二章

13話-①

■第13話





 ピーッ!

 音が響くと同時に素早く左手を伸ばしてアラームを止める。

 誠心高校に入学してダンジョンに入ったことで、たくさんのスキルを手に入れた。

 おかげで短時間の睡眠でも熟睡できるようになったのは、きっといいことだと思う。

 うん……! 体も軽くてどこか痛むところもないし、違和感もないな。

 いつも通り、壁に掛けておいた制服を着て部屋を出る。

 扉を開いて廊下の奥を見つめると、ちょうど同じタイミングで扉が開く部屋があった。

 中から出てきたどこか女性らしさを感じさせる男子制服を着た姿が見える。

 彼は俺に向かって微笑みながら手を振ってきた。

「日向くん~おはよう! 同じタイミングだね」

「おはよう。藤井くんも早いんだな」

「もちろんだよ! 早く行かないと、朝食をいっぱい食べられないからね!」

「あはは……」

 相変わらずというか、藤井くんは見た目に反して大食いだからな。

 Cランクダンジョン3――――通称C3で起きたイレギュラーから一週間。

 あの出来事はここ数十年内のイレギュラー事件では断トツに大きな事件で、被害に遭った探索者数は最多人数を更新した。日本だけでなく、全世界にもニュースになった事件は、今でもニュースで取り上げており、連日何かの前触れではないかなどと論争を繰り広げている。

 そして…………その当事者の一人が藤井くんだ。

「うん? 僕の顔に何か付いてる?」

 自分の顔をベタベタ触る藤井くん。

「ううん。何もないよ。さあ、食堂に急がないと藤井くんが好きな食べ物全部無くなるかも」

「それはいけない! 日向くん! 急ごう!」

 朝から唯一の友人に自然と嬉し笑みがこぼれた。

 食堂に入り、のんびりと朝ごはんを食べる。藤井くんは予想通り朝から山盛りのご飯を食べ、それを眺めているだけで胃もたれしてしまいそうだ。

 朝食を食べて教室に向かう。

「おはようございます」

 玄関では一年生寮の寮母清野さんが無表情で見送ってくれる。

 入学前から入寮生の顔と名前を覚えるくらい優しさと責任感の強い方だ。

 寮を出て教室に向かう間に、何人かの一年生の生徒とすれ違うが、誰もが俺をちらっと見て顔をしかめる。

「あいつが例の奴・・・だよな?」

「たしかそのはずだぜ」

 ひそひそ話が聞こえてくるくらいには、嫌われているのがわかる。

 中学まで住んでいた恵蘭町と似た雰囲気になってきた。あの頃も誰からも嫌われていたから。

 廊下を通り二階の教室前で藤井くんと別れて、自分のクラスに入り席に座る。

 昔のいじめのように机に落書きされたりしないのが唯一の救いか。それでもちらほらいるクラスメイトたちからは冷たい視線が降り注ぐ。

 壁際の自分の席に座って待っていると、窓の外、校門に美しい銀の姫様が空から降りてくる。

 ふんわりと広がる銀色の長い髪に、周囲の生徒たちの視線を集めるのは簡単なことだ。

 俺はすぐにスキルを使用する。

 スキル『絶氷融解』。彼女が放ってしまう絶氷を解かすスキルだけど、常時使うことで漏れ出る絶氷を間髪入れずに止めることができる。

 むすっとしていた彼女の顔が一気にほどけて、こちらに向かって笑顔で手を上げる。

 誰かに向いてるのではなく俺に向いている笑顔。

 これがまた俺に刺すような視線を送られる原因を増長するものの一つだ。

 彼女――――ひなたが校舎の中に入ると、続いてもう一人の女子生徒が玄関に立つ。

 綺麗な黒髪をショートに揃えて清潔感のあるその姿は、明るく前向きな性格の彼女にとても似合っている。もちろん、周りの男子生徒たちの視線が集まるのは言うまでもない。

「ひ~な~た~く~ん! お~は~よ~う~!」

 あはは……。

 これで返事をしないと膨れるので、急いで手を振って返す。そして、俺のもう一つのスキル『念話』を使って言葉を届ける。

【おはよう。詩乃】

 にこっと笑った詩乃は、スキップに近い軽い足取りで校舎に入った。

 続いてひなが教室の中に入ってくるが、みんなの視線がひなに向いて、彼女が俺の前の席に立つと俺に降り注ぐ。もちろん――――冷たい視線だが。

「ひなちゃん~日向くん~おはよう!」

「詩乃ちゃん~おはよう~」

「おはよう」

 念話で送ったけど、それは彼女にしか聞こえないから、こうして声に出して返事をしながらひなの真似をしながらひなの言葉を念話で伝えつつ、自分の声もそのまま念話で伝える。

 これもだいぶ慣れてきて、今ではとっさに出るようになったほどだ。

「またお昼ね~」

 そう言いながら笑顔の彼女は離れて自分のクラスに向かう。

 おそらく、彼女はお昼まで笑うことはないだろう。彼女が付けている耳栓は多くの人と彼女の間に大きな壁を作ってしまってるから。

「あんな冴えないやつがどうして二人と仲いいんだか」

「なんか弱みでも握ってるんじゃね?」

「それしか考えられないよな」

 最近、いろんなスキルを獲得したせいか聴力までもよくなってきた。ひそひそ話を全部拾ってしまう。

 ダンジョンに潜るまではこうではなかったけど、慣れた……とはあまり言いたくないけど、慣れるしかないよな。

 ホームルームが始まり、担任の先生が教壇に立つ。

「以前にも伝えた通りダンジョン入場禁止の一週間だったが……残念ながら今週も入場禁止となった。これでゴールデンウイークまでは入場禁止となる。せっかくの機会だ。午後からダンジョンに入っていた生徒は特別教育プログラムでも参加してみることをおすすめするぞ」

 C3のイレギュラーによって、入場が許可されている未成年者はもれなく禁止となった。

 未成年者といっても高校生からなので、実質高校生の入場禁止ということになるが。

 俺はありがたいことにひなや詩乃のおかげで毎日午後から特別カリキュラムを利用してダンジョンに行ってたが、先週は久しぶりに学校で授業を受けた。

 元々勉強は嫌いではないけど……今はできればダンジョンに入りたいな……でもちゃんとこういうルールは守らないとね。

 それからは何事もなく授業が始まり昼食時間となった。

 俺達がいつも集まっている屋上に入る。開けた青空が気持ちよく、ときおり日差しは眩しいけど風が気持ちよくて俺は屋上が好きだ。

 俺とひなが先に到着して、ひなはマジックバッグからレジャーシートを敷いて座卓を取り出し、美味しそうな匂いがする弁当をたくさん出してくれた。

 慣れてるのもあるけど、鮮やかな手付きで俺が手伝えるのはレジャーシートを広げるくらいしかない。重そうな座卓も片手でひょいっと取り出すひなに苦笑いがこぼれた。

 屋上の扉が開いて詩乃が入ってくる。

「やっとお昼だ~」

 すぐにだらける詩乃はひなの肩に頭を擦る。

 続けて慣れない表情で扉から入って来ようとするが足が止まっている男子が見える。

「藤井くん~やっほ~」

「や、やあ!」

「どうしたの? 早くおいでよ~」

「うん!」

 おそるおそる屋上に入ってくる藤井くん。まだ慣れないようだ。

 俺の隣に座った彼は目を光らせて座卓の上を眺める。

「美味そう!」

「実際美味しいものな。ひなの弁当」

「お母さんも最近弁当作りが楽しいみたいだよ。私も手伝いけど……」

 そう言いながら肩を落とすひな。きっとその気持ちだけで十分だと思う。それに、彼女の優しさはきっと伝わってるはずだ。

「「「「いただきます!」」」」

 みんなで手を合わせて弁当を食べる。

 こんな幸せな日々が毎日続いてくれたらいいなと思いながら、涼しい風に揺られながら昼食を堪能した。

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