8話-②

 次の日。

 また平日が始まり、入学してから三週目に突入する。

 慣れた足取りで校舎の玄関口に向かうと、丁度神威さんが入るところだった。

 一瞬詩乃の事を思い出して、神威さんも名前で呼んでほしいという言葉を思い出した。

 しかし、詩乃は妹に似てるからまだいいが、神威さんを名前で呼ぶのは未だ難しい。

「神威さん」

「!? 日向くん?」

 振り向いた彼女は早速冷気を放ち始めた。

 いや、俺の前なら問題ないが、心配である。

「おはよう」

「おはよう!」

 さすがに周りの生徒達が見つめてくるが、それも最近では慣れてきてるというか、昨日も詩乃と一緒の時に凄く見られていたし、神威さんと一緒にいるのにも慣れないとな。

「あれ? もっと強くなってる……?」

「ん? 強くはなってないぞ?」

「ん~」

 レベルが上がらない俺はこれ以上強くはならない。

 神威さんと並んで教室に向かう。

 一緒に教室に入ると、クラスメイト達から凄まじく威圧的な視線で睨まれるが、その中でもひときわ強い殺気が込められている視線があった。

 同じクラスであり、同じ地元の凱くん。

 でも不思議なのは、ギゲと比べると可愛いとさえ思える殺気に、微笑んでしまいそうになった。それくらい俺もダンジョンでの戦いに慣れたのかも知れない。

 もしくは威圧耐性スキルが効いているのかもな。

 授業が全て終わると、凱くんが凄まじい形相で俺の胸ぐらを掴み、教室から引っ張り出した。

 先週は神威さんがいたので接触してこなかったのだが、今日は生徒会の仕事があるから教室で待っていてくれと言われている。

 凱くんに無理矢理連れられてこられたのは、またもや屋上だった。

「おい、日向」

「うん?」

「てめぇ、最近氷姫と仲良いじゃねぇか」

 氷姫か…………神威さんをそう呼ぶ人は多い。

 油断すると冷気を放つ彼女は、極力人前で感情を見せない。それがいつしか冷たいイメージを抱かせて、そう呼ばれているのだ。

 でも俺は彼女の笑顔や豊かな感情を知っている。

 彼女を氷姫と呼ばれて、心底苛立ちを覚えた。

「それがどうかしたのか?」

「はあ!? 日向の分際で――――」


《怒りにより、スキル『威嚇』を獲得しました。》


「ひっ!?」

「なぁ。凱くん。神威さんは氷姫なんかじゃないぞ?」

「な、何だと!」

「彼女には事情があって、ああいう風に見せているけど、あれは彼女の本心じゃないんだ」

 自分でも驚くくらいに、心の中から怒りが溢れる。

 彼女が普段どれだけ頑張っているかも知らずに、ただ見た目で氷姫なんてくだらない呼び名で呼びやがって…………。

「てめぇみたいな雑魚が、英雄を気取ってんじゃねぇ!」

 凱くんが俺に向けて拳を叩きつける。

 しかし――――――あくびが出るほどに遅い。

 レベルも上がり強くなっているはずのCランク潜在能力もある彼の攻撃が、ここまで遅く感じるのは不思議に思える。

 ゆっくりと躱す。

「はあ!?」

 通り過ぎる彼の間抜けな顔が俺の視界に入った。

 このまま――――彼の首筋を叩けば、もう二度と神威さんを氷姫なんて呼べなくできるか?

「日向くん!!!!」

 っ!? 後ろから聞こえた声に反応して、叩き込もうとした手を止める。

 声のする方に視線を向けると、今にも泣きそうな表情の詩乃が立っていた。

「日向くん? ダメ……お願い! ――――――彼を殺さないで!」

「!?」

「はあ!? 俺を殺す? どこのど――――――今度は虫姫かよ」

 虫姫?

 詩乃を見て話した虫姫という言葉に、神威さんが氷姫と呼ばれたのと同じ怒りを覚える。

「くそったれが! てめぇみたいな雑魚が目立ってんじゃねぇ!」

 またもや殴り掛かってくる。

 詩乃は涙ぐんだ目で、俺に向かって首を横に振った。

 殺さないでという言葉の意味。

 もしかしたら…………。

 俺に向けられた拳を避けながら、腕を軽く叩いた。

「痛ってえええええええええええ!!」

 大袈裟だと思えるくらいに大きな声を上げた凱くんが、地面をのたうち回る。

 走って来た詩乃は心配そうに俺の腕を掴んだ。

「くそがああああああ!! 痛てぇええええええ!!」

 あれほど弱く叩いたはずなのに、大袈裟な……?

「ねえ、行こう?」

「あ、ああ……」

 腕を引っ張られて屋上を後にする。

 振り返ると叩かれた腕を掴み、痛みで涙しながら俺をひたすら睨みつける凱くんが見えた。

 屋上から階段を降りて一階に着いて詩乃を呼び止める。

「し、詩乃?」

 強く掴んでいた俺の腕から離れて、真っすぐ見上げてくる。

「日向くん…………さっき、あの人を…………殺そうとしたでしょう」

「えっ!?」

 彼女の真っすぐな瞳が俺の瞳を覗いてくる。

 その瞳は嘘や曇り一つない。本心からの言葉だ。

「私はまだ知り合って日が浅いけど、日向くんがそういう性格じゃないと知っているから。あのまま彼の後ろ首を叩いたら…………彼、間違いなく死んでたよ?」

 詩乃の言葉に、俺はハンマーで頭を叩かれたかのような衝撃を受けた。

 確かに凱くんの無防備な首の後ろを叩けそうだなとは思った。

 一瞬だけど、叩いてもいいかな、なんて思ってた。それで神威さんへの侮辱を晴らせるならと。でも俺は決して――――彼を殺したいと思ったからではない。

 その時、廊下の遠くから聞きなれた声が響いた。

「日向くん!?」

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