10話-①

■ 第10話





 土曜日が始まって、朝のゆっくりとした時間が流れる。

 すっかり見慣れた天井は、初めて目覚めた頃の寂しさは感じない。

 ぼんやりと今日の予定を頭の中で思い描く。

 今日もひなと詩乃と共にダンジョンに向かう。二人と過ごす時間が俺の中でどんどん大きくなって、二人と過ごせる時間が当然のように思えたりする。

 ふと、机の上に置いたスマートフォンが目に入る。

 電源は常に入っていても着信の件数は0。

 アプリ『コネクト』を開くと、登録されているのはたった二人だけ。

 そのうち一つの『妹』と書かれている登録者のトークを開くと「お兄ちゃん! 新しい学校にはもう慣れた? 私も来年誠心高校に入学できるように頑張るからね~!」と既読が付いたメッセージが目に入った。

 入学した日に妹が送ってくれたメッセージ。あれからもう三週間も過ぎているんだな。

 そろそろ妹に返信をするべきだろうけど、多分ここで妹にしがみついたら……前に歩けない気がする。

 俺は家族に心配をかけないために、わざと二人に相談もなく誠心高校を受験して合格した。

 合格してから二人に打ち明けた時、妹は何も言わずにただただ大きな涙を流していた。

 俺がもっと兄らしくいられたら心配をかける事もなかった。妹も俺が悩んでいたことくらい見抜いていたはずだ。賢い妹だからな。だからあの日、彼女は何も言わず、ただただ涙を流した。

 俺なんかがいなければ、妹はもっと自由に過ごせるはずで、俺とは正反対の光のように周囲の人達から愛される妹は――――――。

 ――ピピピッ!

 メッセージを見ながら考え込んでいると、アラームが鳴って時間を知らせてくれた。

 そっとスマートフォンを閉じて、机の上に置いて出かける支度を始めた。


 ◆


「「おはよう~!」」

 寮を出て学校の校門を出ると、ひなと詩乃が待っていてくれた。

「二人とも!? どうしてここまで?」

 待ち合わせ場所は神威家のはずだった。

「朝、目が早く覚めて散歩していたら丁度こんな時間になったの」

「私はひなちゃんの家より学校の方が近かったから、寄ってみたの」

 すぐに笑顔を咲かせた二人は俺の両側に並ぶ。

「さあ、時間は有限よ~! 行こう~!」

 やはり、うちのパーティーを引っ張り上げるのは詩乃の役目のようだ。

 一度神威家に向かい、ひなのお母さんのご厚意で弁当まで作ってもらえた。弁当を食べてもいいし、外食でもいいし、そこは自由にしていいと言われた。

 ふと、妹を連れて外で遊んで来いと追い出す母さんを思い出した。

 弁当はひなのマジックリュックから俺の異空間収納に移動させる。どうやらマジックリュックでは時間停止機能まではないようで、異空間収納なら鮮度を保つことができるからだ。

「今日は新しいダンジョンに行こう~」

「昨日言っていたダンジョンか。確か――――」

「D46!」

 ひなも楽しそうに声を上げた。

 E90を回ってもいいけど、二人のレベルのことや経験のことを考えて、EランクからDランクダンジョンに狩場を移すことにした。

 収入は激減するらしいけど、既に百万円以上持っているので気にするところではない。

 詩乃の案内で向かったのは――――ダンジョンではなく、服屋だった。

「服屋?」

「うん! さあ、入るわよ~」

 そう話しながら立ち止まった俺とひなの背中を押して中に入る詩乃。

 すぐに「いらっしゃいませ~」と元気な女性店員の声が聞こえてきた。

 店内のどのコーナーに向かうのかなと思ったら、意外な場所で立ち止まった。

「詩乃。もうそろそろ暑くなると思うんだが……」

 入学から約三週間。すっかり暖かくなって真冬に着るようなコートは必要ない。なのに、俺達の前に並んでいるのは、冬用の衣装。しかもどこか雪国にでも行くのかと言わんばかりのもこもこしたコートが並んでいた。

「何言ってるの。これから向かうD46の対策なのよ」

「ん? D46の対策?」

「日向くん? 昨日も言ったけど、D46って雪原だよ? すっごく寒いんだよ?」

「ああ。それは聞いたぞ?」

「だから買いに来たの」

「ん?」

「どうして日向くんもひなちゃんも疑問符なの?」

 不思議がっている詩乃から視線を外してひなと目を合わせる。お互いに「だって……な?」と心の声が聞こえてくる。

「詩乃。何か誤解があるようだが、俺はコートなんていらないぞ?」

「えっ?」

「詩乃ちゃん。私も……いらないよ?」

「えっ!?」

「だって、俺は冷気に耐性があるから、寒いって感じないんだ」

 そう話すとひなも小さく右手を上げて「私も」と答える。

「そ、そうだった……君達ってそういう探索者だった…………はあ……」

 大きな溜息を吐いた詩乃が肩を落とした。と思ったら、すぐに顔を上げる。

「私だけ雪原用もこもこコートを着てもパーティー感が出ないから、二人とも購入~! これは決定事項です! お金は私が出すから!」

 そう言われてみれば、たしかに詩乃だけ仲間外れみたいになりそうだ。

 こういう所も妹に似ててつい頭を撫でてしまった。

「日向くん?」

「うわ!? す、すまん。つい……」

 こう女性の頭を勝手に撫でるのはよくない。もっと気を付けないと……。

 どうしてかひながムッとした表情で俺を見上げてきた。

「詩乃がどうしても妹に見える時があって、条件反射というか……悪かった。ちゃんと気を付けるから」

「むっ……違う。私も」

 そう言いながら頭を前に出すひな。そんな俺達を見てクスッと笑う詩乃。

 どうしてこうなるのか分からないが、ひなの機嫌を取るために自分よりも少し背の低いひなの頭を優しく撫でてあげた。

「さて、日向くんはこれ。ひなちゃんはこれとか似合うんじゃないかな」

 詩乃の圧倒的なセンスで買う服が決められた。

 衣装代はパーティーのためだから俺が支払わせてもらった。報酬は全部俺が貰っているから、こういったパーティーのための買い物は全部俺が支払うのが道理というものだ。

 二人ともちゃんと納得してくれた。

 後はバスに乗り込み、D46を目指す。

 それにしてもバスに乗った瞬間から、周りの男性陣の視線が集まるな。

 美少女が二人も一緒に乗り込んできたら、目立つのは仕方がないか。

 その時、小さな声で「あんなダサい男に美女が二人も付いているなんてお金で買ってるのかな?」なんて声が聞こえてきた。

 詩乃はイヤホンをしているので聞こえないけど、ひなには聞こえたみたいで声が聞こえた方をひと睨みする。

「どうかしたの?」

「いや、何でもない。ひなも気にするな」

「でも…………」

「俺は大丈夫だ」

 ひなはバスの中、ずっと悔しそうにしていた。それを見た詩乃もとくに追及はしなかった。

 俺達は二十分程バスに揺られて目的地のD46の前で降りた。

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