16話-②

 駅から離れて車も少なくなり、整備された歩道を五人で歩く。

 前方にはひなと詩乃の手を握って中央で一緒に歩く妹の後ろ姿が見える。

「お兄ちゃんってダンジョンでそんなに活躍してるの!?」

「そうだよ~? 日向くん、すごいんだから!」

「わあ! お兄ちゃんのすごいとこ、凛もみたいな!」

「凛ちゃんはまだ中学生だったよね? 来年にならないと入れないからね~」

「むぅ。私も見たいのに……外で見せてくれてもいいけど、怒られちゃうかもしれないもんね」

 似てるとは思っていたけど、詩乃と凛が話してると本物の姉妹のようだ。

 二人を温かく見守りながら相槌をするひなもお姉ちゃんのように見える。

 三姉妹(?)を後ろから眺めながら、藤井くんと並んで歩く。

「凛ちゃん。明るい子だね」

「ああ。誰からも好かれる自慢の妹だよ」

「ふふっ。最初はどうなるかと心配だったけど、誤解が解けてよかった」

「すまん。俺が不甲斐ないせいで……」

「日向くんらしくなかったね? どうしたのか聞いてもいい?」

「えっと…………いや、そんな大したことじゃないんだ」

 前を歩いていた詩乃がくるりと回ってこちらを向いた。

「本当~?」

「お兄ちゃん? またあれでしょう……?」

「またあれ……?」

 少しばつが悪そうに妹が続ける。

「お兄ちゃんは昔から周りの人達にすごく嫌われてて……本当にお兄ちゃんは何もしてないんだよ? お兄ちゃんすごく優しいし、私の自慢のお兄ちゃんなんだけど、どうしてかみんなすごく嫌いで……」

「あはは……」

「うちの町に住んでる人だと、お兄ちゃんを知らない人はいないくらいだから、人が多いとこにいくと、お兄ちゃん具合悪くなっちゃうんだ」

「あ……だから…………」

「あの人達、ひそひそと話していたものね……」

 ひなの言葉に聞こえていない詩乃もまた「そうだったのね……」と悲しい表情を浮かべた。

「みんな。ごめんな。俺が不甲斐ないばかりに、せっかくの旅行なのにこんなことになってしまって……」

「ううん。私が真っ先に止めるべきだったけど、どうしていいか動けなくて……こちらこそごめんなさい」

 ひなが頭を深く下げて長い銀色の髪が揺れ動く。

「ひな! ち、違う。ひなは何も悪くないから」

「そうだよ! 悪いのは全部あの人達だから! だからひぃ姉としぃ姉は悪くないよ! 宏人お兄ちゃんもね~」

 妹のおかげでみんなの表情に少し笑顔が戻った。

「ひなちゃん? あの人達ってどんなこと言ってたのか、こっそり教えて」

 と言いながらイヤホンを外す詩乃。辛そうに顔を歪める。

 事情を知っているひなは素早く彼らが言っていたことを詩乃に教えた。

 聞こえないなら聞こえなくてもいいと思うんだけど、こういうのを止めると仲間外れだと怒るので、仕方なく見届ける。

 説明を終えるとイヤホンをまた装着した詩乃が怒る――――と思いきや、怒ることなく、俺の前にやってきた。

「日向くん」

「うん?」

「もしかして、私達とパーティーを組んだのが、日向くんのスキルのおかげだと思う?」

「えっ? …………う、うん」

「…………それはそうね。日向くんにスキルがなかったらパーティーは組めなかったかもしれないわ。私もひなちゃんも藤井くんも」

「そ、そうだな……」

「でもね? それでも。それが日向くんだからいいのよ。日向くんが持つ力で、日向くんが持っているからよくて、日向くんじゃないとダメなんだ。スキルだって日向くんの一部だよ?」

 詩乃にそう言われて、俺は槌で頭を殴られたような衝撃を受ける。

 彼女達との関係を金で買ったと言われて、俺はスキルで繋ぎ止めてると思ってしまった。

 それは紛れもない事実。

 けれど……スキルをどう使うかはその人次第。

 今週通った特別教育プログラムでだって学んだはずだ。ポーターだからとか、戦闘職だからとか、魔法職だからとか、それぞれに優位性があるのではなく、みんなが一丸になることでパーティーとして大きな力を発揮する。

 ひなが普段自由に力を発揮できないように、詩乃が普段自由にコミュニケーションが取れないように、俺のスキルでそこを補う。二人の手を汚すことなく魔物の素材を解体したり回収したり、ポーターとして支えることが今の俺の目標だったはずだ。

 まだ藤井くんとは一緒に戦ったことはないけれど、これからお互いに足りない部分を補うような、そんなパーティーを目指したはずだ。そう決めたはずだ。

 なのに……俺は…………。

 詩乃は満面の笑みを浮かべる。

「ね? 私達、パーティーメンバーであり、友人でしょう? そんなもの気にしなくていいの。もちろん日向くんの力がないと私もひなちゃんもすごく困るけど……だからといって、嫌いな人と一緒にいたくはないから。私達は好きで君の隣にいるんだよ?」

「詩乃……ひな…………ごめん。悪かった……」

「もぉ~また謝って~謝ってほしいんじゃないのに~!」

 詩乃が妹の真似をする。

 その姿にクスッと笑みが零れてしまい、みんなの顔にも笑顔が咲いた。

「そうだな。みんなありがとう。これからもよろしくな」

「「「うん!」」」

 俺にはこんなに素晴らしい仲間がいるんだから、これからは周りの言葉に惑わされることなく、しっかり自分を保つようにしなくちゃな。

「お兄ちゃん~?」

「うん? どうしたんだ? 凛」

「すごく気になったことがあるんだけど…………」

「うん?」

 次の瞬間、衝撃的な言葉が飛び出した。

「しぃ姉達を連れてきたのはいいとして、しぃ姉達は――――どこで泊まるの?」

「えっ……」

「「「えっ……」」」

 三人の視線が俺に向く。

「あ! 何か重要なことを忘れていたと思ったら…………母さんにみんなを連れていくって言ってなかった……」

「「「「ぷふっ、あははは~」」」」

 みんな一斉に大声で笑う。

 彼女と一緒に旅行にいくことだったり、実家に連れていくことだったりで、頭がいっぱいになってしまい、肝心な連絡を忘れていた。

 今日も妹がみんなと初めて会ったとき、勘違いした理由にも繋がる。もし俺がちゃんと連絡を取っていれば、詩乃達が怒られずに済んだのに…………はぁ…………やってしまった。

「ふふっ。もし難しい場合、私達はホテルに泊まるよ~ホテルはうちの神楽家にいろいろ伝手があるから心配しないで」

「すまん……何か俺ダメダメだな」

「ふふっ。ちゃんとしてくださいね~? リ~ダ~」

 そう言いながら優しく俺の胸に拳を当てる。

 俺は本当にリーダーとしてやっていけるだろうか……? やっぱり詩乃が適任だと思うんだが……彼女の期待にも応えられるように頑張らないとな。

「ほえ~お兄ちゃんがリーダーなの?」

「そうだよ~日向くんは本当にすごいから」

「…………ちょっと想像できないけど」

 落ち着いたからか冷静になった妹からグサッと刺さる言葉に、自分が情けないな。

「先に母さんに電話で――――」

「お兄ちゃん! このまま行こう~! きっとママもびっくりしちゃうよ~」

「あはは……そりゃびっくりするだろうな」

 いたずらっぽく笑う妹は、またひなと詩乃と手を繋ぎ、顔いっぱいの笑顔で歩き出した。

 この笑顔に俺は何度救われたことか…………絶対に妹が誇れるような兄になろう。

 駅から徒歩で三十分程。

 ようやく見慣れた形の家の前に着いた。

 表札には『鈴木』と書かれている。

 アットホームというべきか、ひなや詩乃の家に比べたら非常に小さいが、一軒家であることを考えれば、俺達兄妹には十分すぎる我が家だし、だからこそ毎日家族でリビングに集まり、ボーっとテレビを見たり、いろんな話をしたりしていた。

「懐かしいな……」

「お兄ちゃん? まだ二か月かそこらでしょう?」

「そ、それはそうだけど……本当にいろんなことがあったから」

「聞きたい!」

「ああ。落ち着いたらな。まずは、みんなを紹介しないと」

 チャイムを鳴らすことなく、慣れた手付きで鍵を取り出して開ける。

 扉を開くと、うちの家の独特な香りがする。

「ただいま~」

 そう声を上げると、奥から「おかえり~」と聞き慣れた声が帰ってくる。

 ああ……聞いただけで安心してしまうな。

「「「お邪魔します~」」」

 ひな達の声が聞こえて数秒もしないうちに、ダダダッと音を立てて母さんが走ってリビングから玄関に出てきた。

「あらまあ! お友達?」

「母さん。ただいま。紹介するよ。こちらは向こうで一緒にパーティーを組んでいる仲間なんだ。こちらが神威ひなた。こちらが神楽詩乃。こちら藤井宏人だよ」

「まあ……べっぴんさんを三人も・・・連れてくるなんて、すごいわね」

 その言葉にひなと詩乃がクスッと笑い、藤井くんは少し顔が赤くなる。

「すみません……僕、男です」

「あら! 可愛らしいからてっきりボーイッシュな女性かと! 失礼しました」

「いえいえ。よく間違われたりするので。よろしくお願いします」

「「よろしくお願いします」」

「母さん。彼女は特殊な事情があってイヤホンを付けているけど、気にしないでくれ」

「わかったわ。詩乃さんね。そちらはうちの日向と同じ名前なのね?」

「神威ひなたです。名前はそのままひらがなになっています。日向くんがいるので愛称でひなと呼ばれています」

「ひなちゃん! 可愛い名前ね! それにしても二人ともうちの娘に負けじと可愛いわね!! うちの息子も隅に置けないわ~」

 俺の脇腹を肘でツンツンと押しながら「この~この~」と意地悪な笑みを浮かべる。

 こういうとこは凛そっくりだよな。いや、逆か。

「あ、母さん――――」

「こんなとこで立ってないで、まずは入った入った~」

 完全に母さん主導で物事が進み、リビングに案内される。

 誠心町に行ったときと変わらない配置で物が置かれており、俺達兄妹が昔に描いた落書きが飾られてて少しだけこそばゆい。

 当然と言うべきか、詩乃は真っ先に興味ありげに俺が描いた母さんの似顔絵っぽい何かをニヤニヤしながら見る。

 ひなは遠慮しているが、その場に座り落ち着かないようにキョロキョロしてリビングを見渡している。

 藤井くんは意外にもすぐにテーブルの上にあった台布巾で拭いてくれる。

 俺は妹と一緒に台所に向かい、飲み物やお菓子を運び始めた。

 いつも三人だけのリビングに六人もいると、何だか不思議な感じがする。

「まさか日向が友達を連れてくると思わなかったからびっくりしちゃったわよ」

「あはは……ごめん。本当は前もって伝えるべきだったんだけど、いろいろあって母さんに伝えるのを忘れたんだ」

「まったく……肝心なときにおっちょこちょいなんだから」

 こう母さんに少し怒られるところを仲間達に見られるのも恥ずかしいな……。

「母さん。できれば彼女達を家に泊めてほしいんだけど、ダメかな?」

「え~! みんなうちに泊まっていく~? 大歓迎よ~!」

 母さんの性格だから拒むはずはないと思ったけど、その通りになったな。

「あ~でも客間は一つしかないけど、三人一緒に客間というのは…………男女一緒に寝る?」

「お断りしますっ!」

 顔を真っ赤にした藤井くんがすかさず反応する。

 いたずらっぽく笑う母さんは、ずっとこれをネタにしようとしてるのがわかる。

「ひぃ姉としぃ姉は私の部屋で一緒に寝ようよ~! 布団三つ並べて~」

「いいわね。おばさん。布団の数は大丈夫ですか?」

「問題ないわよ~布団なら全員分あるから」

 意外とあるんだ……知らなかった。

 うちに誰か泊まりにくることなんてないのに、予備の布団があるなんて知らなかった。

「みんな昼はまだよね? 材料が足りないから昼は出前にして、夕飯からは私に任せなさい~」

 母さんは昔から料理が好きでいろんなものを作ってくれる。

 今日もいろいろ昼から仕込んでいたに違いない。

「楽しみです!」

「母さん。藤井くんは見た目に反してものすごく食べるから十人前でお願い」

「う、うぅ……すみません……」

「たくさん食べてくれるならたくさん作っちゃうわよ~うちの息子も娘も小食だから作り甲斐がなくてね」

 一人前は普通に食べるんだがな……さすがに藤井くんと比べられると厳しい。

 母さんは手際よく出前を注文する。

 六人いて十五人前を頼むのには少し笑ってしまった。

 しばらくの間、妹から誠心高校についてだったり、ダンジョンのことについてだったりを聞かれたり、逆に詩乃から「彼氏はいるの?」と聞かれた妹は、一瞬の間も置かず「彼氏なんていらないよ?」と返して相変わらずだなと思った。

 妹は昔から男嫌いというか、毎日と言っていいくらい男子生徒から告白されていて、全部断っているのは知っている。たまに女子生徒からも告白があるらしいけど……俺にはわからない世界だ。もちろん、妹は恋人を作ろうとはしない。

 恋人……か。いつか俺にもそういう存在ができたりするのかな?

 一時間程で出前が届いてテーブルいっぱいの料理が並び、みんなで美味しく食べた。

 みんなで近くのスーパーへ買い出しに向かい、夕飯の材料を買い込む。

 ひなと詩乃はあまり訪れたことがないらしく、珍しい物を見るかのように周りをキョロキョロしていたが、逆に周りからすればひなの銀色の髪は珍しいらしく注目の的になった。

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