11話-②

 次の日から毎晩のようにダンジョンに通い始めた。

 D46以外にも以前藤井くんが通っていたというD86にも通ってみたり、一週間を通してDランクダンジョンでの攻略を続けた。

 そして、土曜日になってまた三人でD46を訪れた。

 今では二人ともDランクダンジョンでレベルが上がり、より強くなって、ピクニックに通っているように三層の魔物すら一瞬で倒したり、フロアボスですら秒で倒していた。

 やはり二人ともレベルが上がれば俺なんかと比べ物にならないくらい強くなれる。

「君。またあの事考えてるでしょう」

「!? す、すまん……」

 最近強くなる二人を眺めてこういう事を思っていると、心を読まれたのか詩乃にいつも怒られてしまう。そんなに顔に出やすいのか?

 ひな……そんな悲しそうに肩を落とさないでくれ……。

 それから待機場での雰囲気も変わった。誰一人俺達に視線を向けない。

 いつもならガヤガヤするはずなのに、誰一人喋らない。空気が凍り付いている。

 大勢の探索者が再戦時間を待っているにもかかわらず、静かになった洞窟の中に、ひなと詩乃の楽しそうな雑談の声だけが響き渡る。

 どうやら俺達のことは噂になったみたいで、誰も騒いだりしなくなった。あの時のパーティーメンバーが狩場を変えたという噂も聞こえてきた。

 その日も無事狩りを終えて、二人を送って寮に戻り、またいつも通りコッソリD90で素材集めを繰り返す。

 睡眠効果増大スキルのおかげで一日三時間も眠れば十分になった。

 これによってD90での狩りの時間は深夜まで続いて、より効率よくポーションを集められた。

 今日でポーションも二十本となり、これだけあれば買取に出してマジックウェポンを購入するお金も確保できそうだ。ギゲの素材もたんまりと貯まっているし。


 土曜日が明けて日曜日となった。

 そろそろCランクダンジョンに入りたいと言っていたこともあって、今日から俺達もC3に向かおうということになった。

 せっかくなら藤井くんにも伝えたかったのだが、どうやら昨日は帰ってこなかったようだ。

 仕方ないと思いながら、二人を迎えに行く。

 ひなと合流して詩乃のところに向かう間、何やら周りが騒がしい。

「何かあったのかな?」

「急いで詩乃と合流しよう」

 何だか胸騒ぎが始まった。

 急いで神楽家に着くと、詩乃が出迎えてくれた。

「おはよう~!」

「おはよう、詩乃」

「どうしたの? 顔色があまりよくない?」

「それが、周りの人達が焦っているみたいでな。何かあったのかも知れない」

「なるほどね。それなら私に任せて」

 そう言った詩乃は、俺達を近くの公園に連れて来た。

 まだ早い時間だからなのか閑散とした公園に俺達以外は誰もいなかった。

 その時、詩乃が俺にピッタリとくっつくほど近づいてきた。

「し、詩乃!?」

「動かないでね」

 詩乃は両耳のイヤホンを取った。

「っ…………」

 顔を歪めた彼女は俺に寄りかかるように肩に頭を埋めた。

 辛そうな詩乃を俺とひなはただ見守るしかできずにいた。

 ようやくイヤホンを嵌めた詩乃がその場に崩れそうになる。

 急いで彼女に肩を貸して近くのベンチに座らせた。

「えっと……ね…………どうやら、イレギュラーが……起きてるみたい」

「「イレギュラー!?」」

 俺とひなの声が被る。

 『イレギュラー』という言葉は、探索者にとって最も大切な言葉でもある。

 世界に自然災害があるように、探索者にとってイレギュラーは自然災害のような大きな災害である。

 ダンジョンの階層にはそれぞれに決まった魔物が出現する。別の階層や別のダンジョンの魔物が出現することはないのだ。

 なのに、それが起きる場合がある。通称『イレギュラー』と呼ばれている。

 そして、中でも最悪なのは――――出現した魔物がそのダンジョンにいる魔物よりもずっと強力である場合がある。

 例えば、CランクダンジョンでDランクやEランクのダンジョンの魔物が出現しても、それは脅威にはならない。だが、CランクダンジョンにBランクダンジョンの魔物が現れたとすると、それは絶望的な状況になる。

 探索者は本来自分の身の丈にあったランクのダンジョンに入るが、最悪のイレギュラーはそれを大きく超えてしまうため、多くの犠牲者が生まれてしまうのだ。

「一体どこでイレギュラーが起きてるんだ?」

「それが…………どうやら近くの――――」

 詩乃の言葉に何故が心臓が跳ね上がった。

 願うことなら、自分の知人がいない場所であって欲しいと願った。だが、その実情は無情にも……俺が一番言われたくない言葉となって返ってきた。

「――――C3。しかも一層みたい」

「っ……!」

 C3。一度も行ったことはないが、俺はその名を知っている。

 誠心高校に入学して、二人とパーティーを組む前から……友人となった藤井くん。

 彼が先週から通っているダンジョンの名前だ。

「日向くん?」

「あのダンジョンに……ずっと友人が通っているんだ」

「そう言ったよね。でもこの時間だとまだ入っていないんじゃない?」

「いや、昨日は帰ってこなかった。だからまだC3に残っているかも知れない」

「それって…………」

 詩乃から聞いた情報を必死にまとめる。

 詩乃の情報でC3の一層でイレギュラーが起きたという。

 本来なら昨日帰ってくるはずの藤井くんが帰ってこなかったのは、帰ってこれなかったと考えるべきだ。

 その原因を考えると、一つは死亡だ。でもそうではないと信じたい。

 もう一つは――――二層に逃げ込んだ可能性がある。

 となると一層のイレギュラーは突破が難しいのかも知れない。

 考え込んでいると、俺の両手に温かい感触が伝わってきた。

「日向くん? どうするの?」

「どう……する?」

「うん。このまま待っていればレスキュー隊が助けてくれると思う。でもCランクダンジョンで起きたイレギュラーは、少なくともBランク以上のモンスターが現れてるはず。となると通常のイレギュラー隊では対処できなくなっちゃう。恐らく……特殊隊が来るまで待たないといけないかも知れない」

 特殊隊……? それがやってくるまでどれだけかかるんだ?

「すぐに来るとは思うけど、少なくとも一時間以上はかかると見た方がいい」

「一時間……? それまで犠牲者は出ないのか?」

「…………一層って事は、入口で封鎖しているだろうから、新たな犠牲者は生まれないと思う。でも…………元々いた探索者は被害に遭っているか、二層に逃げていると思う」

 やはりそう考えるのが妥当か……!

「でも二層に逃げ込んだとしても、問題はみんなの体力がどこまで続くか。強い人がいればいいけど、一層をメイン狩場としたメンバーなら……二層は荷が重いと思う」

「っ……」

「でも一つだけ方法があるなら――――日向くん」

 二人が俺の手をぎゅっと握り閉めた。

「日向くんの強さは私達が誰よりも近くで見てきたの。だから……日向くんならみんなを助けられるかも知れない。あの消える力で二層に物資を運んだり助けたりできると思う。でもそんなことをしたら、みんなに君の正体を打ち明けることになってしまう。特にあの消える力は国にとっても有効で危険な力だから」

 詩乃が何を言いたいのかが伝わってくる。絶隠密の力があれば色んな事ができてしまうから、国から兵士として強制的に招集されるかも知れない。

 やがては、家族さえも危険に晒すことになりかねない。それだけは絶対にしたくない。

 でも一つだけ頭を過ぎることがあった。

 ――――『愚者ノ仮面』。

 それがあれば、顔を隠したまま助けられると思う。

「だとしても……友達が生きているかも知れない。大勢の人が俺が行くことで助かるかもしれない。それなら…………」

 二人が俺の手を触ってくれて、俺はそのまま拳を握った。

「だから行くよ」

「うん。応援してる」

「私も落ち着いたら追いつくから、すぐに行くね」

「ああ。行ってくる」

「「いってらっしゃい」」

 二人が見送ってくれるなら百人力だ。

 俺は絶隠密状態になり、愚者ノ仮面を被った。

 視界が一気に開けて全方位が見えるようになり、全速力でC3に向かって走り出した。

 C3は今日向かう予定だったから事前に場所を把握している。

 ビルの壁から壁に飛び移りながら全速力で走る。仮面の力で重力は感じずに、風圧も衝撃波も出ず、超高速で走り、木々の葉っぱすら揺らすこともなかった。

 イレギュラーのせいなのか、周りがあたふたしている。非常事態でもあるのか、いくつものダンジョンへの入場禁止令が出ていた。

 慌ただしい景色が続いて、遂にC3の入口前にやってきた。

 物々しい雰囲気の中、大怪我をしている探索者が多くいて、手当を受けていた。

 入口付近では涙を流している人々も多く、どれ程絶望的なイレギュラーが起こっているのか伝わってきた。

 俺は急いで中に向かった。

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