16話-①
■第16話
翌日。
あれ……? 何か大事なことを忘れた気がするんだが…………何か思い出せない。
ひとまず一週間の荷物などは『異空間収納』に入れてる。
持っているバッグから取り出すふりをすれば、マジックバッグっぽく見えるはずだ。
寮母の清野さんに挨拶をして、正面玄関に出ると藤井くんが待っていてくれた。
「おはよう~」
「おはよう」
マジックバッグのおかげなのか、手荷物はほとんどない。
学校を出て向かうのは誠心駅。
町の中心部にあり非常に広い駅で、探索者が多い誠心町なのもあり、全国どこにでも迎えるように全て一本線で行けるようになっている。
これも探索者優遇と言えるし、探索のための移動が証明できれば安価で向かうこともできる。
「そういえばチケットはどうだった?」
「問題なく取れたけど、席は少し離れてしまったかな」
「そっか。じゃあ、隣は別な人が座りそうだな」
「そうだね。神威さんと神楽さんはお向かいだっけ?」
「そうだよ~」
もう少し早く誘っていれば四人でまとまって座れたと思うけど仕方がない。
駅に入り、改札を潜ろうとしたそのとき、一人の男性駅員があたふたしながらやってきた。
「か、神威様ではありませんか!?」
どうやらひなの知り合いか?
「はい。神威ですけど……」
「おお……! やはり神威様でございますか。本日恵蘭駅に向かう列車に乗られるのではありませんか?」
「はい。そうです」
「た、大変申し訳ありませんでしたあああ!」
急に謝り出した駅員を、周りのお客さんたちも不思議そうに見つめた。
「あ、あの……?」
「まさか神威様のご令嬢に普通の席を用意するなどあってはなりません! 特等席のご用意が整っておりますので、ぜひそちらにどうぞ!」
それを聞いた詩乃は、クスクスと笑う。
「日本列車社は神威家が筆頭株主だものね。駅員さん~私達四人で一組なんですけど、その席って四人座れますか?」
「もちろんでございます! 個室になっており、八人まで入れますので……!」
「わあ! じゃあ~せっかくだし、お言葉に甘えてもらいましょう~」
詩乃が俺と藤井くんの背中を押して、駅員さんの案内に従って歩き進める。
いつもなら中列車両や後列車両に入るのだが、初めて前列車両に入った。
俺が想像していたよりも、高級感溢れるその車両は、車両に入る際にもチケットの確認が必要なくらいセキュリティ対策がなされていた。
案内されたのは言っていたように通常席ではなく個室だ。
ここ以外にも個室はいくつかありそうだが、扉からして他の部屋とは違い、かなり豪華な作りなのが材質から伝わってくる。
室内も高級感溢れる部屋になっており、椅子もソファだったり、冷蔵庫が付いていたり、狭いけどなんとシャワー室まで付いている。
ソワソワしながらソファに座ると、俺以外の三人は慣れたようにゆったりとしていた。
「詩乃ちゃん~藤井くん~飲み物あるけど何がいい?」
「甘いの~」
「僕はお茶がいいな」
「は~い」
冷蔵庫から飲み物を運んでくれるひな。詩乃にはミルクティー、藤井くんにはお茶、ひな自身と俺には不思議な白い飲み物が置かれた。
「炭酸だけど美味しいよ~」
「ありがとう」
少し緊張しているのもあって喉が渇いていたから飲んでみると、今まで味わったことない不思議な味だった。
ちょうどよい甘さでとても美味しい。
隣に座っていた藤井くんがクスクスと笑いながら小さい声で話す。
「日向くん? それ一本でチケット代より高いんだよ?」
「まじか……」
まさかそんな高いものだとは……というか、料金とかどうなってるんだろうか。
下車時に支払うとしたら、パーティー資金から出せば問題ないか。イレギュラーがあってからダンジョンには入れていないけど、それまで稼いだ分がある。
母さんに渡す分の生活費はしっかり確保させてもらってるしな。
「日向くん。それ美味しかった?」
「うん? ああ。俺は好きだな。甘すぎないし、飲みやすさというか、口に触れた感触が独特で美味しい」
「そっか! じゃあ、うちで毎日用意しておくように言っておくよ!」
「ひな。それはやめよう」
俺の返事を聞いた詩乃が「あはは~」と腹を抱えて笑う。
そんなにおかしいかな?
「日向くん。気付いていないかもしれないけど、日向くんがいつも飲んでるお茶の方が高いからね? むしろそっちが安いよ?」
「え…………」
あの美味しいお茶って……そんなに高かったのか。それは美味しいわけだ……というかみんなの金銭感覚があまりにも違い過ぎて付いていけないな……。
「でもあのお茶は贈られてくるものだから値段は気にしないで? この飲み物はうちにたくさんあるはずだよ?」
「そ、そっか……それなら少しくらいお願いしようかな」
「うん!」
こう、「ぜひ頼んでほしいな~」みたいな表情のひなに「いや、いらない」なんて、とてもじゃないけど言えなかった。
これから……大事に飲むことにしよう。
列車が出発して、三時間の列車旅が始まった。
藤井くんだけ離れたり、四人席で別の人が混ざるからどうなることやらと思ったら、個室に案内されたおかげで水入らずの四人で列車の旅を楽しむことができた。
普段は高いビルが並んでる誠心町の町並みばかり見ていたし、ダンジョンに入れば景色は自然にあふれているのだが、ここ何日もダンジョンに入っていないから自然を感じずに過ごしていた。
窓の外に広がるのどかな風景に、俺達四人はゆったりとした穏やかな時間を過ごした。
三時間の列車の旅はあっという間に終わる。
一人だと眠っても長いと感じてしまうのに、ひな、詩乃、藤井くんと一緒に喋りながら乗ると時間を忘れて楽しめた。
「日向くんの地元はのどかな場所なんだね~」
「ちょくちょく高い建物はあるけど、田んぼのど真ん中に巨大マンションはびっくりしたよ」
「あはは……あそこは地元でも有名はタワーマンションだからな」
恵蘭町は田舎の中でも都会の部類のはずで、駅周辺には高いビルが並ぶ。
少し進んだ場所にはショッピングモールがあったりして、よく多くの車が止められている。
駅周辺に来れば何かと楽しく過ごせるように開発を進めたみたい。
それも相まって駅周辺から離れると高い建物はほとんどなくて、住宅とコンビニ、食事処が並んでいるくらいだ。
列車から降りるときも駅員達がわざわざ列車から降りて「ご苦労様でした!」と明るく挨拶をしてくれたり、恵蘭駅の駅員達も「いらっしゃいませ!」と出迎えてくれた。
普段目にすることのない対応に、やはり神威家ってすごいんだなと驚いた。
改札を出ると、とても見慣れた広い廊下と待合室が見える。
ああ……まだ二か月くらいしか経ってないはずなのに懐かしく思う。
そのとき――――周りの人達の視線がこちらに向く。
当然ひなと詩乃に向けられた視線だが、すぐに隣にいる俺に視線が移るのがわかる。
「あれ? あれって『レベル0』じゃね?」
「まじかよ……『レベル0』のくせに可愛い彼女連れか?」
「いやいや、ありえんだろう。だって『レベル0』だぜ?」
一人や二人ではない。その場にいた何十人もの冷たい視線が俺に向く。
ああ…………どこか俺は勘違いをしていた。
ひな達に出会って俺は変わったかもしれないと思っていた。けれど、俺が『レベル0』であることに変わりはない…………。
どれだけダンジョンで戦えるようになっても、ひな達が倒してくれた魔物の素材を回収できるようになっても、俺自身が『レベル0』として成長しないことに変わりはないんだ……。
「日向くん? 顔が青いよ!? どうしたの!?」
真っ先に気付いた詩乃が心配そうに俺に近付く。ひなと藤井くんも心配そうに歩み寄った。
「あれか? 高校デビューして成功したパターンか?」
「もしかしてお金で買ったんじゃね? だって、あいつが友達なんているの見たことないし」
「違いねぇ~都会っていいな~あんな可愛い子と仲良くなれるのかよ。俺もこんなとこに残らないで都会に行けばよかった~」
「やめとけ。お前では無理だぞ~」
「いやいや。『レベル0』ですらああなるんだぞ? 俺だってチャンスあるだろう」
「そりゃそっか! 卒業したら俺らも都会に出るべきだな!」
ち、違う……ひな達は……お金で買ったり、そんなでは…………俺のスキルで…………スキルが目当て……? もし俺にスキルがなければ、ひなとも詩乃とも藤井くんとも仲良くなることはできなかった。
お金で買うのと、スキルで彼女達を繋ぎ止めることと……違いはあるのだろうか?
「だ、大丈夫……」
「大丈夫じゃないよ! 列車酔いには見えないし……」
そのとき――――ガヤガヤしていた駅の改札口の前に大きな声が響き渡る。
「貴方達!! いい加減にしなさいよ!!」
怒った甲高い声が俺達に、いや、
「えっ……?」
声がする方に立っていたのは――――二か月ぶりに会う妹が立っていた。
ただし、その顔には怒りが浮かんでおり、ずかずかと俺と詩乃の間に入ってくる。
「またお兄ちゃんをイジメて何が楽しいの! もうやめてよ!!」
「あ、あの……」
「り、凛……」
「うちのお兄ちゃんが何をしたっていうの! 貴方達に何か悪いことでもしたの!? お兄ちゃんはいつも優しくて貴方達の悪口なんて一言も言わないのに、貴方達はいつもいつもお兄ちゃんに向かって……私、絶対許さないから!!」
廊下に鳴り響く妹の怒声に駅員達まで出て、こちらに向かってくる。が、彼らもまた俺を見ては眉間にしわが寄る。
「お兄ちゃん! もう行こう! こんな人達なんて相手しなくていいから!」
「ま、待って凛……」
せっかく久々に会うのに、妹に
ダンジョンに入り、スキルを得て強くなったと思ったのに、何一つ強くなれてないじゃないか。一体俺は何のために探索者になりたかったんだ…………妹に……こんな心配をかけたくなかったからではないのか?
自分に自問自答を繰り返しながら、妹を後ろから抱きしめた。
「お兄ちゃん!?」
「
「こ、これくらい当然でしょう! 家族だもん!」
「ああ。すまない。みんな。紹介が……遅くなった。俺の妹の凛だ」
「ほえ?」
ひなと詩乃、藤井くんが心配そうにこちらを見つめる中、妹はポカーンとした表情で彼女達と俺を交互に見つめる。
「凛。ごめんな。彼女達は俺の――――仲間なんだ」
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