14話-①

■第14話





 特別教育プログラムも三日目。

 これもすっかり馴染んで、以前のように冷たい視線が一方的に向けられることはなくなった。

 というのも、各部門で集まる場所が変わっているから。

 俺達ポーター部門は、魔物が置かれた研究室のような場所に集まった。そこにはまだ解体されていない魔物が、大きな解剖台に置かれている。

「では今日は解体実践をする! すでに実体験がある生徒も多いだろうから、説明は簡単にさっそく各魔物の需要なポイントなどを説明していく!」

 各解剖台に置かれている魔物が全部別種類だったのはそういう意味なんだな。

 解体で魔物を見るときは『人型』『獣型』『異型』の三種類が存在していて、人型と獣型はわりと構造が似てるので取れる素材も大体似ている。

 少し特殊な牙やら背中の角、毛の種類などに違いはあれど、大半が牙や爪が素材となる。

 問題なのは異型であまりにも種類が多いので、事前に知識を入れることをおすすめされた。

 素材の種類の検索の仕方をいろいろ教わったりしたが、結局のところ、俺には『魔物解体』というスキルがあるから、素材箇所を覚えたり、剥ぎ取り方を覚えても必要ない。

 ただ、こういう知識があれば、魔物の弱点とかもわかるし、逆に傷つけてはならない場所もわかることに繋がる。そういう情報をパーティーメンバー間で共有できるのもポーターの強みの一つだ。

 魔物はみんなで見回した後、それぞれ班に分かれて実際の解体をする。

 班は参加者ランダムで編成された。

 一人の男子生徒が解体を始めて、手際よく進める。非常に慣れた手付きで、解体を始めたら目の色が少し変わったところから、得意なところかもしれない。

 一人一人順番で解体を進めて、最後に俺の番となった。

「どうぞ」

 男子生徒は何の気兼ねなく解体用ナイフを渡してくれた。

 分厚く作られたナイフは、このまま武器としても使えそうである。

 いつも『魔物解体』ばかりだから、実際の解体は初体験なのもあって、中々上手くいかない。

「ん~そこ、力入れすぎだよ。もう少し刃で剃る感じで切ってみて?」

 じっと見ていた男子生徒がアドバイスをくれる。

「こうか?」

 爪と継ぎ目を優しく切っていく。一度で切るのではなく、何度か刃を動かして切る。

 数回繰り返すと爪が綺麗に取れた。

「手際いいね。それなら大丈夫そう」

「ありがとう。アドバイス助かった」

「大したものじゃないさ。僕は斉藤さいとうりく

「俺は鈴木日向だ。よろしく」

 同じポーター部門だからか、彼以外の生徒もみんな優しい。いつもの冷たい視線を送る生徒は誰一人いない。

「君は戦闘に向いてそうな体付きだけど、ポーター志望なんだ?」

「パーティーメンバーが強くて、俺はサポート役になってるんだ。ポーターをしっかり勉強しておきたくて」

「あ~そういうことか。たしか……あの氷姫のところだよね?」

 あはは……相変わらずひなの『氷姫』は有名なんだな。

「ああ。神威さんのところだよ」

「すごいな。Sランク潜在能力の彼女がいたら、サポーターになっちゃうだろうな」

「彼女たちのおかげでいろんなダンジョンを経験できて、とても助かってる。だから何か返したくてポーターの知識をもっと取り入れたい」

「うんうん。その情熱があれば十分やっていけそう! どんどん体験するといいよ」

 それから代わる代わる魔物の解体をしていく。ダンジョンでの解体はこんな安定した場所ではないからと、高さを調整したりといろいろ面白い体験ができた。

 できれば近くのダンジョンで実戦したいんだが、入場禁止だしな…………。

 特別教育プログラムの時間が終わり、スキル『クリーン』を使用して体に染みついた匂いを消す。魔物を直接解体するとこういう匂いの悩みなんかもあるものだ。

 ポーターに女性がいない一番の理由は、匂いだというアンケート結果まであるようだ。

ホームルームのために一旦教室に戻る。

「おかえり~」

「た、ただいま」

 いつもと変わらない「どうかしたの?」と可愛らしく首を傾げるひなだが、今でも彼女が俺のパーティーメンバーなのが不思議だ。

 美しいと一言に尽きる可憐さを持ち、能力も最上級のSランク潜在能力。その中でも彼女の能力である『絶氷』は名前の通り絶大な力を誇り、あらゆるモノを凍て尽くす。

 そんな彼女の笑顔が向けられるのは、少しこそばゆいものを感じる。

「今日初実践だったよね? どうだった?」

 珍しく興味津々に聞いてくるひな。

「思っていたよりずっと大変だったかな?」

「ふふっ。私も頑張らないと!」

「いや、ひなは十分頑張ってくれてるから」

「そうかな?」

「ああ。いつもありがとうな」

 彼女は天使のような笑みを浮かべた。

 気のせいか……クラスメイトたちから刺さるような視線が一気に変わっていく。

 周りをちらっと見ると、どの生徒もひなの笑顔に視線が向いていた。


《経験により、スキル『視線感知』を獲得しました。》


 ん? 久しぶりにスキルを獲得したな。最近はダンジョンにも潜っていないし、今週も入場禁止で潜らないからスキルなんて獲得できるチャンスはないと思っていたが……。

 ひなと話しているといつの間にかホームルームも終わった。

 探索者を志すものならダンジョンに向かったりするので部活には入らないが、そうでない生徒は部活があり、楽しそうに話しながら向かうのが見える。

 さっき獲得したスキルのおかげなのか、生徒たちの視線が向く先まで感じ取ることができる。

 自分に向いている視線を感知するだけのスキルじゃないようだ。

 教室で少し待っていると、廊下から一人の女子生徒が教室に入ってくる。

 掃除をしていた生徒たちの視線が彼女に集まるのは言うまでもない。

「やっほ~」

「「おかえり」」

 ふいにひなと声が被ったが、こういうときどうしてか「おかえり」と言ってしまう。

 その日もダンジョンに入ることはなく、何も変わらない一日を送った。


 翌日の午後の特別教育プログラム。

 今日含め残り二日となった特別教育プログラムだ。

 やってきたのは初日と同じく体育館。そこには他の部門の生徒たちも集まっていた。

「今日は全部門の合同練習になる。魔物はいないが、先輩が魔物の代わりを務める。ボス魔物を想定した長期戦を意識する戦い方をするぞ」

 事前に組まされたのは、普段パーティーを組んでいるメンバーと、余ったメンバーでパーティーを組んだ。

 大半の生徒はすでにパーティーを組んでいるのもあり、慣れ親しんだような様子だ。

 そんな中に、昨日手際よく解体をしていた斉藤くんの姿も見える。

 彼と一緒にいる生徒は三人とも木剣を持っているので接近部門だけのパーティーのようだ。

 俺の方のメンバーは意外にもバランスよく接近二人、遠距離一人だ。

 こう見ると魔法が使える生徒はかなり少ないのがわかる。

 それぞれ分かれて魔物役の先輩と戦いが始まった。

 先輩は程よくこちらのペースに合わせて攻撃をしてきて、それを受け止めたりと前衛があたふたする。

俺は後ろから集中して戦況を見極める。

 味方の視線、相手の視線、どの動きがどうなるのか予測しながら、味方の疲労度も考える。

 ポーターの役割は何も解体するだけではない。さらにいうなら荷物を運ぶことだけが役目でもない。パーティーの一員としてみんなで一緒に戦うのだ。

 前衛二人のうち、一人が休憩に入ったタイミングでマジックバッグから飲み物を取り出して渡す。マジックバッグは人によって持ってる人、持っていない人がいるが、パーティーとして所有するケースが多い。

「どうやら足元が弱いみたい」

「足元……?」

「木剣を遠くから振り回すように攻撃していて、下半身に注意がいかないようにしてるんだ」

「…………」

 少し納得いかなそうな男子生徒は「まあいっか」と半分呆れたように、俺から聞いたことを後衛の人と打ち合わせする。

 俺は引き続き前衛が変わるタイミングを見計らう。

「いまだ!」

 俺の声に顔を歪めた前衛二人は、仕方なく前後を入れ替えた。

 すぐに後衛の練習用の矢が先輩の足元に飛ぶ。

 それに反応した先輩が大きく後ろに飛び跳ねて大きな隙が生まれた。

 今なら――――届く。

 味方の前衛もその反応に驚いて急いで追撃を試みる。

 その勢いに驚いた先輩が急いで打ち返そうとするが、続けて後ろから足元に飛んでくる矢を避けられずに当たった。

「「「当たった!」」」

 後ろで待機していたもう一人の前衛もタイミングを見計らって追撃を叩き込む。

「うわっ!?」

 前衛二人は重心を崩して転んだ先輩の喉元に木剣を突き刺した。

「参った!」

「「「勝った!」」」

 四対一……ではあるものの、自分たちよりも上級生を訓練でも勝てたことがとても嬉しい。

 実際他のパーティーを見ると、どのパーティーも先輩と悪戦苦闘している。

 先輩が強いからではないはずだ。現に、ここにいる先輩たちはまだ二年生で俺達より少し強いくらいで、明確な弱点がある。よく観察すればわかるはずだ。

 何しろ、ひなのような圧倒的な力を発揮しているわけではないから。ちゃんと先輩達も手加減をした動きなので、攻略はわりと簡単に思える。

「お前すげぇじゃん! よく先輩の弱点を見抜いたな!」

「最初はまじかよと思ったけど、意外と信じてみるもんだな!」

 前衛の二人はハイテンションで俺の背中を優しく叩きながら嬉しそうにする。

 後衛の男子生徒も嬉しそうに俺を見て頷いてくれる。

 ポーターとして補助をするだけでなく、こういう作戦立案もできるのはいい経験になった。

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