9話-②
「なんやかんやでここが一番落ち着くかも知れない」
優しくも涼しい風が俺とひなの髪を撫でる。
すぐに「お待たせ~」と声を上げながらやってきたのは、詩乃だ。
「日向くんの念話って遠くまで届くんだね?」
「ああ。どうやら校内くらいならどこにいても届けられるみたいだ」
ひなが持ってきたレジャーシートの上に詩乃も入ってきた。
座ってすぐに周りの青空の景色を見回す詩乃。
「やっぱり屋上っていいね~これから毎日ここを根城にしよう!」
「雨が降ってなければな」
「それもそうね。雨の時はどうしよう」
「それはその時に考えるか」
昨日の約束通り、これから毎日一緒に昼食を食べる予定で、会場は屋上に決定した。
ひなと初めて話した場所でもあるし、意外に生徒がいないので俺達だけでのんびりできる。
早速、ひなが持ってきてくれたお弁当をレジャーシートの上に取り出してくれた。
「マジックリュックか?」
「うん」
小さなリュックの中から次々弁当箱が出てくる。しかもリュックの口のサイズが小さいのに、座卓まで出てきた。
すぐに美味しそうな料理が並び、食べ始める。
これも全てひなのお母さんが作ってくださった料理で、ひなが美味しい弁当が食べられるなら、いくらでも作ってあげると張り切っていたと嬉しそうにひなが話した。
「ひな。食べながらでいいから聞いて欲しい。実は俺と詩乃はパーティーを組んでいてな」
「!?」
ひなが大袈裟に驚く。
「今日始まった特別カリキュラムで、今日からダンジョンに向かう予定なんだ」
「そ、そうなんだ……そっか……」
なぜか肩を落とすひな。ひなの隣にいた詩乃は「ほらね」みたいな顔で俺を見る。
「そこで、ひなさえよければ、俺達とパーティーを組まないか?」
「えっ!? 私なんかでいいの?」
「ああ。ひながメンバーになってくれたら、凄く心強い」
「でも……私の冷気が…………」
「それなら俺が多少抑えられるし、ひなが思う存分戦ってくれても氷は全部溶かせられるし」
ひなが不安そうに両手を握り、俺と詩乃を交互に見つめた。
「私……邪魔じゃない?」
すると詩乃が目を細めて笑みを浮かべてひなの顔に自分の顔を近づけた。
「あら~邪魔かもしれないけど~ひなちゃんはそれでいいのかな~?」
「えっ!」
「私が日向くんを独り占めしちゃうけど~?」
「そ、それはダメッ!」
詩乃……。
「私、頑張る! 足手まといにならないように頑張るから、パーティーに入れてください!」
慌てながらもしっかり自分の意志を示してくれた。
「ああ。大歓迎だ。よろしく」
「よろしくね~私も日向くんと二人っきりでダンジョンに入ったら何をされるか怖くて~」
「何もしないよ!」
慌てた俺を見てひなと詩乃が笑い声を上げた。
どこまでも広がる晴天に二人と俺の笑い声が響き渡った。
◆
昼食を食べ終えて、職員室から三人分のダンジョン届けを持ってE90にやってきた。
入る前にハンコは押しておいて、なくさないように異空間収納に入れておく。
紙に日付が入っているから事前に押しておくことはできなそうだ。
「可愛い!」
クナを見つけたひなが声を上げた。
「前歯は怖いけど、フォルムは可愛いよね。すばしっこいから気を付けてね。ひなちゃん」
「分かった!」
ひなの腰には見慣れない剣が下げられている。形から剣というよりは、刀だと思われる。ゆっくりと手を伸ばして剣の黒い柄を握りしめた。
こちらに向かって走ってくるクナに目掛けて剣を抜くと、想像したいたものとは違う真っ黒な刀身がダンジョンの光を受けてキラリと光った。
小さく呼吸を整えながら刀に手を掛けて体を捻るひなに、息が止まりそうな緊張感が走った。
「――神威流、第一の型。『蒼閃』」
日本には『言霊』という言葉が存在する。
それは『言葉には言葉の神様が宿る』という意味だ。
人が話す言葉には時折、人離れした力を持つ場合がある。――――今のひなのように。
ひなの全身に淡い青色のオーラが溢れ、一瞬で抜かれた刀はまだ獲物に届かないはずなのに空を斬りつけた。そして、何事もなかったかのようにゆっくりと刀を鞘に戻す。と共に、こちらに向かって走って来たクナがその場で真っ二つに分かれた。
「さすが神威家。凄いね。潜在能力を使わなくてもこんなに強いんだね」
「えへへ……ありがとう」
戦う最中のひなは真剣そのもので、どこか冷酷ささえも覚えたのに、戦いが終わると幼さが残る笑みを浮かべる。
これが長年続いてきた武家としての血なのかも知れない。
「私も負けてられないわね!」
そう話す詩乃はトンファーを取り出し、もう一匹のクナに向かって振りかぶる。
トンファーのシャフトの先が外れると、中からチェーンが現れる。シャフトの先が緑色に光って飛ばされると、シャフトの長さからは想像できない長さのチェーンが伸びて遥か先にいるクナに直撃した。
「短い棒なのに、中から鎖がそんなにも出るんだな?」
「うん。これはマジックウェポンだからね。この鎖は特殊なもので『ネビュラ』という魔物の素材で作ったものなんだ」
マジックウェポンには色んな性能があると聞いたけど、こういう性能もあるんだな。
それにシャフトの先が光るのは、恐らくは属性効果があるんだと思われる。
色によって当たった魔物の傷が火傷になったり、切傷になったりするのが分かるから。
それにしても二人がここまで強いのに、俺は何もできないのが申し訳なく思える。
ひとまず、二人が倒してくれたクナを魔物解体して回収した。
「えっ!?」
またもやひなが大袈裟に驚く。
「ん? どうした?」
「し、詩乃ちゃん? 今のって!?」
「ねえ。ひなちゃん。世の中には気にしたら負けなものもあるわ。日向くんだよ?」
「そ、そっか。日向くんだよね」
「うん。だから深く考えず、日向くんならあり得ると思おうね。私も初見の時は驚きすぎて、何も考えられなかったわよ」
一体二人は何の話をしているんだ? 俺がどうかしたのか?
「えっと、一つだけ聞きたいんだけど、ここまで深く入っても大丈夫?」
「それも大丈夫。日向くんだから」
「そ、そっか。日向くんだよね」
いやいや、一体俺がどうしたというのだ……?
それから二人がクナを倒し、俺が回収するという手順でどんどん狩りを続けていった。
俺は一匹も倒してないけど、これでいいのだろうか?
俺が魔物を倒したとしてもレベルは上がらないので、あまり意味はないか。
普通の森なら鳥の鳴き声や動物の鳴き声の一つも聞こえるはずなのに、ダンジョンの中はそういう生き物の音が一切聞こえてこない。
俺達が歩く度に踏まれる葉の音だけが響く。
静かな森の中を歩き、クナを見つけてはひなと詩乃が交互に倒して、俺が回収を繰り返す。
そういや、このダンジョンのボスのレアドロップも狙いたいからボス部屋を探そうか?
周囲探索を全力で使い、少しでも違和感のある部分を探し続ける。
前に進みクナを倒す二人を見送って魔物を回収してをさらに繰り返す。
その時、俺を中心に静かな泉のような波紋が広がっていく。目に見えない力の波紋。
《経験により、スキル『周囲探索』の派生スキル『フロア探索』を獲得しました。》
それは周囲探索のようなレーダーとは違い、一度広がるとどこまでも広がり続ける。
たった数秒でE90の一層のフロア全てに広がった。
「みんな。向こうに向かいたいけどいいか?」
「いいよ~」
俺が指差した方向に詩乃が軽やかな足取りで進み、ひながその後ろに続く。
クナを十体程倒した頃、俺達の前にボス部屋の待機場へ続く洞窟が現れた。
「ボス部屋だ~! 急ごう~!」
詩乃がひなの手を引いて中に走っていく。
気付けば二人ともすっかり仲良くなって、俺が入る隙もなくなってしまった。
待機場に入り、三人で一緒にボス部屋に移動する。
ボス部屋では前回同様、巨大な黒い狼ギゲがいた。
「ひなちゃん。せっかくだから力を試してみたらどう?」
「力? 加護のこと?」
頷いた詩乃に、ひなの表情が少し強張る。
ひなにとって氷神の加護は、長年自分を傷つけてきた力だ。それを戦いに使うってことは歩み寄るってことになる。きっと覚悟の入ることだと思う。
「せっかくだからいいんじゃないか? ひなの氷神の加護の本当の力も見てみたいし、もし何があっても俺が絶対守るから」
ひなは少し目を潤ませて俺の目を真っすぐ見つめた。
銀色の髪とは対照的な黒い瞳に吸い込まれそうだ。
「分かった。日向くんがいるなら、できるかも知れない」
「ああ。ここで詩乃と見守っているよ」
「うん!」
覚悟を決めたのか、大きく息を吸って心を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いた。
振り向いた彼女の美しい銀の髪が宙を舞う。
右手が刀の柄に触れると同時に、彼女の足元から白い冷気が放たれ、彫刻のような綺麗な氷が生え始める。
氷はやがて彼女の全身に広がる。まるで――――彼女を外的から守るかのように。
「綺麗……」
「ああ。綺麗だな」
詩乃が思わず声を漏らす。俺も全く同じ感想だ。
ギゲに向かってゆっくりと歩き始めたひなは、少しずつ速度を上げて走り始める。
体に氷が巻き付いていても、それはひなにとって当たり前のように、自分の体の一部かのように全身を自由自在に動かせるようだ。
ひなを捕捉したギゲの口に炎が溜まり始める。
それを気にする素振りもなく、ひなは走ったまま刀を鞘から抜いて飛び込んだ。
ひなとギゲの間にはまだ遠い距離があるのに、ひなはそれを気にする素振りすら見せない。
そして、
「神威流、第二の型。『一閃』」
左手を刀身に添えて、右手で突けるように持ったまま構えていたひなは、飛んだ勢いのまま技を放つ。
右手を伸ばし突いた刀から、天災にも近い白い暴風が前方に放たれた。
地面、空気、遥か高い天井、遥か遠い壁。
その全てが真っ白に変わり、氷の世界が広がった。
ひなという境界線から前に広がる美しい白の世界。後ろにも冷気が広がり始めた。
「これが……Sランク潜在能力…………」
美しさもある。でも何より――――恐怖を感じる。
全てを凍てつくすひなの力に、火のブレスを吐きながら凍り付いたギゲが、より生々しく恐怖を感じさせた。
そんな世界の中心に立つひなの肩が少し上がっている。
後ろを向いたままのひな。その光景にひながどこか遠く行ってしまう気がした。
ひなの元に行かなくちゃ……そう思った瞬間、俺はひなに向かって走っていた。
どうしてそんなことを思ったのかは分からない。でも彼女の後ろ姿が――――あまりにも寂しそうに見えたから。
「ひな……」
「日向くん。私のこと、やっぱり…………軽蔑した?」
後ろを向いたまま呟かれた悲しげな声に胸が苦しくなる。
何があってもひなを守る。その言葉に偽りはない。ひなだけでなく氷神の加護が傷つける誰かも守る。
そう決意していたはずだ。
そっと、両手を伸ばしてひなを抱き寄せる。
「軽蔑なんてしていない。もしこの力がひなを傷つけたり、ひなが大切に思う誰かを傷つける時は、俺が絶対に守る。俺にその力があるから」
ひなを抱き寄せたまま、俺は右手を前に繰り出した。
どこまでも美しく広がる白い世界。それが彼女の呪縛というなら、俺の力で解いて見せる。
「――――絶氷融解」
俺の言葉と共に、俺達の前に広がっていた白の世界が一斉に割れて粉々に砕け散った。
冷たい冷気すら残さず、美しい白銀のダイヤモンドダストが広がる。
「本当のひなはあんな冷たい氷じゃない。こんなにも美しい白銀の世界なんだ。だからひなは迷わず、ずっと前を見て欲しい。後ろには俺がいつでもいるから」
「うん……ありがとう。日向くん」
ひなは、抱きしめていた俺の両手に手を重ねた。
一筋の雫が俺の手に落ちて、俺達は少しだけお互いを知ることができた。
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