレたって言ってたんだよね。あれって聞こえたんじゃないの?」
「初めて会ったときのことね。実は全然聞こえなかったんだけど、あのときちょうど洞窟の中で、しかも誰もいなくて声が反響してたの。そこで反響して響いた私の声の戻りが遅かった方向に走って抱き着いてみたら、日向くんがいたんだよ。たぶん避けようと思ったらできたんだろうけど、そのまま捕まえさせてくれたんだよね~」
「ほえ~そこまで聞こえちゃうんだ!」
「うんうん。洞窟じゃなかったら絶対に見つけられなかったよ。あの場所じゃなかったら私が日向くんと仲良くなるチャンスなんてなかったと思うと、あの日はダンジョンに潜って本当によかったと今でも思ってる!」
あの日のことを思い出しながら愛おしそうに大きなぬいぐるみを抱きしめる詩乃。
「それに、おかげでひなちゃんとも出会えたのも大きいわ。神楽家と神威家って犬猿の仲だったから、日向くんがいなかったらこうして話すこともなかったわね」
「そうだね。私は家から外に一歩も出れない生活だったから……話すとしても、いつもみたいに冷たく当たってたかも」
「ひぃ姉~いつもだと冷たくしてるの?」
「冷たくというか……感情に合わせて冷気が出ちゃうからいつも無心でいるの。だから人と話しても素っ気なく聞こえるみたい」
「見たい見たい~」
「そんな面白いものじゃないと思うけど……」
「でもお兄ちゃんの力で今のひぃ姉がいるんでしょう? どんな感じにお兄ちゃんが力になってるのか見てみたいな~」
「そっか。じゃあ、ちょっとだけ」
そう話したひなたはいつものように感情を殺した無心状態になる。自然と表情は冷たくなり、今でも出し続けていた冷気も止まった。
普段のムスッとした表情になったひなたを初めてみた凛は目を丸くする。
「すごい! 本当に私が知ってるひぃ姉と全然雰囲気が違う!」
ひなたの冷え切った瞳が凛に向く。
じっと目を合わせて見つめ合うひなたと凛。
すぐにニコッと凛が笑う。
「ひぃ姉は感情を隠しても優しさが滲み出てるね~」
「えっ? そ、そうかな……?」
「うんうん。無表情でもずっと誰かを思う心は変わらないもん。見ればわかるでしょう?」
凛からのわかるでしょう? という言葉にひなた自身が驚いてしまう。
「そもそもひぃ姉が冷気を出さないように無表情になるのだって――――周りの人達を守るためでしょう?」
すぐに詩乃が凛の隣に寄り添い、反対側にひなたが寄り添う。
二人は愛おしそうに凛を左右からぎゅっと抱きしめた。
「日向くんが周りから嫌われても優しくいてくれたのは凛ちゃんのおかげなんだね」
「私、今まで誰かにそう言われたことなくて……ありがとうね。凛ちゃん」
「えへへ~」
二人にぎゅっと抱きしめられてご機嫌になった凛の顔に満面の笑みが浮かんだ。
しばらく抱き合っていた三人の娘だったのだが――――
「あ。日向くん達が何か話しはじめたよ~」
詩乃の声に二人の目が光る。
「でもいいのかな? 日向くん達の会話を盗み聞きって……」
「…………」
「…………」
「妹の私が許可します~!」
「あはは……」
「でもでも、しぃ姉の力って仕方なく聞こえてしまうんだから盗み聞きではないでしょう? 盗み聞きというのは、壁に耳を当てて聞いたり、盗聴器を設置したりすることで、しぃ姉は聞こえてしまうから仕方がないよ~」
「ふふっ。そういうことにしておこうか。でもあまりプライバシーな話だとすぐに止めるね?」
いつでも付けられるように両手にイヤホンを握りしめる。
「えっと……ダンジョンって怖くないかって聞いてる。藤井くんも怖いけど目標があるから頑張るってさ」
「お兄ちゃんは……?」
「日向くんは…………ふふっ。妹に恥ずかしくない兄になりたかったみたい」
「お兄ちゃん……」
「大丈夫。日向くんはちゃんと強いし、頑張ってるからね。それにこれから私達もサポートするからね~」
「私達の方が足引っ張ってしまいそうだから、頑張らないと……」
「あれ? ひぃ姉ってSランク潜在能力じゃないの?」
「うん? そうだよ?」
「え? Sランク潜在能力を持ってるひぃ姉よりお兄ちゃんの方が強いの?」
「そうね。最初から私では日向くんの相手にもならないんじゃないかな……? それに私の能力といえば冷気なんだけど、冷気は日向くんには効かないからね」
「あ~そっか」
「ひなちゃんは剣術もすごいけど、日向くんの武術の方が強いものね」
「お兄ちゃんって武術使うの!?」
「そうだよ? その反応からすると、武術もスキルなのかな? 日向くんはスキルを獲得してるって言ってたもんね」
ひなたも肯定の頷きをする。
「スキル……? 聞いたことない言葉ね……」
「ん? 凛ちゃんって探索者も調べているの?」
「うん! お兄ちゃんが探索者になりたいって言ってたから、私も探索者になれるようにいろいろ調べてはいるよ? Sランク潜在能力とか、今の探索者事情とか、強くなるにはどうすればいいかとか、でもスキルって言葉は初めて聞くかな?」
「そうよね。私もひなちゃんも初めて聞いたよね?」
「そうか……お兄ちゃんの力はスキルというものなのね…………消える力以外に武術まで使えるとなると、スキルというものがあれば、特殊な力が発揮できると…………それをお兄ちゃんはどうやって獲得しているのかな?」
「えっと、たしか……何かある度に覚えるとか言ってたね。他にもすごい能力も多くて、中には魔物の解体だったり、自前でマジックバッグみたいな効果で収納したりするよ?」
「そっか……となるとお兄ちゃんの弱点はレベルが上がらないことだけかな? 『レベル0』についても調べたけど、レベルが0の人は観測上存在しないらしいし……もしかしてお兄ちゃんって身体能力も高くなってる?」
「高いわね。魔物とかほとんど一撃だもの」
「レベルが上がると身体能力が向上するっていうけど、お兄ちゃんの向上の仕方は普通よりずっと高いと…………それなら少しは安心できるかな。早く来年にならないかな~」
「ふふっ。まだ早いわね~今年は始まったばかりだからね」
「むぅ……」
「凛ちゃんが来るまで私達がちゃんと守ってるからね?」
「わかった! しぃ姉とひぃ姉がいるなら安心できる! お兄ちゃんをよろしくお願いします」
「あ~日向くん達、そろそろ寝るみたい。私達もそろそろ寝ようか」
「「は~い」」
三人の娘達は布団に川の字となり、真ん中に凛とみんなで手を繋いで眠りについた。
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