12話

■ 第12話





 最初にやってきたのは服屋だ。

 ダンジョン攻略で最も重要視されているのは、防具だ。

 誠心高校の制服は生徒であることを示しながらも、最高峰の防具でもある。

 だからダンジョンに入る時は必ず制服を着ている。

 今日はイレギュラーがあったために、全てのダンジョンが封鎖されてしまった。

 制服のままでもいいけど、せっかくならと新しい服を買おうということになって、服屋に連れてこられたのだ。

「日向くんはこれ! ひなちゃんはこれ!」

 何が凄いって、流して見ているようで的確に見つけるというか、詩乃のセンスは異常に優れている気がする。

「はいはい。二人とも着替えて~」

 詩乃に背中を押されて、俺とひなとそれぞれの簡易更衣室に入った。

 同じ更衣室に入ったわけではないのに、壁一枚向こうにひながいると思うと、思わず顔が熱くなる。

 隣から服を脱ぐ音が聞こえて、より顔が熱くなるのを感じる。

 俺も急いで詩乃から押し付けられた衣装に着替える。

 ネイビーブルーのストレッチ性のあるズボンに、白いシャツとズボンと色を揃えたジャケットを羽織る。

 シンプルだけど、とても気に入ったデザインだ。

 更衣室のカーテンを開くと、靴まで用意されていて、黒いブーツを履いた。

「わあ! やっぱり日向くんはシンプルでも似合うね。それより……一つ聞いていい?」

「ん? どうした?」

「えっと……いつも髪を深く下ろしているけど、それってどうしてなの?」

「あ~これは、妹から一緒に出掛ける時以外は必ず下ろしておくように言われていてな」

「ほぉ…………ねえ、日向くん?」

 目を細めて近づいてくる詩乃。

 気のせいか、詩乃からいい香りがする。いや、元々か。

「お、おう?」

「せっかく私達とデートなんだから、髪上げようよ」

「で、デート!?」

「そうだよ? 嫌?」

 笑顔になった詩乃がまた可愛らしい。

「そ、その……詩乃はどう……思う?」

「えっ? 私?」

 頷いて返す。ひなももちろんだけど、今日は詩乃も一緒に行動するはずだ。

 妹には悪いと思っているが、そもそも絶対禁止とは言われていないから。

「ふふっ。私もパーッと上げて欲しいかな? この店だとメンズワックスのサービスもあるから、それを頼んでみよう」

「分かった」

 すぐに店員が呼ばれて、俺はどこかに連れて行かれた。

 店員の成すがまま、メンズワックスを髪につけられ、前髪が上げられ視界が一気に開ける。

 セットを終えた店員の顔が少し赤くなっているのが気になるが、詩乃達のとこに戻った。

 丁度俺が戻ったとき、詩乃は着替え中で、ひなの後ろ姿があった。

「ひな」

 俺の声に応えるように振り向くひな。

 美しい銀色の髪が宙を舞い、そこには今まで見たことのないひなの姿があった。

 真っ白な美しいワンピース。スカートから伸びる程よい肉付きの綺麗な足が彼女の可愛さをより強調している。茶色のブーツもアクセントになって、右手に銀色のブレスレットもとても似合っている。

「ひ、日向くん?」

「っ!? ご、ごめん」

 思わず視線を外してしまった。美少女は妹で慣れているつもりだったが……ひなの美しさは中々直視できない。

「え、えっと……やっぱり、似合ってないよね……」

「い、いや! そんなことはない! めちゃくちゃ似合ってて……その……すまん。直視できない……」

 ひなまで黙ってしまって気まずい雰囲気が続いた。

 その時、閉まっていた更衣室のカーテンが開いて、中から詩乃がジト目で見てくる。

「何を言っているのか聞こえなかったけど、ラブラブの波動を感じました」

「い、いや! そんなことは……」

「まったく……人が着替え中に私だけ除け者にしたな~」

「そ、そんなことはないって!」

 ムッとする詩乃だが、ひなとは真逆のチョイスで、黒い革のショートパンツとベージュ色のキャミソール、その上にショートパンツよりも下まで伸びる着丈が長いピンク色のシャツを羽織っていた。

 二人とも同じブーツを履いていて、ひなの右手のブレスレットを、詩乃は左手にしていた。

「詩乃も凄く似合っているよ」

「ふふっ! なんたって詩乃様ですから~!」

「これからもよろしくお願い申し上げます~」

 芝居のかかった大袈裟な挨拶をすると、ひなもそれを真似る。

 俺達は顔を見合わせて笑い声を上げた。

 会計を済ませて、今日は狩りではなく商店街を回って遊ぶことにした。

 服屋の次は、詩乃が大好きなカフェで、また呪文みたいな珈琲を注文して三人でカウンター席に並ぶ。

 テーブル席は誰かが一人で座ることになるから嫌だとカウンター席に並んだ。

 俺を挟んで二人が楽しそうに話し、俺も時折混ざりながら楽しい時間を過ごしていく。

 カフェの次はゲームセンター。

 よく分からないけど、上手くプレイするよりは、笑っている二人に自然と笑みがこぼれた。

 時には詩乃から人形を取って欲しいとせがまれて一所懸命取りにいく。

 こういう所で武術が生きるとは思わなかったが、アームと人形に寸分たがわぬ狙いを定めることができた。

 …………これって違法とかにならないよな?

 詩乃とひなの分を取ったので、いなくなった二人を探し回る。

 周囲探索を使えばすぐにでも見つけられるけど、それは最終兵器だ。今はこの時間ですら楽しくて愛おしい。

 ゆっくりと歩き回ると、向こうから詩乃とひなが嬉しそうにやってきた。

「じゃじゃーん! 新しいひなちゃんだよ~」

「ど、どうかな……」

 そこには、長い髪を二つに結んでツインテールにしたひながいた。

 もちろん、破壊力は抜群で数秒息を吸うことすら忘れた。

 それに詩乃の前髪には大きい髪留めが付けられていて、それがまた可愛らしい。

 二人とも俺から離れると声は聞こえないし、感情は表せないのによく行ってきたものだ。

「ほら。欲しがっていた人形。二人分だよ」

「わあ! ありがとう!」

「私も? あ、ありがとう……大事にするね?」

 二人とも大事そうに抱えて笑顔を浮かべてくれる。

 その姿だけでも取った甲斐があったというものだ。

「今度は~レストラン~!」

 また詩乃が元気よく俺の手を引くと、ひなも俺の手を握り並んで一緒に走る。

 繋いだ手の銀色の細いブレスレットが輝く。

 詩乃が目指したのは、意外にもチェーン店のレストランだった。

 二人とも豪邸に住む令嬢だ。高級レストランの方が慣れてそうなのにな。

「ここ、一度来てみたかったの!」

「私も! 周りの子達が話してて気になってた!」

「でしょでしょ!」

 ぐいぐい引っ張られて中に入ると、店内が一気にざわつく。

 誰もがこちらを見ながら「え? どこかの俳優さん達?」とか「モデルとかかな」と、ひそひそ話を始めた。

 店員に案内されて通された席で二人が止まったので、二人を向かいの席に押し込んで、俺は対面に座った。

 さすがにこういう時も隣がいいとか言わないで欲しい。

 ……妹が以前テーブル席なのに隣に座って非常に気まずかった。何とか向かいの席に座らせたけど。

 二人とも安価な食べ物を注文して、料理が届くまでデザートを何にするかで悩み始める。

 すっかり仲良くなった二人は、姉と妹にも見える。俺の予想では意外に詩乃が妹かな。

「ん?」

 俺の視線に気づいたのか、詩乃が首を傾げる。

「いや、二人ってなんだか姉妹みたいだなって。ひなが姉で詩乃が妹かなって」

 二人はお互いに目を合わせた。

「それなら日向くんはお兄ちゃんだね~お兄ちゃん~」

「お兄ちゃん~」

 っ!?

 妹の「お兄ちゃん」も慣れたとはいえ、世界で一番可愛いと思っていたのに、それに次いで二人の「お兄ちゃん」の破壊力はとんでもないものだ。

 ふと、妹のことを思い出して、少し胸が苦しくなる。

 次の長期連休の時に実家に戻り、ダンジョンで稼いだお金を母さんに渡したいと思う。

 それに妹のお土産も色々買っていかないとな。

「日向くん? どうかしたの?」

「妹を思い出してな。次の連休で帰るから、お土産とか準備しないとな~と思ったところだよ」

「それなら私達が一緒に探してあげる~!」

「ありがとう。妹もきっと喜ぶよ」

 それから注文した料理が届いて、みんなでシェアしながら味を堪能して、デザートもお互いに違う味のパフェを三つ注文してシェアして食べた。

 それからも商店街の色んな店を見れ回って、夕方前には神威家に戻った。

 ひなのお父さんも帰られていて、ご両親がひなの格好に涙を流したのは言うまでもない。しまいには、写真まで残したいということで、流れでみんなで写真を撮ることになった。

 ひなとご両親とお爺さんの四人。

 俺と詩乃が入った六人。

 俺とひなと詩乃の三人。

 カメラも魔道具のようで、その場で何枚も量産できて、三人の写真と一緒に綺麗なフォトフレームも一つ頂けた。ひなも詩乃もみんな同じ形の色が違うだけのフォトフレームを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る