10話-③
「あそこがボス部屋前の待機場みたいだね。入ろう~」
中に入るとすぐに奥から大勢の声が聞こえてくる。
広間には大勢の探索者がパーティーごとに別れて休憩をしていて、その奥の地面にはいつもと同じ転移の魔法陣が描かれていた。
「ここはパーティー単位でのボス部屋になるの。一度倒したら次入れるまで六十分間かかるので、ここで待機してボスを倒すパーティーが多いんだ」
なるほど。三層に戻って魔物を狩るよりは、体力を温存してフロアボスと戦っているのか。
マナーなのか魔法陣までの道には誰も座っておらず、壁面に座っている。
そんな探索者達の視線がこちらに集中する。
無理もない。もこもこの衣装とはいえ、ひなと詩乃が通れば誰もが振り向く。
三層までは余裕がないのかこういうのはなかったが、待機場ともなれば余裕を持て余している探索者がたくさんいるようだ。
「おい。見ろよ。どっかのボンボンが美女二人を連れてるぞ」
「ぷふっ。聞こえるぞ? やめとけやめとけ。どうせ金だろ。間抜けな顔だしな」
「それにあの女。髪が銀髪だぞ? Sランク潜在能力者かよ」
「お~すげぇな~あんな女抱きてぇな~」
わざとらしく、こちらに聞こえても構わない音量で話すパーティーメンバー達。一瞬、探索者達がひな達に見惚れたからなのか静寂に包まれたものの、次の瞬間からそんな声が洞窟に響き渡った。
「二人とも。俺は気にしてないから」
「っ…………」
詩乃が拳を握りしめて怒っているのが伝わる。
そんな詩乃と静かに怒っているひなの背中を押して転移魔法陣の中に入った。
E90のギゲ同様に広い洞窟の中に大きな猪が奥に見えた。
白い毛に覆われたまん丸い体に、鋭く巨大な牙が特徴的だ。
「「日向くん!」」
「お、おう?」
「「私達に任せて!」」
「わ、分かった」
さっきのことをまだ怒っているようで、二人とも怖い顔でフロアボスに向かう。
後ろから見ても分かるくらいの"怒ってますオーラ"は中々怖い。
二人とフロアボスの戦いが始まった。
フロアボスは二メートル程の巨体で猪らしくずっと走り続ける。
止まる事なく走り続けるフロアボスを避けながら攻撃し続ける。
ふと、さっきの話を思い出す。俺はどうやら『間抜けた顔』らしい。
それについて何か言うつもりはないけど、妹に言われた通り、いつも髪はボサボサにしているし、目も隠すようにしている。
自分でも鏡に映る自分の姿を間抜けた顔だなと思ったことがある。
それに加えて俺はレベル0だ。いくらスキルを獲得してそれなりに戦えるようになったとしても、それはあくまでここまでだ。
二人のレベルがまだ低いおかげか、まだ俺でも二人と肩を並べて戦える。
でも二人のレベルが上がりどんどん強くなった先で、俺の立つ場所はあるのだろうか?
藤井くんが話していた『ポーター』という言葉が頭を過ぎる。
もし俺が戦力外となってしまうなら、魔物解体や異空間収納でなら……この先もパーティーを組んで貰えるだろうか?
少しずつ高鳴っていく心臓の音、戦っている二人の音も聞こえなくなった。
その時、俺の頭の中に不思議な女の声が直接響いた。
《汝、鈴木日向は運命を受け入れる覚悟があるか?》
っ!?
周りを見回しても誰もいない。でも確かに俺に直接語りかける人の声が聞こえてきた。いつもの天の声とはまた違う人のものだ。
《汝、鈴木日向は運命を受け入れる覚悟があるか?》
二度目の声が聞こえてきた以上、幻聴の類ではないことは確かだ。
その時、丁度フロアボスを倒した二人は、笑顔で俺の名前を呼びながら手を振っていた。
「日向くん~早く~!」
「ちゃんと勝ったよ~」
謎の声は一旦保留にして、二人の元に向かいフロアボスを回収した。
俺が二人のためにできることが思いつかず、胸の奥がモヤモヤする。
「やっぱり日向くんがいてくれると助かるな~」
「ああ。任せてくれ。俺に出来ることなら頑張るよ」
「ん?」
不思議そうに首を傾げるひなに笑顔を見せて、俺はボス部屋を後にした。
外に出ると、待っていたとばかりに探索者達がひそひそ話を始める。
ひなと詩乃が何かに反応しないように、俺は足早に待機場を後にした。
戦いでひなと詩乃が汚れて、俺は一切汚れていないことが一目瞭然で、俺が金で買っていると思われているようだ。
「日向くん! 待って!」
「二人とも。あんなくだらないことで怒らないでくれ」
「で、でも! 事実は全然違うのに!」
「…………いや、彼らの言うことが全部間違っているわけではない。実際ボスを倒したのは二人だからな」
「そ、それは……でも日向くんでも余裕で……」
「二人とも。そろそろ帰ろう? お腹空いたし、ひなのお母さんも待っていると思うんだ」
それから何を話したのか全く覚えていない。
ダンジョンから外に出ると、不思議とすっかり夕方になっていた。
せっかく作ってもらった弁当も食べなかった。
二人は俺に合わせるかのように空腹を我慢していてくれたみたい。
俺はスキルで空腹耐性を持っている。だから……全然気づかなかった。
一体俺が二人のためにできることは何だろうか。絶氷を抑えて、念話を届けるだけ。たったそれだけだ。
リーダーと言ってくれたのに、時間管理も出来ず、ただ現状に甘えていた自分に酷く苛立ちを覚える。
俺は一体何のために探索者になったんだ。
もう二度と……妹を泣かせないために、強い人になるために探索者になったはずだ。なのに…………なにもできてないじゃないか。
ひなの家で夕飯をご馳走になって、詩乃を送って気が付けば俺は…………E90の一層に立っていた。
「俺……何してんだ…………」
明日もひな達とパーティーを組んでダンジョンに………………行けるのか?
《汝、鈴木日向は運命を受け入れる覚悟があるか?》
本当に俺は彼女達に必要なのか? もしも強敵が現れた時、俺は彼女達を守る事ができるのか?
《汝、鈴木日向は運命を受け入れる覚悟があるか?》
俺の運命……いつも誰かを泣かせてばかりだった。地元ではレベル0と蔑まれてきた俺のために妹を泣かせたことは数えきれない。
今日だってそうだ。お金で雇ってるならまだマシだったかも知れない。俺と彼女達は対等なパーティーメンバーになったはずだ。
でも実際はどうだ? 俺が戦うまでもなく、彼女達だけで十分だ。彼女達が必要としない素材をただ回収するだけの存在。
それが俺の……運命というのか?
《汝、鈴木日向は運命を受け入れる覚悟があるか?》
覚悟……。運命を受け入れる覚悟なんてとっくの昔に決めたはずだ。
強くなるためにダンジョンに入る覚悟を。
《汝、鈴木日向は運命を受け入れる覚悟があるか?》
ああ。お前が誰かは知らないが、その運命とやらを受け入れて――――抗ってやる。誰かのために。そして――――自分のために。
《汝、運命『愚者』の力を持つ。ここに『愚者ノ仮面』を与えよ。》
運命……愚者? 愚者ノ仮面?
次の瞬間、俺の体が禍々しい闇に飲み込まれ始めた。
これが……運命? よく分からない。でも一つだけ確実なことがある。
体の中から今まで感じたこともない力が沸き上がってくる。
『愚者ノ仮面』――――装着。
俺の全ての意識が何かに塗り替えられる。それは悪魔のように、何かに憑りつくように、俺は力を欲するまま仮面を被った。
人として生まれて目を開けて閉じることはごく当然のことだ。
でも仮面を被った俺の視界は人間のそれとは全く違い、全方位が一目で見える。前、横、後ろ、上、下。自分の体ですら鮮明に見える。自分の後ろ姿が見えるというのは不思議な感覚だ。
感覚が変わったのは目だけではない。肌で感じる空気も、重力も、風も、何もかもが超越した感覚。
誰もいないE90を走ってみる。
スキルによって速くなったはずなのに、それを嘲笑うかのような素早さになり、ぶつかった木々が吹き飛ばされていく。
一体の魔物と対峙した。どうしてか、いつもなら爪を立てて襲ってくるはずの魔物は、その場で震えたまま俺を見上げ続けるだけだった。
ゆっくり近づいて手に触れると、クナはその場から姿を消した。
倒したのではなく、消えたのだ。それを感覚的に分かってしまう。
フロア探索を使い、ボス部屋に向かって走る。
遠いボス部屋に全速力で走ったらたった数十秒で着いた。
中に入り、フロアボスと対峙する。
ギゲもまたいつもとは違い、ただただ全身を震わせて俺を見つめた。
俺は遠くから両手を前に繰り出す。
ひなと詩乃が攻撃しているのを遠くから見ていて羨ましいと思っていた。俺にもそれができれば、二人の力になれると思った。
だから――――何かを吐き出す。
俺を包み込んだ黒い闇が、雷となって俺の全身から姿を現した。
それは、まるで糸のように俺の意思で動き、一つ一つを操作できる。
無数の黒い雷を飛ばし、ギゲに当てると一瞬で蒸発して姿を消した。
「この力があれば……二人を……守れる…………はは……ははは、あはははは!」
嬉しい。嬉しいはずなのに…………どうして涙が流れるのだろう。
俺が欲しかったのは力なのか? いや、違うはずだ。
力だけで何もかもを片付けて、それで何が残るというんだ? 俺が欲しいのは……ただ一つ…………俺を受け入れてくれる誰かだ。
仮面を外す。
いつもと変わらない普通の視界に戻り、また現実に引き戻される。
ここが俺がいるべき現実だと、そう教えてくれた。
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