8話-③

 右手は詩乃、左手は神威さん。

 二人に連れられて、個室訓練場にやってきた。

「初めまして。神楽詩乃と言います」

「神威ひなたです」

 二人が握手を交わす。

 何故かとんでもない勢いの神威さんの冷気を急いで打ち消す。

「それが貴方の力なのね」

 二人の間に、ものすごい火花が散っているのだが…………。

 そ、その……二人とも…………俺は人を殺す手前だったのだが…………こうなんというか……驚くに驚けないというか…………。

「「日向くん!」」

 二人が同時に俺を見つめる。

 一瞬落ち込んでいた自分がバカバカしいとさえ思えた。

「二人とも。一旦落ち着いたら?」

 俺がその場に座り込むと、二人も俺の前に座った。

「私には神楽さんが日向くんをイジメているように見えました」

「えっ!? 私が!?」

「はい」

「そんなわけないでしょう! 私が日向くんをイジメるなんて。寧ろ、心配していたのよ」

「心配?」

 詩乃の言う通りというか。

「神威さん。詩乃の言うのは本当だよ」

「!?」

 ん? ここまで大きく驚く神威さんは初めて見た。

 まぁ、知り合ってそう長くないのもあるが、随分とオーバーリアクションだ。

「どうやら俺が凱くんを殺そうとしていたらしい」

「えっ!? それは本当!?」

「ええ。本当よ」

 頷く詩乃を見て、神威さんの表情が一気に心配する顔に変わる。

 それから教室から屋上までの出来事を彼女達に話した。

「日向くん。ちょっと聞きたいんだけど、日向くんは自身を弱いと思ってる?」

「ん? それはもちろん。一番弱いと思っているぞ?」

 なにせ、俺はレベル0だからな。

 しかし、それに対して詩乃が大きく溜息を吐いた。

「トロル」

「トロル?」

「私と出会った時の事を思い出してみて」

 何故か神威さんがビクッとなる。

「ふむ。思い出してみたよ」

「あのトロルに外傷は全くなかった。ただ一か所以外には」

 が、外傷か……。

「トロルの首の後ろに打撃の痕が一か所だけあった。つまり、日向くんはあれを一撃で倒した事になるけど、違う?」

「えっ? ま、まぁ…………あれは弱点部位だから、きっとクリティカルヒット――――」

「そうね。探索者の中にも弱点部位を見極めて、そこを狙い撃つ人も沢山いるわ。でもあの時の君は一人だった。私と一緒に戦ってる時もそうだったよね」

「そ、そうだな」

 神威さんが俺と詩乃を交互に見つめる。

「動き回るトロルの弱点部位を正確に攻撃するなんて、普通の人は出来ないよ? 私でも、ここにいる神威さんもできないよ?」

「…………」

「そ、そうなのか?」

「うん。私もそれはできないけど、一撃で倒せない事はないと思う」

「そうね。その冷気ならね」

 その問いに頷いて返す神威さん。

 神威さんの冷気って恐ろしいからな……。

「でも日向くんには神威さんのような攻撃に秀でた力はないから――――あの力を使えば、不意打ちも可能かも知れないけど、それでも狙った獲物を一撃で仕留めるのは中々難しいのよ」

 あの力というのは絶隠密の事なのだろうな。

 それにしてもさっきから神威さんはソワソワして落ち着きがない。

「ねえ、神威さん」

「はい?」

「ふふっ。私は日向くんの特別な力を知っているのよ?」

「!?」

「そうだったのか!?」

 まさか…………俺に特別な力があったのか!?

「あれ? なんで日向くんが驚くのよ」

「いや、俺に特別な力があるとは思わなくて」

「へ? だって使えるじゃん。あの消えるやつ」

「あ~あれか!」

 特別な力って絶隠密の事を指していたのか!

 と、ものすごく悔しそうに俺を見つめる神威さんがちょっと可愛らしい。

「い、いや、大した力じゃないよ。ただ消える事ができるだけなんだ。ほらな」

 神威さんの前で絶隠密を見せる。

「!? ひ、日向くんが消えた!?」

「凄いわよね……目の前で消えるなんて」

「俺はここにいるぞ? やっぱり見えないのか?」

「うんうん。全く見えない」

「ええ。全然見えないし、気配もしないし、音もしないわね」

 詩乃の力を考えれば、音が聞こえても不思議ではないのにな。

 絶隠密状態を解除する。

「そういえば、詩乃はどうして屋上に?」

「うん? 日向くんの心臓の音が屋上から聞こえていたから」

 ……?

「心臓の音?」

「うん。人ってさ、心臓の音がそれぞれ違うんだよ。知ってた?」

「いや、全くの初耳だ」

「ふふっ。日向くんの心臓の音はどちらかというと、可愛い方かな?」

 か、可愛い!?

 自分の心臓の音なんて聞いたことないからな。

 寧ろ、人の心臓の音も聞いたことがないし、違いも分からない。

「私の力は、周囲の全ての音が聞こえるの。だから普段からイヤホンの形をしている耳栓をしてないと、耐えられないの」

「そうなんですね。私は『氷神の加護』という力で、常に冷気を放ちます。今は日向くんが消してくれているので出てないように見えてますけど、ものすごい勢いで出てます」

「ふふっ。うんうん。神威さんから冷気が出る音がするから、そうだろうと思ってたよ」

 そこまで音が聞こえるんだな。

「もしかして、イヤホンをしていても日向くんの声は届いている?」

「大正解!」

 ポカーンとなる神威さんがまた可愛らしい。

「むっ。日向くん?」

「お、おう?」

 目を細めて俺を見る詩乃もまた可愛らしい。

「心拍数上がっているよ?」

「なっ! ひ、人の心拍数を勝手に聞かないでくれ!」

 俺の慌てる姿に二人とも声を揃えて笑った。

「そういや、詩乃」

 詩乃を呼ぶ度に神威さんがビクッとなる。

「さっきの――――虫姫の事聞いてもいいか?」

「あ~あれね…………やっぱりそういう風に言われていたんだね」

「虫姫?」

「凱くんが詩乃の事を虫姫と呼んでいてな。心底腹が立ったんだ」

「え!? 日向くん怒ってくれたの? ねえねえ!」

 ぐいぐい押してくる詩乃だが、もちろん今でも怒っている。

 理由は分からないが、詩乃をどうして虫と呼ぶのか納得がいかず、無性にイラついた。

「そうだな。俺が知っている詩乃はいい奴だ。神威さんと同じく頑張り屋だし、まだ出会って日は浅いから二人の事を全部知っているわけではないけど、二人から感じるそれは間違いなく本物だと思えるんだ。だからこそ、神威さんを氷姫とか、詩乃を虫姫なんて呼び名で呼ぶのが許せなくて」

「ふふっ。怒ってくれる日向くんがいるなら、今までそう呼ばれていたとしても怒れないな~ねえ? 神威さん」

「ええ。でも私は仕方ないと思ってるの」

「神威さんは優し過ぎなのよ。私は事情も知らないのによくもまぁ好き勝手に呼んでくれちゃってなんて思ってる。神威さんの事情は知らなかったけど、Sランク潜在能力と聞いて何となく予想はしていたかな」

 Sランク潜在能力と聞いて? それが何か理由にでもなっているのか?

 俺が不思議そうな表情をしていると、ふふっと笑った詩乃が話してくれた。

「Sランク潜在能力ってね。能力として人から逸脱した力を持つ事なんだ。神威さんの力のように、氷属性の能力の最上位かな? 力があまりにも強過ぎて、自然に冷気が溢れ出ちゃうんだろうね。私の力は、今のところ耳がとてもいい。いいってもんじゃないわね。周囲の全ての音を拾ってしまうから。音だけでその人の健康状態まで分かるくらいにね」

 淡々と説明してくれる詩乃だが、その実情は俺が想像もできないような苦悩があったはずだ。

 それは神威さんを見ていても分かる。

 家にいても冷気を出してしまうから、ずっと感情を我慢し続ける必要がある。

 詩乃も恐らく家では何かしらの規制があるはずだ。

「だからね。私はずっとイヤホンを手放せなくて、学校には断ってるけど授業中もイヤホンを付けているの。だから周りの声が一切聞こえないし、先生もそのつもりで対応してくれる。でもそれは普通の人から見れば異常な光景なの。だから私の事を…………人を無視する人間として、無視姫と呼ばれるようになって、それが段々と広まって虫姫になったみたいだね」

「うん。私もいつも無表情だから氷姫って呼ばれているかな。皮肉にも、私は冷気を使うからあながち氷は間違いないのだけれど…………」

 二人は寂しい笑みを浮かべた。

 この二人だからこそお互いを理解できる。そういう笑みだ。

「あ、あのな!」

 何か言わなければいけないと思って、慌てて話すと二人が俺に注目する。

 二人の美しい瞳が俺を見つめる。

「…………俺にはSランク潜在能力はないけど…………その逆ならあるんだ」

「「逆?」」

「……俺は生まれながらにレベルが――――――0なんだ」

 二人は不思議そうに首を傾げる。

「生まれながら探索者になれないと言われて、田舎だからそういう噂はすぐに広まった。俺や家族が秘密にしたくてもな。気付けば周りから『永遠のレベル0』と呼ばれるようになったんだ。自分と他者で何が違うのか分からなかったけど、俺には未来がないと烙印を押されて貶され続けたよ。だからそれを見返そうとずっと身体を鍛えながら勉強を続けて……この学校に入った。でも同じ中学の人がいて、また周りから距離を取られていた。何も変わらなかったんだ」

 どうしてだろう。

 悔しいから? 悲しいから?

 人に対する怒りよりも、どうして俺だけという怒りが溢れる。

 その時、俺の両手に触れる温かい感触があった。

「ねえ、日向くん。もし君がそうだったとしても、私は嬉しい」

「日向くんがこの学校に入ってきてくれたおかげで…………私はこうして人に触れる事ができた。お母さんに笑顔を向ける事もできたの。私がここに日向くんがいてくれて本当に嬉しい」

「っ!?」

 誰かに自分を認めてほしかった。俺がここにいる意味を。妹や母さんだけではなく、本当の意味で、誰かに。

 気付けば、俺の両頬に涙が流れ、二人もまた大きな涙の粒を流していた。

「私に人に触れる温かさを教えてくれてありがとう。日向くん」

「私に声を届けてくれてありがとう。日向くん」

 俺なんかよりもずっと大変だったはずだ。

 なのに俺に感謝するなんて、こんな…………レベル0の俺なんかに。

「こちらこそ、二人とも。俺なんかに優しくしてくれてありがとう」

 心の底からそう思ってる。

 二人には感謝してもしきれない。

「むぅ。日向くん。それ禁止」

「ん?」

 涙を拭いて、急に怒り顔になる詩乃。

「俺なんかはもう禁止! 私は日向くんだからいいのよ。分かった?」

「お、おう…………」

「わ、私も! それと私も日向くんに不満があります!」

「えっ!? か、神威さんも?」

「それ! 神威さんはいや! 詩乃ちゃんは名前で呼んでるのに、どうして私は名前で呼んでくれないの?」

 ぐいっと顔を近づけてくる神威さん。

「うっ! そ、それは…………」

「あ~心拍数が~」

「詩乃! 俺の心拍数を勝手に聞くな!」

「だって~聞こえるんだもん~仕方ないじゃない。ねえ~ひなちゃん」

「うんうん」

「ふふっ。二人は名前が同じだからね。ひなたちゃんの名前が呼びにくいなら――――ひなちゃんでいいんじゃない?」

 詩乃からの突然の提案に驚いてしまった。

「ひ、ひなちゃん!?」

「ひなちゃんもそれでいいでしょう?」

「うん! それがいい!」

 二人がどんどん近づいてきて、二人の身体が俺の腕に触れそうになった。

「わ、わ、分かった! ――――――ひな。これからもよろしく」

「うん!」

 神威さん――――いや、ひなの満面の笑みを前に俺の心は溶かされてしまいそうだ。

「ぷふっ。心拍数がヤバいわよ?」

 ある意味、詩乃のこのツッコミのおかげで助かった気がする。

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