10話-②
ダンジョンの入口で分厚い衣装を今の服の上に着る。
二人ともスカートの上にそのまま履いているけど、チラッと絶対領域が見えそうになる。
いくら仕方がないとはいえ、女性用の更衣室くらい準備してくれないものか?
「どうかしたの? 日向くん」
「いや、いくら上に着るとはいえ、こんな場所で女性に着替えさせるのはどうかなと……」
「ふふっ。日向くんって優しいね。でも探索者になった以上、そういうのは覚悟しておかないとね。ダンジョンの中でも魔物の攻撃で服が破れることもあるから」
ひなも詩乃も強いから気にならなかったけど、鋭い爪に引っ掛けられたら服も破ける。
誠心高校の制服は探索者向けの制服でもあるので、普通の服よりもずっと頑丈だ。これもダンジョン産の素材で作った服で、布と感触が変わらないのに刃物を通さなかったりする。
それもあって、休日もダンジョンに入る際には制服という校則があるのだが、それでも耐えられる限界値はあるし、制服は卒業と共に学校に返却しなくちゃいけないので、成人した際には防具を先に買わないといけない。
中には在学中に防具を買うためにお金を貯める人も多いそう。
「さあ、入るわよ~!」
もこもこのフードを被った詩乃とひなが可愛い。フードの周りに着いたもふもふがここまで似合うとはな。
ダンジョンの中に入ってすぐに、イヤホンを取った詩乃がひなに近寄って何かを耳打ちして、二人が話し始めた。
D46は詩乃の情報通り、雪原がどこまでも広がっていて、空からは白い細雪が止むことなく降り続けていた。
薄暗い世界に、今まで明るかったダンジョンとは違う気持ちになる。
「何ですって!」
急に大声を上げて怒り出す詩乃。
「どうしたんだ?」
「日向くん! さっきのバスでのこと!」
ああ。俺が話そうとしなかったから、直接聞けるまで待っていたんだな。
「気にしなくていいぞ?」
「私が嫌なの! うちのパーティーは日向くんがリーダーで日向くんが中心なの!」
俺がリーダー!? 中心!?
「それを何も知らない人があんな風に言うのが許せないっ!」
俺のために怒ってくれる詩乃。ひなもずっと悔しそうにしてくれた。そんな二人が愛おしくて、だからこそ俺のために怒って欲しいと思えない。
「二人とも。俺は二人がそう思ってくれるだけで嬉しい。怒ってくれてありがとう。でも二人が俺のせいで悲しむのは俺も悲しい。それに本当に俺は何とも思ってない。だって、実際に二人と一緒にパーティーを組んでいるのは俺だから」
「日向くん……」
「さあ、せっかくの初めてのダンジョンだ。気合を入れて頑張ろう!」
「君がそう言うなら……うん。これ以上は言わない」
「私も」
二人とも……ありがとうな。
雪原を歩き始めると、雪を踏む音が響く。俺が住んでいる街も誠心町も雪は降らない地域だから、初めての雪景色に心が躍る。子供なら真っ先に雪だるまを作るだろう。
けれど、ここはダンジョン。それを証明するかのように、俺達の前に現れたのは白と青の毛を持った一メートルの体長を持つ狼の群れだった。五頭が群れている。
「Dランクダンジョンからは魔物が群れて現れるので気を付けてね」
詩乃もひなも武器を取り出して、狼に対峙した。
俺達に向かって吠えながら狼の群れが飛びついて来た。
ひなに二頭、詩乃に二頭、俺に一頭がやってくる。
本物の狼のように歯を立てて噛みついてきた狼を受け流す。
それ程難しいわけじゃないが、やはり気になるのは足元。雪は五センチ程積もっていて、それが毎回足に絡む。
武術スキルがなかったら、足を簡単に取られて転んでいてもおかしくない。
ひなと詩乃は元々高い実力があるので、素早くトドメを刺していた。
俺に受け流された狼が方向転換して再度噛みついてくる。真っすぐ俺の首を目掛けて飛んできた狼の頭部を、下から右拳を振り上げて叩き上げた。
周囲に衝撃波のような風圧と音圧が響いて、狼がその場にぐったりと倒れた。
クナもそうだったけど、何とかここまでの範囲なら一撃で仕留められるみたいだ。
レベル0でもこれができる武術スキルの効果の高さに驚くばかりだ。
《スキル『魔物分析・弱』により、魔物『ケルナ』と判明しました。》
《弱点属性は風属性です。レアドロップは『小魔石』です》
すぐに魔物を解体して回収する。強さはD90のクナとそう変わらないのでレアドロップも変わらず、素材は肉や爪、牙、毛皮だ。
「日向くん? ここの素材はそんなに高くないからね?」
「ああ。友人から教えてもらえたよ。探索者が多いから供給が多いんだっけ?」
「うん」
詩乃が眺めた先には、確かに他の探索者が見える。
俺の周囲探索でもかなり大勢の探索者が見つかる。
六人パーティーも多く、魔物を剥ぎ取る探索者も多く見えた。
「ほらね。普通はああやって物理的に剥ぎ取るの。だから素材って欲しい部位以外はああやって捨てられる場合も多いんだ」
そこには爪と牙だけ取られた狼の亡骸が転がっていた。
ダンジョンから生まれた魔物は、ダンジョンの地面に五分間放置おくと消えるので、環境破壊もなければ、腐った匂いもしない。
人の手が触れている間は消えないので剥ぎ取りはゆっくりできる。
「ひとまず、解体は周りの人が見えないところでしようね。日向くん」
「ああ。気を付けるよ」
それから二層を目指しながらケルナを狩っていく。
周りにパーティーが多くても、みんな自分達のことで一杯のようで、こちらに意識を向ける探索者は誰もいなかった。誰かの視線を感じられるのも武術スキルのおかげだ。
二層に降りると一層よりも降る雪の粒の大きさと量が多い。
当然のように地面には雪が十センチも積もっていた。
「足場。かなり悪いね」
「あまり動き回るよりは迎撃かな?」
「うん。カウンター主体で立ちまわった方がいいかも」
二人の会話がハイレベルで付いていけないな……。
それに二人ともあまり俺には口を出さない。
歩き始めた二人の後ろを追いかける。
「あ……二層の魔物。私には無理かも……」
珍しく弱音を吐く詩乃。
俺達の前を阻むのは、巨大な蛙の魔物だ。体全体が水色と青色で不気味さを搔き立てる。
「ひなも顔色が悪いぞ?」
「ううっ……ご、ごめん……」
二人ともあのフォルムを生理的に受け付けられないようだ。
「じゃあ、蛙は俺が相手する」
俺に遠くから攻撃する術があるならそれを利用するが、そういうものを持っていない。今出来ることは、ただ素手と素足で叩くだけ。武術スキルのおかげでそれにも慣れてきた。
走り始めると俺を捕捉した蛙が巨大な口を開いて舌を鞭のように吐き出して飛ばしてくる。
前に走りながら横跳びで避けてまた真っすぐ走り込む。
蛙の口から伸びた真っ赤な舌を辿るように蛙に近づいて、全速力で飛び込んで巨大な腹を蹴り飛ばした。
蛙の後方に積もっていた雪が吹雪のように立ち上る。
すぐにぐったりと倒れた蛙。一撃で倒せたようだ。
蛙のフォルムが苦手なみんなのためにすぐに解体して急いで二層を抜けた。
《スキル『魔物分析・弱』により、魔物『ギブロ』と判明しました。》
《弱点属性は風属性です。レアドロップは『小魔石』です》
三層は二層よりも激しい雪が降っていて、雪原というよりは雪山のように積もった雪は足首まで入っていく。大体十五センチくらいか。
「日向くん! ここからは私達に任せて!」
「うんうん。二層で何もしていないからゆっくりしていて」
「ああ。分かった。お言葉に甘えるよ」
三層の魔物は二メートルのゴリラの姿をした雪男だった。
ここまでの魔物よりも遥かに素早く、地面を叩きつけただけで地が揺れる。
雪男の攻撃を軽々と避けながら、二人が連携して攻撃を続ける。
たった三十秒も掛からずに雪男が倒れた。
すぐに魔物を回収して、奥に進む。
何度も雪男と戦いになってる中、二体が同時に現れた。
「二人が戦ってる間に一体を引き付けて時間を稼いでおくよ」
「うん! すぐに行くからね!」
二人が一体の雪男に向かって、俺は別の雪男に向かう。
怪我をさせられない程度に避けながら時間を稼ごうとしたけど、地面を腕で叩きつけた雪男に隙が生まれたので、首元を蹴り上げた。
すぐに離脱して次の行動に備える。
十秒……二十秒……三十秒が経過した。
「やっぱり日向くんにとっては雪男も一撃なんだね~」
「そ、そっか。日向くんだもんね」
自分でも驚いた。二人も簡単そうに倒してはいるが、それが俺にもできるとは……。
《スキル『魔物分析・弱』により、魔物『ゴールグ』と判明しました。》
《弱点属性は風属性です。レアドロップは『中魔石』です》
三層での狩りはこれまでとは違って、意外にも時間が掛かった。続いている雪原を進んでいくと、大きな洞窟が見えた。
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