8話-④

「さて、話し合いは終わったけど、君達は普段ここで何をしているの?」

 詩乃が個室訓練場について聞いてきた。

「ここで氷神の加護を抑える練習をしているの」

「抑える練習?」

「日向くんに睨んでもらって、耐える練習」

「そ、そうなんだ…………」

 ひなは今週も練習を続けたいと、一週間分の個室訓練場の予約したと言っていた。

「じゃあ、私も一緒に受ける!」

「中々大変だよ?」

「そんなに?」

「うん。凄く怖いからね?」

 こ、怖い!? ひなはトラウマがあるから怖いんだと思うんだけどな。

 俺はただ睨むだけだしな。

「まあ、せっかくだもの。私も一緒に頑張ってみる!」

「うん。日向くんもそれでいいよね?」

「おう。俺は構わないぞ」

 二人が訓練場の向こうに立って、深呼吸を繰り返して構える。

「いつでも!」「こいっ!」

「分かった。じゃあ、睨むぞ」

 俺も一度呼吸を整えて――――思いっきり睨む!

「「待って!!」」

 始まった瞬間に二人ともその場に崩れるように座り込みながら叫んだ。

「ど、どうした?」

「ひなちゃん!? これを毎日!?」

「ち、違うの。何だか、ものすごく強くなりすぎだよ……先週はまだここまでではなかったのに……」

 急いで二人に近づいて、異空間の中に入れておいた飲み物とタオルを渡した。

 昨日詩乃が大変だった時に後悔したので、昨日のうちに全部準備しておいた。

 一瞬だというのに、二人とも全身から驚くほどに汗を流していた。

「日向くん? その睨むって、どんな感じでするの?」

「ん~こう~がっ! って感じ?」

「…………その感覚覚えておいて」

「?」

「それ普段誰かに使わないでね? 絶対に」

「お、おう……」

「凄く大変な事になるから。私達じゃなかったらトラウマものよ」

 そう言いながら詩乃は大きな溜息を一つ吐いた。

 ただ睨んだだけなのに?

 そういや、先ほど――――スキル『威嚇』とやらを覚えたっけ。

 睨む時に知らないうちに発動させていたけど、このスキルの効果が大きかったのかもしれない。これからは気を付けよう。

「日向くんってレベル0と言った割にはどうしてこんなに強いんだろう?」

「ん~こう達人の気配がするよね? うちのおじいちゃんみたいな感じがするよ」

「おじいちゃん? それってもしかして神威地蔵様?」

 神威地蔵様?

「詩乃ちゃんってうちのおじいちゃんを知っているの?」

 ひながうちのおじいちゃんと言うのだから、あのお爺さんの事か。

「知らないはずないよ。武家に生まれて地蔵様を知らない人の方が少ないと思うわよ」

 そういえば、昨日別れ際に神楽家は武家だと言っていたな。

 神威家はひなを学校から送るようになった頃に、武家だと教えてもらったっけ。

「それにひなちゃんだって、うちの兄くらい知ってるでしょう?」

「神楽斗真様?」

「そうそう。バカ兄。それにうちは昔から神威家とは仲が悪いと聞いているし、自然と地蔵様のことも聞こえてきたわ」

 全く知らない話で盛り上がる二人。

 今日会ったばかりなのに、もうこんなに打ち解けているなんて、凄いと思う。

 どちらかと言うと、詩乃のコミュニケーション能力が高いよな。

 ひなも普通に喋れれば、普通の女子のように楽しそうに喋れるんだな。

「ごめんね。日向くん。全く知らない話で」

「いやいや。地蔵様というのは、あのお爺さんだろう?」

「うん」

「えっ!? もう会ってるの!?」

「ああ。ひなの家には一度だけお邪魔させて貰ったからな」

「あ! 日向くん。うちの家からお願いがあってね? できれば、これから毎日うちで夕飯を一緒に食べてくれないかって」

「「!?」」

「その…………お母さんがね。私と一緒に食事がしたいって…………それに私も…………」

 申し訳なさそうにそう話すひな。

 詩乃が不思議そうにひなを見て話した。

「普段から一緒に食べていないの?」

「う、うん…………私って油断すると冷気を出してしまうから」

 やはりか……先週ひなの家にお邪魔させてもらった時、もしかしたら一人で食べているかもなんて思ったけど、その通りだったみたいだ。

「い、いつから?」

「力が目覚めた十歳からかな。恥ずかしい話、美味しいモノを食べるとね。冷気を止められなくて……」

「もしかして、ひなちゃんってずっと無味を食べているってこと!?」

「う、うん…………」

 あまりにも衝撃的な話に頭が追いつかない。

 味がない食事を食べる? わざと美味しくなくして食べる? それを五年間も?

 じゃあ、先週の金曜日に美味しそうに食べたひなは…………。

 それを愛おしそうに見守っていた神威家のみなさんの気持ちは…………。

 ふと俺の表情の変化を察知したのか、ひなが慌てて俺に言う。

「いいの! これは私の力が原因なんだから! だから日向くんが悲しむ必要はないよ? でも……できれば、たまにでいいから、一緒に夕飯を食べてくれたら嬉しいな」

「っ!? 日向くん」

「お、お?」

 詩乃が険しい表情で見つめてきた。

「これから毎日お昼も一緒に食べるわよ。みんなで」

 じっと見つめた詩乃の目は何かを伝えようとしていた。

 そ、そうか!

「分かった。それと夕飯も……その……お邪魔じゃなければ、毎日食べにいくよ。週末は色々相談かな? 俺もダンジョンに向かいたいからな」

「うん! ありがとう! 詩乃ちゃんも来てくれると嬉しい!」

「私も? いいの?」

「もちろん!」

 眩しい笑顔のひなに、俺も詩乃も嬉しくなって自然と笑みが零れた。

 その日から毎日ひなとの時間を優先させようと決心した。




---------------------

 【新規獲得スキルリスト】

『ポーカーフェイス』『威嚇』

---------------------

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る