16話-③
夕飯の準備がある程度終わり、少し時間があったこともあり、ひなと詩乃の事情について軽く母さんと妹に伝える。これは藤井くんも今日初めて聞くはずだ。
「能力があるって大変ね……二人ともそんな大変な状況だったとはね。うちの日向ならいくら使ってくれていいから! もし日向が変なことしそうになったらすぐ私に連絡ちょうだい!」
「変なことしないよ!?」
「あら、こんな可愛い女の子達に変なことしないの?」
「するわけないでしょう!!」
「…………私の教育が間違っていたのかな?」
いや、変なことするななのか、しろなのか、どっちだよ。
「俺の力で二人が助かってるように、二人のおかげで俺も助かってるから。二人ってすごく強いし、毎日夕飯もご馳走になってるから」
「神威さんに何か贈らないといけないわね……」
「あ! お構いなく! 私の方が日向くんにはお世話になっておりますし、十分すぎるくらい助かってます!」
「そ、そう? 迷惑だったら追い出していいからね?」
ふと、お爺さんがひなと結婚しろと言ったときのことを思い出す。
あのときは初めて会ったのにあんなこと言われるなんて想像もしなかったからな。
「はい。日向くんが変なことしたらすぐに連絡します~」
ひ、ひなまで……。
「詩乃ちゃんは耳が聞こえすぎるってまた珍しいわね」
「聞こえないこと以外に不便はないので、ひなちゃんよりはマシですけど……やっぱり、こうして誰かと会話が難しいので、とても助かってますよ~」
「今でも、その念話? とかいうので伝えているのよね?」
俺は頷いて答える。
「日向くんって意外とモノマネも上手くて、誰が何を話しているのか見なくてもわかります~」
「うちの息子にそんな得意があったとはね……」
あはは……得意というわけではないと思うけど、ただ伝えるだけだと味気ないと思って。
じっと聞いていた藤井くんはあまり喋ることなく、何かを考えていたのが気になる。
それから平穏な時間が進み、母さんは夕飯の準備に向かい、意外にも藤井くんも手伝いに向かう。どうやら藤井くん自身も料理をするのは好きらしい。
寮だと台所はないので普段はしないけど、中学生時代はときおり自炊をしていたみたいだ。
いつもだと妹も手伝うのに、今日はひなと詩乃と喋りに夢中だ。
俺はというと、ひなはスキルで何とかできるとして、詩乃は離れると会話を届けられないので彼女の近くにいる。
それにしても妹がこんなにも懐くなんて珍しい気がする。
人懐っこいけど、必ず一歩だけ人と距離を置いている妹。なのに、ひなと詩乃には距離感が全く感じられない。
それが嬉しくてついつい笑みが零れてしまう。
談笑に夢中になっていると、台所から料理を運んでくる藤井くんが見えて、俺達も手伝いに向かう。
母さんがよりをかけて作った料理はどれも美味しそうで、思わず唾を飲み込んでしまう。
目を輝かせる藤井くんは食いしん坊のようだ。
「「「「いただきます~!」」」」
みんなで手を合わせて夕飯を食べ始める。
「ん!? お、美味しい~!」
大袈裟な反応を見せた藤井くんは、次々と山盛りの料理を平らげていく。
久しぶりに食べる母さんの手料理は相変わらず美味しい。
「おばさん。もしかして高級レストランで修行とかしました?」
「ん? してないわよ?」
おもむろに聞く詩乃。
「高級レストランの料理長と言っても私は信じるくらい美味しいです!」
「ふふっ。ありがとう~」
ひなも詩乃の言葉に「うんうん!」と大きく頷きながら、次々と食べ進める。
「日向? 食べ終わったら布団を運んでちょうだい」
「わかった」
「母さんの部屋の押入れにあるから」
食事を終えてみんなで片付けている間に、俺は母さんの部屋から布団を運ぶ。
言われた通り、押入れの中には綺麗な布団がいくつも重なっていた。どれも清潔に保たれていて、定期的に洗濯しているようだ。
一緒に暮らしていたはずなのに知らなかったな……それにしてもいくつも布団があるなんてどうしてだろうかという疑問はあるが、きっと母さんなりにいつでも俺や妹が友人を連れてきてもいいように準備していてくれたんだろうな。
昔から俺達よりも先回りして何があってもいいように準備していてくれる母さんだから。
布団を二階にある妹の部屋に運ぶ。
「凛~部屋に入るぞ~」
「いいよ~」
一階から妹が許可する声が聞こえたので、さっそく中に入る。
ふんわりと女子特有の少し甘い香りが部屋に充満している。
部屋は綺麗に片付けられていて、掃除も行き届いているようでゴミ一つ落ちてない様子。
妹のベッドの隣に布団を三つ重ねる。たしか三人で布団で寝ると言っていたから。
よく聞く話では兄が妹の部屋に入ると怒る妹が多いらしいが……凛はまったく怒らない。というか、お互いに気兼ねなく部屋に入る仲だ。
何となくだけど、詩乃は怒りそうだ。
布団を運び今度は客間に布団を運ぼうとしてると、藤井くんが少し恥ずかしそうに立って待っていた。
「藤井くん? どうしたんだ?」
「え、えっと、それって僕の布団だよね?」
「ああ。今から客間に運ぼうと思って」
「え、えっと…………みんな凛ちゃんのところで寝るでしょう? ぼ、僕も日向くんの部屋で寝たらダメかな……なんて……」
「ん? もちろん構わないよ。じゃあ、俺の部屋に運ぶか」
「うん!」
またもや二階に運んで、今度は妹の隣の部屋に入る。
二か月も使っていないのに、中は綺麗に保たれていた。きっと母さんが定期的に掃除に来てくれているんだろうと思う。
ベッドの隣に布団を置いた。
「へぇ~意外と広いね?」
「ああ。何故か俺の部屋も妹の部屋も広いんだ。母さんの方針だったみたい」
母さんの部屋はそれほど広くないが、俺と妹の部屋は非常に広い。
寮の部屋は十畳くらいの部屋だが、それよりも二倍はある広い上にクローゼットスペースが存在している。
都会は十畳ほどが平均だと聞いて驚いたりしたが、うちは田舎というのもあって広く設計したのかもしれない。
「ほわぁ……男子の部屋に入るの初めてだよ……」
「ん? 初めて?」
「う、うん。うちの規則がいろいろあってさ。男子の部屋には禁止されていたんだ」
ほんの少しだけ悲しそうな色が目に浮かぶ。
「藤井家って……いろいろ大変みたいだな」
「あ、ごめん。違うんだ。藤井家じゃなくて母の方でさ。父の方に引き取られたときに、そういうルールはなくなったけど、何となく機会がなくて」
母の方ということは、おそらくお父さんとお母さんは現在別れているんだろうな。いろいろ複雑そうなので詳しくは聞かないことにしよう。
それにしても初めて見る男友達の部屋が俺でよかったのか……? あまり面白そうなものはないしな。
「もっとゲームとかあるのかなと思ったけど、ないんだね? 参考書ばかりで漫画とかもないんだ?」
「ああ。あまり興味がなくてな。一度だけゲームをしたことはあるんだけど、戦えば戦う程強くなるキャラクターにワクワクしたけど、よくよく考えたら俺は『レベル0』だから強くなれないってわかったから。おかげで普段はずっと勉強ばっかりだったよ。楽しかったけど、思い出とかはあまりないな」
「ふふっ。机とかすごく使われてるのがわかるね」
「勉強は頑張ったんだけど、探索者になりたいと漠然と思ってしまって、肝心の探索者の知識は全然入れなくて、ダンジョン入門書くらいしか読んでないんだ」
「あ~それわかる~僕も全然友達とかいなくて、友達ってどうしたらできるのかなと思っていろいろ頑張ったけど、肝心な自分の趣味とか何もなかったことに気付いちゃって……」
「なんか……俺達似てるな」
「ふふっ。そうだね。だからかな? 僕は日向くんと話していて少し親近感がわくというか、一緒にパーティーも組んでみたいなと思ったんだ」
「ああ。俺も藤井くんとならそう思えたよ。まだダンジョンには入ってないけど、これからよろしくな」
「うん! よろしく!」
そのとき、入口からただならぬ視線を感じて向くと、三人娘が開いた扉から顔だけ出して盗み聞きをしている。
ひな、詩乃、妹の順番がまた可愛らしい。
「なんか、お兄ちゃん達…………カップルみたいだね」
凛の一言で全てが台無しになった。
それから手分けして風呂に入る。母さんと妹。ひなと詩乃。俺と藤井くん。
藤井くん曰く、風呂場も普通の家よりはずっと広いようで、浴槽も二人で入っても肌が触れることがないくらいの広さだ。
昔はよく妹と一緒に入っていたけど、妹が中学生になってからは別々に入っている。
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