14話-②
俺達が勝利の余韻に浸ってるとき、後ろから怒鳴り声が聞こえる。
「おい! さっさと水を出せよ!」
「う、うん!」
声の主は斉藤くんのパーティーメンバーの男だった。
その声が向いている先は、やはり斉藤くんだ。
リュックの中から急いで飲み物やタオルを出すと、奪うかのように乱暴に奪い取った男子生徒はがぶがぶ飲み干す。
ボトルを乱暴に斉藤くんに投げつけてまた先輩に立ち向かう。
この四人は元からパーティーを組んでいたはずで、解体していたときの生き生きとした表情の斉藤くんは、どこか悲しそうに彼らを見守るだけだ。
もっとパーティーメンバーならこう――――とは思うけど、俺が言える立場なのだろうか?
俺は…………ひなや詩乃がよくしてくれてるからいいが、それはあくまで恵まれた環境だ。みんながみんなそうではないはずなのもわかっている。
それでも昨日生き生きと解体をする彼の様子が脳裏に浮かぶ。
今の彼はとても辛そうで、地元にいた頃の自分と重なって見える。
俺に何ができるかはわからないけど、気付いたら体が動いていた。
斉藤くんの所に向かって歩き出す。
そのとき――――俺の前にとある人が通り過ぎる。
「おっと、すまんな」
中年男性のボサボサ頭があまりやる気のなさそうな先生だなと思っていた方だ。たしか近接部門の先生のはず。
通り過ぎるのかなと思ったら、そのまま止まって俺の進行を阻む。
「向こうのパーティーに口を出す気かい?」
「えっ……? えっと…………はい」
「ふう~ん。噂とは違って意外と正義感に溢れているだね~」
「…………先生。どうして注意しないんですか?」
「注意? 何のことだい?」
「っ…………」
見るからに蔑まれているのがわかるのに、どうして先生は止めようとしないのか。
「くっくっ。今の若者も捨てたもんじゃねぇじゃねぇか。うんうん。若いっていいね~」
「先生!」
「お~怖い怖い。そう怖い顔をするな」
そう言いながらくいっくいっと手で俺を呼んだ先生は、体育館の端っこに向かう。
できれば今すぐに斉藤くんの所に向かいたいのだが、仕方なく先生の後を追う。
「鈴木日向くん。噂では『レベル0』とか何とか。それは本当か?」
「先生。俺のことじゃなくて」
「はいはい。そっちに座ってよく体育館を見渡してみな」
そう言いながら地べたに座り横をトントンと手で叩く。
少しだけモヤモヤした気持ちのまま座って体育館を見渡す。
多くのパーティーが先輩と訓練を続けている。俺が参加したパーティーだけ勝っているので、先輩からいろいろアドバイスをもらっている。
「もしお前があのパーティーに文句を言ったとする。それで? その後はどうするんだ?」
「どうするって……態度を改めてほしいだけです」
「ふう~ん。お前だって――――荒井凱くんとひと悶着あったんだろう?」
「っ……そ、それは…………」
「それだって会話で解決できなかったんじゃないのか? 将来有望の彼が腕を骨折した理由は誰も知らないが…………まあ、そのことを掘り下げたいとは思わないがそういうことだ。もしお前があのパーティーに何かを言ったとしても変わりなどしない。むしろ悪化するだけだ」
斉藤くんのところだけではない。いくつかのパーティーもポーターは荷物持ちでしかなくて、乱雑に扱われているのがわかる。
「もしお前が声を掛けたとする。それでパーティーが空中分解でもしたら、お前に彼の将来を約束できるのか?」
「そのときは…………」
「何故お前のような生徒がポーター部門にいるのかはわからないが、お前だってパーティーメンバーがいる。彼らの意向を無視してメンバーを増やすのはいい選択とは言えない。それも全て込みでさっきの判断は0点だな」
「…………」
0点か…………たしかにそうかもしれないな。
俺はどこか自分が少し強くなったと思っていた。ダンジョンに入り、レベルは上がらないけどスキルを獲得して……でも生まれたときから決められた『レベル0』は変わらなかった。
もっと……強くなれば解決できるのだろうか? 俺に……何ができるのだろう?
そのとき、俺の肩をポンと叩いた先生はとある場所を指差した。
「そう落ち込むな。日向。お前にはまだまだ経験が足りなさすぎる。パーティーというものがわかってない。それはお前だけじゃねぇ。ここにいる一年生全員だ。ほら、見てみろ。あそこのパーティーを」
そこにいたのは――――上級生の二年生のパーティーだ。
八人が集まって一年生を眺めながら何か話し合いながら、バインダーに何かを書き込んでる様子が見える。
その中には、強さからしてポーターと思われる先輩の姿もあった。当然のように話し合っているし、むしろ多く話している。
「それが本来のパーティーの姿なのさ。さっきお前がやったようにな」
ふと見た俺が組んでいたメンバーの顔は、とても晴れやかで先輩から何かのアドバイスを真剣に聞いていた。他のパーティーは多くがイライラしているか、どこか諦めた表情をしている。
「たった一つのパーティーだけが勝てた。相手に差はそれほどない。みんな手加減しているからな。差があったのは――――ポーター。パーティーの指揮官であり、要でもある」
先生の言葉に俺のモヤモヤしていた気持ちが一気に和らいでいく。
体育館にいる生徒達、先輩達、先生達、全員の視線の動きがわかる。さらに視線だけじゃなく、それぞれの戦いへの温度差というのも伝わってくる。
多くのポーターは授業通りにサポートしつつ、戦いを常に見極めようとしている。あれだけ蔑まれていた斉藤くんも、戦いから目を離したりはしない。
「さっきどうして止めないかと聞いたな?」
「はい」
「探索者というのは、自分で道を切り開く者だ。だがそれだけではどうにもならないことだってある。だから仲間が大切なんだ。自分が信頼できる仲間。そんな仲間を探すこともまた探索者としての素質の一つだ。一年生の多くは戦闘力が高い探索者が立場上優位であると考える人も多い。それは間違いではないが、それだけでは超えられない壁も多い。彼もまた自分をちゃんと認めてくれる仲間を探さなければならない」
「それなら先生達が斡旋してくれたらいいと思うんですが……」
「それではただ答えになってしまう。お前だって数学で答えだけでなく公式にも採点が入るだろう? これから長い人生、探索者としての人生、卒業して一人の探索者となったとき、誰も面倒を見てはくれない。自分の足で歩き、自分の耳で聞き、自分の口で話、自分の目で見る。それを今回の特別教育プログラムで学ぶのだ。まあ、心配しなくとも、二年生になる頃には残るやつは残り、脱落するやつは脱落する。ここに残った者は仲間を信じた者達だけだ」
確かに先輩達のパーティーはそれぞれを尊重して動いている。
しっかり意見を言い合って、後輩達の動きを判断してアドバイスを考えたりする。メンバーのどの部門も必要ない部門など存在しない。だからこそみんなお互いを信じ、お互いを助け、お互いのために動く。
それこそが、パーティーの本来の姿だと知ることができた。
俺とひなと詩乃……そこに藤井くんまで加わることになった。まだ俺達のパーティーもパーティーとしての形を成してないかもしれないけど、これからみんなで話し合って決めていけたらいいなと思う。
「一つ面白い話をしてやろう」
先生は小さく「くっくっくっ」と笑いながら話し始めた。
「いずれ難しいダンジョンやダンジョンの奥に進むと、ポーターがいるかいないかで明確な差が出てくる。外に出れば他のパーティーとの競争が始まる。そうなると威張るだけしかできないやつはどんどん捨てられていく。いくら強くてもな」
「そんなことが……」
「実話だ。昔卒業するまでポーターを軽んじた才能があった生徒が一人いたが、彼は正式な探索者になって一年後には姿を消した。ポーターのいないパーティーなんて、誰も入らないからな。当然の結果だ。毎年そういう生徒もいるが、それでは探索者優遇学校である誠心高校の名が廃れるからな。少しずつパーティーの形を教えていくつもりだ」
「そうだったんですね……勝手なことをしようとしてすみません」
「いや、中々できるものじゃない。お前のような生徒がいることに若者もまだまだ捨てたもんじゃないなと思ったのさ。これだけ実力主義の社会で誰かを助ける心を持つのは大事だからな。探索者は一人では生きていけないから」
一人では生きていけない……か。
ひなや詩乃くらい強ければ一人でもやっていけそうなんだがどうなのだろう? いや、彼女達が期待してくれているのに、それに応える努力をしないでどうする。
パーティーメンバーだからこそ、俺には俺ができることを頑張ろう。メンバーに相談できることは相談できるようにしよう。
それから訓練が終わり、先輩に勝った一年生パーティーは俺がいたパーティーのみだった。
学校から神威家に向かう道。
俺の右側を詩乃、左側をひなが並んで歩く。
「日向くん。今日何かいいことでもあった?」
詩乃が目を丸くして少し視線の下から見上げる。
「そ、そんなに?」
ひなもひょっこりと覗いてくるが、そこまでわかりやすいのだろうか……。
「今日の特別教育プログラムは知らなかったことを知れたから。詩乃達とパーティーを組んでダンジョンに向かう日が楽しみだなと思って」
「そっか~でもダンジョンに入るのは再来週だね~」
「日向くんは帰省しちゃうもんね」
「そうだな」
「ふふっ。可愛い妹さんが待っているのか~いいなぁ~!」
二人とも上はいるが下はいないんだったな。
今日も神威家でゆっくりと時間を過ごす。
「そういや最近お爺さんの姿が見えないな?」
「いつもそんな感じだよ? 日向くんが来てくれるようになってからよく現れるくらいだもの」
広大な屋敷に住んでいると家族と会えない日も普通になるのだろうか……? 家にいて、家族と顔を合わせない日がなかった俺にはよくわからない感覚だ。
いつも通り美味しい夕飯を食べていると、一緒に食べていたおばさんがおもむろに話した。
「日向くん。ゴールデンウイークは実家に帰省するんだったよね?」
「はい」
「となると……その間はひなたの食事が心配ね」
「お母さん!? わ、私は大丈夫だよ?」
焦って頭を横に振るひなの髪が左右に揺れる。
「…………うちのひなたの力を抑える能力って、たしか離れていても使えてたわね?」
「そうですね。ある程度の範囲なら大丈夫です」
「例えばこの屋敷内ならどこでも届くのかしら?」
「まだ屋敷の広さを把握していないので難しいですが、うちの校舎内なら届くと思います」
実は俺の持つ『絶氷融解』というスキルは、指定した人物の絶氷を融解するスキルではない。
俺の周囲数メートル以内の絶氷を全て融解してくれるので、常に発動させておけば、俺の周りに絶氷が入ったときに、勝手に溶けることになる。
その範囲は最初こそ個人訓練場の広さくらいだったから半径十五メートルくらいだったが、今では百メートルほどに広がっている。
校舎の端と端だと難しいかもしれないけど、ある程度ならひなが見えてなくても『絶氷融解』が届くはずだ。
「いいことを聞いたわ。日向くんに折り入って頼みがあるのだけれど……神威家でできることなら何でもするのでぜひ聞いてほしいわ」
「お母さん!?」
「えっと……そこまでしなくても、ひなは同じパーティーメンバーですから、俺にできることなら何でも協力しますよ」
「日向くん……」
「助かるわ! ではさっそく今日からやってもらおうかしらね!」
俺はその頼みというものを甘くみていた。
次の瞬間、おばさんから告げられた言葉に耳を疑ってしまったのだ。
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