10話-④

 重い足取りで、寮に戻った。

「「日向くん!」」

「っ!?」

 俺を呼ぶ声に顔を上げると、そこには大きな目に涙を浮かべた二人がいた。

 街路灯に照らされた二人は、真っすぐ俺に向かって走ってくる。

「どう……して?」

「日向くんが……悲しそうにしていたから……心配になって……」

「君の部屋に明かりがつかなかったから……」

 ちゃんと笑っていたはずだ。愛想笑いはそれなりにやってきたはずだし、俺にはポーカーフェイススキルまで持っている。それも発動させたはずだ。なのにどうして……?

「ねえ。日向くん。私達と一緒にいると、辛い?」

「っ!? そ、そんなはずないだろ!」

「なら、どうして君は私達にちゃんと言ってくれない?」

「えっ?」

「日向くんが何を悩んでて、私達に何を思って何を感じているのか……私は知りたい」

「私も知りたい。君は何も聞こえない世界の私に声を届けてくれた」

「誰も私に近づけないのに、日向くんだけは近づいてくれた。それだけで私は救われた」

 ひなと詩乃が俺の両手を握りしめる。

 二人の頬に涙が流れるのが見えた。

「俺は…………二人が思っているような人間じゃない。いつだってどうしようもなくて、こうやって誰かを泣かせて、守ることもできない……弱い男なんだ……」

「ねえ。日向くん。もし誰か日向くんを傷つけるなら、私は日向くんを守りたい」

「誰もが君を悪く言っても私は君の優しさを知っているから」

「だから弱いなんて言わないで。何もかもを一人で抱えないで欲しい」

「ちゃんと私達もここにいる。君が辛い事、私達にも一緒に背負わせて欲しい」

「ひな……詩乃……」

 思わず涙が流れた。

 強いというのはどういうことを指すのだろうか。

 俺の運命は『愚者』だという。ああ。確かにその通りだ。俺はどこまでも愚かな男だ。こうして……俺の事をちゃんと見てくれる二人がいるのに、いつまでもうじうじと悩んで、勝手に不安になって、勝手に未来を決めつけて。

 こうして俺のために涙を流してくれる人がいるのにな。本当に俺は駄目な男だ。

 雲に隠れていた月がゆっくりと姿を現し、明かりで俺達を照らす。

 二人は満面の笑みを浮かべて、俺の手を大事そうに抱えて頬に当ててくれる。

「辛いなら何でも言ってね?」

「君は誰よりも優しいから。私達はそんな君がいいんだ」

「うん。だから、ね?」

 それからベンチに座り、二人に俺の左右の手を握られたまま、俺は思っていたことを全て話した。

 覚悟を決めてこの学校に入ったはずなのに、清々しいまでに俺は弱いままだなと痛感した。

「…………」

「…………」

 やっぱり俺があまりにも情けない男だからか、二人とも呆れて言葉も出せないみたいだ。

 詩乃が大きな溜息を吐いた。

「はあ……ねえ、日向くん」

「あ、ああ……」

「もしかして、本気で自分が弱いとか思ってる?」

「あ、ああ……今はまだ何とか二人に追いつくことができるが、二人がもっと強くなっていけば、俺はただ荷物になり兼ねないから……」

「はあ……日向くん。今日ひなちゃんが日向くんがいてくれてよかったって言ったの、どういう意味で受け取ったの?」

 ん? それってフロアボスの時か?

「あれは……魔物解体を?」

 隣のひながビクッとなって、俺を見つめる。

 それから何故か肩を落とす。

「言葉って……難しいね……私、ここ暫く感情を抑えていたから、ちゃんと伝えられなかったみたい」

「違うよ? ひなちゃん。これは全部日向くんが鈍感だからだよ」

「鈍感!?」

「あ、あのね? 日向くん。あれはね……魔物解体が助かるんじゃなくて…………き、き、君……が……後ろで見守ってくれるから……もし負けそうになっても安心できるというか……絶氷とかじゃなくて…………」

「!?」

「もしこの先、私達のレベルがどんどん上がって、これからも強くなったとして、日向くんの価値は下がらないよ?」

「そ、そうなのか?」

「うん。賭けてもいいわよ?」

「私も賭ける!」

 体を近づけてきた二人から、腕を通して体温が伝わってくる。

 っ!? ふ、二人との距離が……近すぎるんじゃ!?

「ふふっ。いつもの君に戻ったみたいだね」

「うん。いつもの日向くんの雰囲気がするよ~」

「よ、よくわからないが、二人とも……その……少し離れて欲しいかな……」

 二人は俺越しに顔を合わせる。そして、

「「嫌だ~」」

「ええええ!?」

 二人はますます俺の腕にしがみついてきた。

 静かな夜空に自分の心臓の音が鳴り響いた。


 ◆


 次の日。

 朝早くに出かけようとした時、藤井くんと鉢合わせになった。

「「疲れてそうだね」」

 顔を合わせた瞬間、声が被った。

「ダンジョンかい?」

「うん……C3って思ってたよりも辛くてね」

 昨日から狩場を移すと言っていた。

「という日向くんも随分と疲れてそうだね」

「あ、あはは……まあ、ちょっと色々あってな」

「そっか。パーティーに所属していると色々あるからね。今日も頑張っていこう~!」

「ああ。今夜も帰ってきたら遊びにおいで。紅茶ご馳走するよ」

「!? わ、分かった! それなら頑張れるかな~?」

「いや、そんなことで頑張らないでくれ」

「あはは~でもありがとう。日向くん。じゃあ、また夜」

「ああ」

 藤井くんを見送って、俺は神威家に向かった。

 玄関ではひなが笑顔で手を振っている。

「おはよう」

「おはよう~!」

 朝一でひなの笑顔を見れるのは嬉しい。

 予定通り、今度は詩乃の家に向かう。

 いつもの帰り道に詩乃と歩く夜道を、明るいうちにひなと歩くと不思議に思う。通りすぎる男性達がひなを見てみんな振り向く。

 何が嬉しいのかは分からないけれど、ひながずっと笑顔でいる。

「ひな?」

「うん?」

「何かいいことあったのか?」

「うん! あったよ~」

「そ、そっか」

「詩乃ちゃんが待ってるから早く行こう~」

 ひなが俺の左手を引っ張る。

 詩乃だけでなくひなまでもが俺の手を握るようになったんだな。詩乃は妹に似てるからまだ何とかなったけど、ひなはまだ厳しい。

 跳ねる胸を抑えながら神楽家に着くと、詩乃が笑顔で俺達を待っていてくれた。

「さあ、今日も張り切ってダンジョンに向かうわよ~!」

 詩乃に右手を、ひなに左手を引っ張られたまま、昨日と同じD46に向かった。

 今日も昨日と同じく雪原を一層から進めてボス部屋前の待機場に辿り着いた。

 日曜日だからなのか、昨日よりも人で溢れている。

 それでも変わらずに通ると、誰もがひな達に振り向く。

 羨望の眼差しが集まる中、二人は堂々と――――俺の両手を引いて魔法陣に乗った。

「じゃあ、今日は日向くんが倒してみて」

「お、おう?」

「いいから、いいから」

「分かった」

 詩乃の提案で今日は俺がフロアボスの相手をする。

 昨日獲得した愚者ノ仮面は使わずにしておく。あれは切り札として残そうと思う。

 一気にフロアボスとの間合いを詰める。

 俺を狙って走り始めようとしたフロアボスが動く前に飛び込んで頭部を蹴り下ろした。


《スキル『魔物分析・弱』により、魔物『シロガ』と判明しました。》


《弱点属性は風属性です。レアドロップは『雪結晶の宝玉』です》


 周囲に爆音が響いて、地面に広範囲の衝撃波がぶつかったように亀裂が走った。

 一度離れて魔物の様子を確認する。次に動いた時は足を重点的に攻撃しよう。

 もしひな達の方に行きそうなら愚者ノ仮面であの黒い雷を放とうと思う。

「ひ~なたく~ん」

 後ろから詩乃の明るい声が聞こえてきた。

「ん?」

「もう倒れてるよ~」

「!?」

「さあ、回収して外に出るわよ~」

「お、おう」

 詩乃に背中を押されてフロアボスを回収して外に出た。

 大勢の探索者で溢れていたけど、空いたスペースにひなが持ってきたレジャーシートを敷いて座った。

「どうだった?」

「な、何とかここまではやっていけるか?」

「やっていけるどころではなくて、恐ろしく強いのよ? 君って。昨日は敢えて戦ってもらわなかったの。私達がただついていくだけじゃ申し訳ないから」

 そう……だったのか。

「私達では荷物持ちもできないし、解体もできないし、だから日向くんの代わりに戦うことくらいしかできないからね?」

 そんなことはない……と答えたかったけど、確かに俺が倒して回収してを繰り返したら彼女達のやることがないのも事実だ。

「ごめん……」

「分かってくれたらいいの。日向くんは弱くもないし、私達にも色々指示していいからね? リーダー」

「あ、ああ。分かった」

 その時、後ろから俺に向けられた殺気を感じる。

 振り向くと、ニヤけた男が四人立っていた。

「おいおい。そんな間抜けた野郎より俺達のパーティーに入れよ」

「そうだぞ? 俺達の方が楽しませてやれるぞ」

 その場から立とうとする詩乃を制止して、俺は立ち上がった。

「お~王子様が怒ったんでちゅか~? パパに言いつけてやるのか~?」

「きゃははは!」

 何がそんなに面白いのか分からないが、男達が面白そうに笑い始めた。

 はあ……こう見ると凱くんと大差ないというか、凱くんよりはレベルが高いだろうけど、全く怖さを感じない。

 フロアボスの殺気の方がずっと強い。

「日向くん~ほどほどにね~」

 詩乃の声を合図に、俺は本気で威圧スキルを放つ。これでひなを何度も泣かせてしまった。

「ひいっ!?」

「悪いが俺のパーティーメンバーに手を出すなら、全力で戦わせてもらう」

 全員の顔が真っ青に染まり、後退り始めた。

 あのひなでさえ泣く程だから、効くかなと思ったら想像以上の効き目だ。

 そして彼らは「すいませんでしたあああ!」と全員が仲良く叫びながら、待機場から逃げていった。

 不思議と他の探索者達も全員待機場から逃げるように出て行った。

「ほどほどにって言ったでしょう?」

「やりすぎた……のか?」

「やりすぎだね~」

 少し申し訳ないなと思いながら、ちゃんと二人を悪意から守ることができて嬉しいと思う。

 それから昼食を食べ、フロアボスを二人が倒して休憩してを三回繰り返して外に出た。

 ダンジョン入口では「イレギュラーが起きたかとびっくりしたな。まさか探索者の喧嘩でみんな逃げ出すとは、一体どんなやつなんだろうな」と噂話が聞こえてきた。

 神威家で夕食をご馳走になって、詩乃を送り、寮に帰った。



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 【新規獲得スキルリスト】

『愚者ノ仮面』

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