9話-①
■ 第9話
「「お邪魔します」」
「いらっしゃい。あら? 君は?」
「初めまして。神楽詩乃と言います」
「お母さん。友達の詩乃ちゃんで、日向くんのおかげで知り合えたの。一緒に夕飯食べてもいいですよね?」
「ふふふ…………」
「お母さん?」
ひなのお母さんが小さく笑い始めた。
そして、
「まさか神楽家の娘が来ようとはね! 大歓迎よ!」
ひなの家に着くまで詩乃から神威家と神楽家は犬猿の仲だと教わった。
大昔、先祖が恋人を争ったようで、結果的に神威家に嫁ぐ事で神楽家は復讐心に燃えていたとかなんとか。
今は、良きライバルな感じだそうだ。
ひなの家に着いて、メイドさんに前回と同じ部屋に案内された。
「うちは洋風だから、和風の家はいいわね~」
詩乃の家がヨーロッパのお城のような外見だったのを思い出す。
もしかして、ライバル視しすぎて、家まで和風と洋風で差を付けたとか……ないよな?
「お爺さん。そんなところで何しているんです?」
急に現れたかと思ったら、天井に張り付いているお爺さん。
「地蔵様!?」
「おじいちゃん!?」
「ぬっ。小僧。強くなったな?」
「そんな事はないと思いますけど……」
ひなにも言われたけど、レベルは上がってないからな。
「神楽の娘が来たと聞いたから来てみれば、これはまた凄いのが来たのぉ。その耳栓は――――耳が良いんじゃな?」
お爺さんは一瞬で詩乃の力を見破った。
ここは人が少ないとはいえ、街のど真ん中でイヤホンを外すと街中の音が聞こえてしまう。
俺は彼女のために極力言葉と一緒に念話を送っている。
ひなや他の人の言葉もモノマネ念話を送ってるから、聞こえているように見えるっはずだ。
「お爺さん。詩乃は耳が良すぎるので、ああしてないと周りの音を拾ってしまうんです」
「おう。知っておる。心配せんでいい」
帰るのかなと思ったら、意外にも向かいに座った。
俺の前方にお爺さん、左にひな、右に詩乃が座っている図だ。
メイドさんがやって来て、少し驚いた表情で「前代様の食事もご用意致します」と話した。
神威家の当主は、ひなのお父さんだと言っていたから、お爺さんは前代に当たるんだな。
「ふむ…………たった数日でこんなに強くなったとはな。これもあれの力かの?」
「えっと、強くなった感覚はありませんが、恐らくは?」
ふむふむと言いながら頷いたお爺さんは何かを考え込む。
すぐにメイドさん達がお膳を運んで来ては、お爺さんとその隣、俺とひな、詩乃の前においてくれた。
次にひなのお母さんがやってきて、お爺さんの隣に座り込む。
「珍しいですわね」
「孫とご飯が食べたくなったでのぅ」
「よろしいではありませんか。たまには私達とも食べてくださいね」
「う、うむ……」
ふふっ。
お爺さんでさえも、ひなのお母さんには頭が上がらないようだ。
食事を取りながら、今までの鬱憤を晴らすかのようにひなのお母さんは会話を重ねる。
お爺さんもところどころの会話に交じり、二人がどれ程ひなの事を愛しているのかが伝わってきた。
その姿に、家族のことを――――妹を思い出す。
妹には、次の長期連休に会いに行くまで連絡しないでほしいと頼んでいる。
そうしないと毎日メールやら電話やら来るはずだ。
…………妹に、家族に甘えないように。そう決めたからな。
神威家の料理は伝統的な和食がたくさん並ぶが、味付けは意外にも現代に寄せられているものが多く、とても美味しく食べやすかった。
ご馳走になった帰り道、俺は詩乃を送ることにした。
すっかり日が落ちた暗い世界だが、街路灯と月の明かりが道を照らしている。
「日向くん。明日からどうするの?」
明日からというのは、恐らく学校のことだろうと思う。
探索者を優遇する誠心高校ならではのカリキュラムが始まるのだから。
「俺は毎日ダンジョンに向かおうかなと考えているよ」
「ふ~ん。一人で?」
「ん? ま、まあ……一人でになるかな?」
同じ歩幅で歩いていた詩乃の足音が止まった。
振り向いたら丁度街路灯から明かりを受けて、詩乃の可愛らしい顔が照らされる。
「す、すまん。俺またなんかダメだったか?」
「むう。ダメだよ?」
そう言いながら右手の人差し指で自分自身を指した。
「私。日向くんのパーティーメンバー。だから毎日一緒にダンジョンに行くの」
「そうだったな。悪かった。詩乃がそれでいいのか分からなくて……」
学生である以上、ダンジョンよりも授業を優先したい生徒も沢山いる。俺はそれを強制したいとは思わない。
「どの道、授業は形だけ受けているから、私としては君と一緒に過ごしたいな~」
一緒に過ごしたいという言葉にドキッとする。
美少女というのもあるが、そもそも女子からここまで言ってもらえるのは嬉しいことだ。それに男女関係なく、誰かにそう言われるのが嬉しい。
「分かった。明日から一緒にダンジョンに行こう」
「うん! でも――――もう一人忘れたら怒られちゃうわよ?」
「もう一人?」
「ひなちゃん。置いていったら多分泣いちゃうよ?」
「そ、そうかな? ひなが泣いたら大変なことになるから、明日相談してみよう」
「うんうん。そうした方がいいと思う」
すっかり機嫌を戻した詩乃と帰路につく。
神威家から神楽家までゆっくり歩いて三十分。長いようで短い距離を歩き詩乃を見送った。
寮に帰ってきたのは、すっかり夜深い時間だった。
「おかえりなさい」
「清野さん。ただいま」
「事情は神威様より聞いております」
俺が伝えるよりひなのお母さんから伝えた方がいいと、先に伝えてくれたみたいだ。
「これから毎日神威様のところで食事をするってことで合ってますね?」
「はい。それから神楽さんを見送ってくるので、毎日このくらいの時間になると思います」
「分かりました。本来なら門限がありますが、鈴木くんは特別扱いになります。くれぐれも他の生徒に門限は破ってもいいなどと言わないでください」
「も、もちろんです!」
冷たい表情のまま話していた清野さんが少し柔らかい表情に戻る。
「もし食事を取れなかったら、帰ってきて声かけてください。いつでも出せますから」
「ありがとうございます」
ひなと同じく、彼女も表に表情を出さなくても心の中は温かい人だと思う。
部屋に戻り、洗濯や風呂を終わらせて眠りについた。
◆
次の日の朝のホームルーム。
担任の青柳先生が連絡事項を話してくれる。
「以前にも軽く説明したが、本日から『探索者特別カリキュラム』が始まる」
クラス内の多くの生徒はその言葉に目を光らせた。
俺は入学するまで知らなかったけど、このカリキュラム制度があるから入学する生徒も多いそうだ。
「本日から午前午後と通常通りの授業が続くが、午後から『探索者特別カリキュラム』を利用しても構わない。このカリキュラムは午後からダンジョンに入る生徒のみ、通常授業ではなくダンジョンに入ることで単位が取れるカリキュラムとなる」
それから一枚のプリントを渡された。
「プリントに方法が書いてある。探索者特別カリキュラムを受ける生徒は、二階の職員室の前にある『ダンジョン届け』を持ってダンジョンに向かい、ゲートの奥にある我が校のハンコを自分で押してくること。提出は次の日の朝で構わない。念のために言っておくが、ダンジョンでハンコを押しただけで、午後から遊ぶこともできるが、学校としてもそれは容認するつもりだ。校則を違反しない範囲でな」
学校は生徒……中でも探索者になる生徒に対してはかなりの好待遇だ。それに寮にしたって優遇しているのが伝わる。
「ただ一つだけ言っておく。時間というのは有限だ。この先、探索者になったとしても常に死が隣り合わせなのは、既に探索者になった者は経験しているはずだ」
初めてダンジョンに入った日の事を思い出す。確かに死にかけた。
「遊んだ分、そのツケは必ず帰ってくる。探索者とは誰かに強制されてなれるものではない。だから学校としては探索者に自主的な活動を促すために特別カリキュラムを制定した。それを念頭に置いて活用してくれ。それと午後から生徒会がやっている『探索者応援カリキュラム』もあるので、それを利用したい人は訓練場に向かっても構わない」
ホームルームが終わると、すぐにクラスメイト達が騒ぎ始める。
遂に始まった探索者特別カリキュラム。探索者志望でこれを利用しない生徒はいない。
俺のクラス三組でも多くの探索者志望生徒がいるので、半数以上は午後からダンジョンに向かうかも知れないな。
ふと、前にいる銀の天使がソワソワし始めた。いつもの無表情のままだけど、後ろを向きたがっている。
【ひな。このまま聞いてくれ。これは昨日言っていた念話というスキルだ】
ひなは前を向いたまま軽く頷いた。
【後で話したいことがある。午前中の授業が終わったら少し時間を貰えるか?】
「うん」
俺にだけ聞こえる小さな声がした。ガヤガヤした教室の中でも、ひなの声は鮮明に聞こえた。
それから午前中の授業が始まり、ゆっくりと時間が過ぎてお昼休みとなった。
チャイムが勢いよく鳴ると、普段よりもクラスメイト達に賑わいが起きる。
俺もひなも席から立ち上がり、共に教室を後にした。
教室を離れる際、片腕に包帯を巻いた凱くんが俺を睨みつけていた。
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