9話-③
「俺が……守るから……」
詩乃が男っぽい口調で木を壁に見たて、ひなに壁ドンをする。
「詩乃ちゃん……」
「違うでしょう。そこは日向くんって言わないと」
う、うわあああああ!
俺はなんてことを口走ってしまったんだ!
つい調子に乗ってしまって、ひなにとんでもないことを言ってしまった。
何かプロポーズみたいな言葉? いや、自分でも信じられないくらいに、今思えばキモイって思われるかも知れない言葉をああも当然のように言ってしまった。
詩乃はそんな俺をからかうようにモノマネして遊び始めている。
ボス部屋から一層に戻ってクナを倒す度にあれをやっている。
どうしてかひなも少しだけ顔を赤らめて毎回期待を込めた眼差しを俺に向けてくる。
あれか!? これは新手のイジメなのか!?
俺が大きな溜息を吐くと、今度は俺の腕に抱き着いてくる。
「詩乃!?」
「私も言われたいな~ひなばかりズルいよ~」
「はあ!?」
「私は守ってくれないの?」
目を潤ませて見上げてくる詩乃。この前も似たような状況があったな?
俺は詩乃のおでこを優しく叩く。
「また目薬で誤魔化すな」
「てへっ。バレちゃった?」
そう言いながら手の中に忍び込ませた目薬を見せる。
「つ、次はあっちに行くぞ!」
誤魔化すように次のボス部屋に向かって歩き出す。
詩乃が俺の右手側に、ひなが左手側に並んで歩く。
それから何度かクナを倒しつつボス部屋でギゲを倒してを繰り返した。
「…………日向くん?」
「おう?」
目を細めて俺を見上げる詩乃。
「どうしてボス部屋の位置まで分かるの?」
「ん? 詩乃も分かっているんじゃないのか?」
何となくだけど、最初に入った時も詩乃が見つけたと思っていた。
フロア探索みたいなスキルを詩乃も持っているのかと思った。
「分かるわけないでしょう! ギゲって貴重なポーションを落とす魔物なんだよ? それをこんなにも簡単に探せるなんて…………はあ、日向くんだから悩んでも仕方ないけれど……」
「うんうん。日向くんだから」
ひなも頷いてまた二人で納得してしまった。
「もしかして、二人ともフロア探索のスキルは使えないのか?」
二人とも頷いて答えてくれた。
「私の場合、耳が良いから魔物の動く音とかを聞き分けて向かってるの。だから日向くんみたいに魔物を探し当てることができるんだ」
「なるほど。そういうスキルを持っていたわけではないんだね」
「うんうん。それはそうと、その『スキル』って何?」
「ん? みんなスキルを持っているんじゃないのか?」
二人は首を横に振った。
そういや、ひなのお爺さんはスキルについて何か知っている様子だったな。
あの時、お爺さんからスキルについて知りたくば――――思い出して顔が熱くなるのを感じる。
「どうしてそこで顔が赤くなるの?」
「な、何でもない! 今日ひなの家に行ったら、お爺さんに聞いてみるよ」
「地蔵様ね。地蔵様なら知っていてもおかしくないかもね」
そういやひなのお爺さんって有名人だと言っていたね。
「お爺さんってどれくらい凄い人なんだ?」
「う~ん。日本で一番強い人と言えば誰? で真っ先に名前が出るくらい?」
想像以上に凄い人だった。
いや、見たところ、ただの不思議なお爺さんって感じだったのに、人って見た目だけでは判断できないな。
ダンジョンの中は時間で明るさが変化しないため、時計を見てないと時間すら忘れてしまう。例えば、夜に入っても中は明るかったりするのだ。
そろそろ帰る時間となったのでダンジョンを後にして神威家に向かい始めた。
帰り道で、今日獲得したフロア探索をしてみたが、あくまでダンジョンでしか使用できず、外では発動しないことが分かった。ただ、周囲探索は使えるので常に軽めに発動させておく。
神威家に着いて茶の間で待っていると、今日もひなのお爺さんがやってきてくれた。
「お爺さん。以前聞いたことを教えてもらえませんか?」
「ん? 何のことじゃ?」
「えっと、スキルについてです」
「ほぉ……興味が出たんじゃな?」
「はい」
お茶をすすり、じっと目を瞑った爺さんは何も答えてくれなかった。
「大昔、スキルについて研究していた者がおってのぉ。わしが教えられるのはそこまで」
「でもこの前は教えてくれそうに……」
「そりゃのぉ。ひなたと結婚したらのぉ」
「おじいちゃん!?」
「っ!?」
俺とひなだけでなく、詩乃までもが爺さんに注目した。
「何も冗談で言っているわけではない。スキルに関する情報は、国家機密じゃ。だから単純に教えられんのじゃよ。でもお主がひなたと結婚して神威家の一員になれば、話は別じゃ」
なんだ……そういう意味で結婚というのが出たのか……。
それにしてもスキルって国家機密なんだな?
結局は教えてもらえず、今日も美味しいご飯をご馳走になって帰宅した。
◆
あれから毎日同じことを繰り返し、遂にはギゲからポーションが一つドロップした。
ひなと詩乃に渡そうとしたけど、全力で拒否されて結果的には俺が持つこととなった。
金曜日の夜。
いつも通りに洗濯室で洗濯機を回していると、藤井くんがボロボロになって入ってきた。
「随分とボロボロになったね」
「あはは……うん……」
いつもの元気な姿はなく、酷く疲れているように見える。
ボロボロの制服を洗濯機に入れて、崩れるように椅子に座り込んだ。
「難しいダンジョンに向かったのか?」
「ううん。以前話したD86のボス部屋を目指したんだ」
Dランクダンジョンは一層だけのつくりではなく、三層まであり、そこからがボス部屋だと聞いたことがある。
平日は午後からしかダンジョンに入れないので、そこから三層まで向かったのなら結構大変なはずだ。
「でもこれでD86を制覇できると分かったから、明日からは新しいところに向かうつもりなんだ」
「新しいところ? また違うDランクダンジョンか?」
すると、藤井くんは首を横に振った。
「ううん。実はこれからC3に向かう予定なんだ」
「Cランク!? す、凄いな……!」
「僕は全然強くないけど、メンバーが強いからね。僕はあくまで後衛職だから」
後衛職なのにこれだけボロボロになるのが不思議に思う。
ダンジョン入門書によれば、探索者パーティーは大きく分けて『前衛』『中衛』『後衛』で構成されるという。
基本的に六人で組むのが定石で、それ以上になると一切の経験値が手に入らなくなって、レベルが上がらなくなるそうだ。
なので基本的にはそれぞれを二人ずつ揃えるのがベタなやり方らしい。
前衛は剣や斧を使う人、中衛は弓や槍を使う人が担当する事が多く、後衛は魔法を使う人が担当する事が多いらしい。
藤井くんが後衛ならば、そういう能力を持っているのかも知れない。
「まあ、無理だけはしないようにな」
「ありがとう。日向くんもダンジョンでは気を付けてね?」
「ああ。でも俺も藤井くんと似た状況で、メンバー二人が強くて殆どやることがないんだ。せいぜい魔物の解体かな」
「えっ!? …………もしかしてポーターをやってるの?」
初めて聞く言葉に俺は首を傾げた。
「えっとね。ポーターっていうのは、戦闘には参加せずに荷物持ちになることを指すよ。特に魔物の解体とかもやらされるからね。結構大変でしょう?」
その時、ふと爺さんが言っていたスキルは国家機密という言葉が頭を過る。
俺が使っている魔物解体も異空間収納もスキルだったことを思い出した。
「あ、ああ。もう何日もやってるから慣れてきたよ」
「そっか…………あのね。日向くん。あまりメンバーから無茶な条件で雇われてるならやめておいた方がいいよ? 僕は君の事情は知らないけど、多くのポーターは劣悪な環境だと聞くからね……」
本気で心配してくれるのが伝わってくる。
少しだけ心が痛いが、今はスキルのことは伏せておくことにする。
「ありがとう。実はメンバーにも恵まれて、大半の収入は俺がもらってるんだ。二人とも狩りはしても素材はいらないから、俺が勝手に取ってることにしてくれてるんだ」
「そっか。日向くんって優しいから誰かに騙されないか心配だったけど、ちゃんといい巡り合わせがあって良かったよ」
ああ。俺なんかにはもったいない二人だ。
洗濯機が終わりのチャイムを鳴らす。
ふと、疲れ果てた藤井くんが気になったので、声を掛けてみる。
「藤井くん。もしまだ時間があるなら、この後、俺の部屋に来ないか?」
「えっ!? い、いいの?」
「もちろんだ」
「行くよ! シャワー浴びたらすぐに向かうね」
「分かった」
洗濯室を後にして、部屋に戻る。
すぐに藤井くんのために準備を進める。
テーブルの上に取り出した瓶は俺の親指くらいのサイズの小さい瓶だ。
その中には澄んだ青色の液体が入っていて、透明な瓶とも相性が良く飾っておくだけでインテリアになれる程美しい。
これが今回手に入れたポーションだ。中身は大体十㎖と少ない。
この瓶には特殊な仕掛けが施されているらしく、蓋をあげて中身を注ぐと中身が半分だけ零れる仕様になっているそうだ。
それを使って、ティーカップにポーションを注ぎ込む。
これはひなのお母さんから教わったものだが、なんとポーションをティーカップに注ぎ込んで、それをさらに半分にすることで、回復とは違うリラックス効果をもたらすそうだ。
ティーカップに注ぎ込んだポーションを別のティーカップに半分に分けてお湯を注ぎ込む。
青色のポーションとお湯が混ざり合って、より淡い青色へと変わっていく。
そこに紅茶のパックを入れれば、紅茶~ポーションが隠し味~の完成だ。
完成した頃に丁度ノックの音が聞こえてドアを開けると少し髪が濡れた藤井くんが手を振っていた。
「どうぞ」
「お、お邪魔します」
中に入ると、シャンプーの優しい香りが部屋に広がっていく。
「丁度淹れ終わったところなんだ。どうぞ」
「あ、ありがとう」
やはり疲れているのか、ティーカップを両手で大事そうに抱えて恐る恐る口に運んだ。
「ん!? 美味しい!」
「口に合ってよかった。うちの親が好きな紅茶で最近狩りで稼いだお金で買ってみたんだ。一人で飲むと何だか味気なくてな」
「ふふっ。だから僕を誘ってくれたんだね」
「ああ」
優しい笑みを浮かべた藤井くんは、紅茶を深く味わうようにゆっくり飲み続けた。
以前、藤井くんからは探索ランキングについて教えてもらったことがある。それに食堂で一緒に食事を取ったりと俺が入学してからの唯一の友達と呼べる存在だ。
ポーション一瓶でとんでもない額なのは分かっているけど、ひなと詩乃のおかげで俺のライセンスの中には既に百万円を超える額が入っている。
入学するまでは、母さんの生活費が苦しくならないようにと、お小遣いも殆ど生活用品に使っていたし、探索者になったら仕送りがしたいと思っていたけど、十分過ぎる額を手に入れた。
それを少しでも俺の周りの人にも還元できたらいいなと思う。
藤井くんがダンジョンから無事に帰ってこれるように祈るばかりだ。
「またC3の話でも聞かせてくれ。その時はまた紅茶をご馳走するよ」
「うん! そうするよ!」
ようやく、お互いに笑って話せる友人ができた気がした。
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【新規獲得スキルリスト】
『フロア探索』
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