3話-③

 神威家の屋敷に着いてすぐにお爺さんがやってきた。いつもは夕飯の時か、現れないか、なのに珍しい。

「小僧。また一段と強くなったんじゃな。最近はダンジョンにも入っておらんのじゃろ?」

「そうですね。今日まで入場禁止ですので」

「ふむ。なら少し付き合え」

 ゆっくりとした足取りで茶の間から出る。

 ひなと目を合わせると、彼女も目を丸くして苦笑いを浮かべた。

 俺達はその足でお爺さんの後ろを追いかけていくと、その場所は以前ひなが木刀を振り回した道場である。

 改めてみると、道場はかなり広い。百人が並んで素振りをしても狭いと感じないほどに。

「しばらくまともに体も動かしていないじゃろ。小僧」

「えっと……」

 実を言うと、お爺さんが言う通りだ。『愚者ノ仮面』を被ったり『絶隠密』を使えば、ダンジョンに入ることはそう難しいことじゃない。制服も脱げば俺だとバレないと思う。

 ただ……そんな穴を見つけてルールを破ることが正しいことだとは思えない。

 ゴールデンウイークまでダンジョン入場禁止は国が決めたルールだ。俺も学生として、国が決めたルールは尊重すべきだ。

「特別教育プログラムに参加しましたけど、体を動かしたわけではありませんでした」

「ほっほっほっ。若者がそれじゃいかん。たまには思いっきり動かさないとじゃ!」

「よろしくお願いします!」

 お爺さんは小さい声で「いつでもかかってこい」と話し、鋭い目を向ける。

 自分よりも身長が半分ほどしかないが、体が自然と震え出す。それくらい放たれる威圧感は強者そのものだ。

 イレギュラーの時に対峙したティラノサウルスを思い出す。

 強者に対する久しぶりの感覚に、思わず両手を握りしめた。

 余裕一つないまま飛び込んで、お爺さんを飛び蹴る。

 俺の足が当たる直前にお爺さんが不思議な手の動きをすると、俺の足の勢いが一気に弱まる。

「うわっ!?」

「甘いのぉ。フェイント一つ入れずに愚直な攻撃は魔物にしか効かんぞ」

 いつもの魔物とは違い、人を殴るという行為が少し気を引くが、相手がお爺さんならまた違う感覚だ。だって、これだけ強者であり、俺ごときの攻撃が効くとは思えない。

 スキル『武術』を駆使して攻めていくが、一発掠りもしない。

 そのとき、スキル『視線感知』により、お爺さんの視線が一つ一つ伝わってくる。

 俺が飛び出した瞬間でも手と足、体、目の四か所を一瞬で見ている。さらに俺の攻撃が当たる前もずっと視線は離さない。

 視線って普通なら一か所にしか注意できないのに、ここまで明確に四か所を瞬時に見ているのは、お爺さんの高い実力あってのことだと思う。

 お爺さんの手がまた不思議な動きをする。手で風を作り出しているかのように、何かを練るように手を何度か交差させる。そこには目には見えないけど、何らかの力が感じられる。

 俺の腕が叩き付けられる直前に不思議な力で俺の攻撃を弱める。ぬるっとした感触が腕を包み込む。

 その間もお爺さんは常に俺の全身のいろんな箇所に視線を向けているのが伝わった。

 短時間で何か所も視線を向けて動き一つ一つを見ているんだ。俺の動きを読んでいるのは、気配を感じ取るだけでなく、視線をしっかり使っているんだな。

 何度か手を合わせて距離を取る。

 興奮した自分を抑えるために大きく息を吸って吐き出して自分を落ち着かせる。

「武術はだいぶ型ができているが、使われている感じがまだあるのぉ? これもあれの力か」

 あれの力というのはスキルの力という意味だ。以前にもそう言われて、知りたければ、ひなと結婚しろだなんて言ってたっけ……。

 思い返して顔が熱くなる。

「くっくっくっ。どうだ? そろそろ、うちの孫娘をもらう気になったかのぉ?」

「そ、それは! え、えっと……」

 ずっと受け身だったお爺さんは、軽く跳んで来ては攻撃を仕掛けてきた。

 焦っていたのもあり、ギリギリで何とか武術を使い打ち合って相殺していく。

 手のひらで虫を払うように軽そうな攻撃でも、俺の手にぶつかった瞬間に周囲に大きな音を響かせるくらい強烈な攻撃だ。

「ほれほれ~」

 まるで子供と遊んでいるかのように、お爺さんに緩い笑みを浮かべて俺がギリギリ・・・・反応できるスピードで攻撃を続けてくる。

 お爺さんの攻撃を防ぎながら考える。どうしてお爺さんはこんなにも強いのだろうかと。

 それはレベルが高いからか? 身体能力が高いからか? 特別だからか?

 それもあると思う。でも、スキル『視線感知』のおかげでお爺さんの強みの一つが視線・・にあると知った。

 何もないから諦めているだけじゃ何もできないことを学んだ。探索者になりたいと願い、誠心高校に入学して、結果的に探索者になれて、こうしてひなたちと肩を並べていられるのは、全て前に進もうとしたからだ。

 一つずつ、小さいことからでもやれることをしよう。

 まず、お爺さんの視線の真似だ。スキル『武術』のおかげで体を動かす感覚は何とか追いつけるから、お爺さんの動き一つ一つを目で追う。

 お爺さんの視線、手の動き、足の動き、体の重心、そして、息遣い。

 一度に全部を見るのは難しいが、繰り返し見続ける。

 それが功を奏したのか少しずつお爺さんの動きが見えるようになった。

「ほっほっほっ~ほれほれ~まだまだ~」

 さっきよりも少しスピードが上がった。ただ俺も少し慣れてきたのと、視線を重要視したおかげで、少しずつ反撃のチャンスも見いだせるようになった。

 お爺さんが踏み込んだ瞬間に、足の動きと手の動き、視線の動きから割り出して、どれくらいの強さなのかを瞬時に判断する。

 今まで防いでいた攻撃を、今度は俺の攻撃を以って相殺した。

 腕同士がぶつかりあって、周りに風圧を広げて、見守っていたひなと詩乃の髪がふわっと立ち上る。


《経験により、スキル『防御力上昇』が『防御力上昇・中』に進化しました。》


《経験により、スキル『注視』を獲得しました。》


 たった一撃だったはずなのに、ぶつけ合った右腕がジーンと痺れる。

 一瞬、真剣な表情を浮かべたお爺さんは、声を上げて笑い始めた。

「がはは! これくらいでいいじゃろ! 小僧。魔物との戦いで得られるものもあるが、学べないものもあるのじゃ。相手が魔物だとしても、こうして動きを一つ一つ見極めることで、より高い次元で戦えるのじゃて。何もしない者は、弱いままじゃよ」

「は、はいっ!」

「打ち合うのはあまり感心せんが、それも強さあってのこと。若者はそうでなくちゃのぉ~」

「あ、あの……お爺さん? 腕は大丈夫ですか?」

 俺も右腕が痺れているが、お爺さんの右腕も痺れているのがわかる。

 ぶつけ合うとき、お爺さんはわざと避けなかった。避けようと思ったらきっと避けられたはず。なのに、それをしなかった。きっと、俺に経験を積ませるためなんだと思う。

「心配はいらん。儂も歳じゃからの~年齢によるものじゃ」

「えっ!? で、でも」

「そうだと言えばそうなんじゃ!」

 一瞬で俺の頭にゲンコツを叩き込むお爺さん。

 動きに反応すらできなかった。

「い、痛っ……」

「小僧」

「は、はい……」

「強くなるということは、それだけ責任が生じる。守られる側から守る側になれば、選択に責任が伴うのじゃ。それをよくよく肝に銘じておくのじゃぞ」

 そう言い残したお爺さんは、道場を後にした。

 強くなることで責任が生じる……。どうしてかその言葉は俺の胸の奥に深く突き刺さった。

「日向くん……腕は大丈夫?」

「ありがとう。でも大丈夫」

 最近あまり活躍の場はないけど、スキル『体力回復・大』があるから、痺れはすっかり回復している。さらに言うと稽古中もお爺さんの攻撃は全て受けては回復を繰り返していた。

 腕を前に出して問題ないことをアピールすると、ひなと詩乃は安堵した表情を浮かべた。

 どうやら心配かけてしまったみたいだ。

 スキル『クリーン』で体を清めて、いつもの時間を過ごして一日が終わった。



 ◆



 神威家の道場。

 中央で静かに正座をして目を瞑っているのは神威地蔵である。

 彼はゆっくり右手を前に出して、自身の手を見つめた。

「くっくっくっ。懐かしいのぉ……この感覚」

 まだ少し残っている痛みを感じながら、懐かしむように見つめる。

 そのとき、部屋に一人の男が入ってくる。

「お父様」

「昌か。こんな時間に珍しいな」

 彼の隣に同じく正座をして前を真っすぐ見つめる神威昌。

「その腕はどうしたんですか?」

「ああ。今日、小僧に少し稽古を付けたんじゃよ」

「日向くんにですか……薄々感じてはいましたが、彼にここまでの実力が……」

「そうじゃな。まだ若いし、粗削りじゃ。あいつほどのものじゃないが、いずれあの世代を代表する存在になるじゃろ」

「兄弟子に迫る強さ……俺も一度お手合わせをしてみたいものです」

「がはは! そんなことしたら、小僧が可哀想じゃよ。だが、儂では測り切れない何かを持っているような気もする。肉体だけの戦いですらこれだけの力を持つなら、また何かを隠し持っている可能性もあるかの……」

「日向くんにはひなたの絶氷を抑える力もありますし、不思議な力を持っているようですからね。たしか、スキルのおかげだと言ってたみたいですね?」

「そうじゃな。スキルを認識できているようじゃった」

「まるで……兄弟子のようですね」

「そうじゃな。あいつに似てるところも多いが、あいつは最初から怪しかったからの」

「それ、兄弟子にも聞かせてやりたかったですね」

「……あんな馬鹿弟子。儂は知らん!」

 「ふん!」と怒る父に苦笑いを浮かべる昌。

 父が最も期待していた兄弟子のことを思い浮かべる。不思議な強さがあり、父の元でともに時間を過ごした。

 たまに数年いなくなってはまた戻って同じ屋根の下で過ごした日々を、昌は今でも忘れられずにいる。

「それよりも、魔石の件はどうなったんじゃ」

 地蔵の言葉に昌の表情が曇る。

「残念ながら……」

「ふむ……このままではひなたを地下に追い込まなければならぬか……」

「それだけはいけません。もしそれをやってしまっては……」

「知っておる。儂もかわいい孫娘を諦めたくはない。最悪、本人たちの意志を無視してでも小僧を巻き込むしかないのかのうぉ」

「それも最後の手です。娘の意志は尊重したいですから」

 地蔵はまた小さく溜息を吐いた。

「……朱莉の方も心配じゃな」

「はい。あの子にもよく言い聞かせてはいますが、いつ爆発するか……」

「……これも儂がやってきたことへの罰かのぉ」

「お父様……それは違います。お父様は神威家を背負ってやるべきことをやって来られたと思います! ですから今は前を向いて進みましょう」

「そうじゃな。まだ希望が全て断たれたわけじゃないからのぉ」

「ひなたの部屋を強化する魔道具の開発も進んでいますから。いまは明るい未来が待っていると信じましょう」

「ああ」

 地蔵はまだ少し残っている痛みを感じている右手を見下ろしては、今日戦った青年のことを思い出して、小さく笑みを浮かべた。

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